7歳でブレイク→『15歳の妊娠・出産』で世間に衝撃を与えたドラマ…杉田かおる(61)の“七転び八起き”キャリア
女優の杉田かおるが、9月28日から放送を開始するNHK連続テレビ小説『ブラッサム』に木村浪江役で出演する。
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これまで数多くの作品に出演してきた杉田だが、意外にも朝ドラには同作が初出演。波乱万丈な芸能生活を送り、常に話題を生み出してきた杉田の「61歳」という遅咲きでの朝ドラデビューに注目が集まる。

『ブラッサム』に出演する杉田かおる ©文藝春秋
「天才子役」としてブレイクも、300万円の借金を背負い……
女優業だけでなくバラエティタレントとしても有名な杉田は、1964年11月27日生まれの東京都出身。1970年に劇団若草へ入団すると、1972年に舞台『春の坂道』で子役デビューした。すぐにチャンスが訪れ、デビュー間もない7歳の時にドラマ『パパと呼ばないで』(日本テレビ系)へ「チー坊/橋本千春」役で出演し注目を集めた。
同作は、石立鉄男が主演を務めた名作ホームドラマだ。母を亡くした少女と独身の叔父が、情にもろい下町の人々に囲まれながら絆を深めていく作品の中で、杉田は叔父に育てられるチー坊を愛らしく演じ人気を獲得。ドラマのヒットもあり、天才子役として時代の寵児となる。
ただ、その後は作品に恵まれず。迷走した杉田は、13歳の時に自ら事務所社長となりアイドル活動に挑戦。思いつきではじめた事業はうまくいくはずがなく、すぐに事務所は倒産し幼くして300万円の借金を背負うことになる。
中学生で個人事務所を設立するという思い切った行動に出た杉田だが、背景には複雑な家庭環境があった。
杉田は、6歳の時に両親が離婚し、母と妹を子役の仕事で支えていたと過去に明かしている。実の父は養育費を入れず、体が弱く働けない母の代わりに一家の大黒柱として家計を支えていたという。そんな事情があったからか、中学生にして個人事務所を設立するギャンブルに打って出たようだ。ただ、幼い杉田が自ら独立して成功するほど芸能界は甘くなく、大失敗し借金を背負うことになってしまった。
「15歳で妊娠」世間に衝撃を与えたドラマで復活
どん底に突き落とされた杉田だが、15歳の時に再び人生を変える作品と出会う。それが、大ヒットドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)だ。借金を負った杉田は大手芸能事務所・浅井企画に所属し、再起を狙う中で同作への出演を勝ち取った。
杉田が演じた浅井雪乃は、15歳にして妊娠・出産を経験するセンセーショナルな役どころ。雪乃は同じクラスの宮沢保(鶴見辰吾)との子どもを妊娠し、ともに真面目で優等生だったことから、妊娠には両親だけでなく同級生や教師も困惑することになる。しかも、雪乃はすでに妊娠7カ月で中絶できず、人工流産を勧められるも悩んだ末に出産を決意した。
劇中では性や愛についての公開授業も描かれ、視聴者から大反響を受け社会現象を巻き起こすことになる。現在でも語り継がれる伝説のエピソードとなり、難役の雪乃を見事に演じきった杉田は名声を取り戻した。
さらに、1980年のドラマ『池中玄太80キロ』(日本テレビ系)では、西田敏行と親子役で共演。主人公のカメラマン・池中玄太と、血のつながらない3人の娘たちが心を通わせる姿を描いた作品そのものだけでなく、自ら歌ったドラマ挿入歌『鳥の詩(とりのうた)』もヒットした。
立て続けにヒット作へ出演して大ブレイクした杉田だが、天狗になったことで仕事を失ってしまう。2024年に出演した『ぽかぽか』(フジテレビ系)では、再ブレイクした当時について「ギャラも60倍にした」と告白。スタッフに対しては「かおるちゃんじゃなくて杉田さんって呼べ」と迫るなど横柄な態度をとり、結果として“干された”ことを明かしている。
また、当時は事務所からの給料だけで生活するのが大変だったと話し、歩合制にすることを交渉していたという。折り合いがつかなく別の事務所に移るなど、何かと金銭が絡む揉め事があったことをインタビューで明かしている。
女優としての仕事がほとんどなくなる危機に陥った中で、1981年には『青春の門』でスクリーンデビューを果たし、1982年公開の『青春の門 自立篇』で濡れ場に挑戦した。
オールヌードを披露も……
五木寛之原作の同作には、佐藤浩市、桃井かおりなど当時の人気俳優が出演。杉田は、佐藤が演じた伊吹信介を慕う牧織江を担当した。田舎から上京して不慣れな都会暮らしに疲弊する純朴な織江を、持ち前の演技力で杉田は表現。終盤で披露する濡れ場も堂々としたものだった。
下着姿になった杉田は、おもむろにブラジャーを脱ぎ、形の良いバストを露出。少しポッチャリとした裸体を見せ、佐藤に荒々しく胸を揉まれディープキスする濡れ場を演じている。激しい濡れ場ではないものの、かつて天才子役と呼ばれ、国民的な人気を得た杉田のヌードは話題となった。その後は、映画『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』をはじめ、ドラマ出演も増えていくが、往時のブレイクから考えると物足りない日々が続くことになる。
しかも、26歳の時に父親が保有した不動産に関連して連帯保証人となり、合計で1億円ほどの借金を背負うトラブルも発生。演技の仕事も減り続ける中での多額の借金を抱え、どんな仕事でも請け負うようになっていった。
本人は過去に週刊誌のインタビューで、死体役やハローワークがつくる失業手当の解説ビデオにも出演したことを告白している。この頃の杉田を知る、古参のテレビ関係者が当時の状況を解説してくれた。
「杉田さんは、プライベートの問題が大きく取り沙汰され、スキャンダル女優というイメージが強くついてしまった。そのため、ドラマや映画にキャスティングされにくくなりました。それに、本人も過去に話しているように天狗になっていた時期が長く、少なからず杉田さんを嫌っているドラマや映画の関係者もいました。手を差し伸べる業界関係者が少なく、どんどん女優としての仕事がなくなっていく状況でした」
八方塞がりとなった杉田だったが、ここから大胆な方法で再ブレイクのきっかけを掴むことになる。それが、ヘアヌード写真集や自伝本の発売、そしてバラエティ番組への方向転換だった。(つづく)
〈元・天才子役が「17歳のヌード」を披露、46歳で再び“色気ムンムン”美ボディを惜しげなく…杉田かおる(61)の枯れない人生〉へ続く
(ゆるま 小林)
