提訴に至った経緯を説明する浅沼智也氏(9月24日 都内/弁護士JPニュース編集部)

写真拡大

「一度作られた“加害者”というイメージは、無罪判決が出ただけでは自動的には消えません」

看護師でトランスジェンダー男性の浅沼智也氏は、SNS上で「性暴力を振るった」などと事実無根の投稿をされ名誉を傷つけられたとして、今月24日、投稿者の個人に対し損害賠償と投稿の削除を求めて東京地方裁判所に提訴した。

※本記事は、提訴に至った事実経過を伝える目的から、被告によるトランスジェンダーに対する具体的な差別的発言・表現を一部引用しています。読者によっては精神的ストレスを感じる可能性がありますので、ご留意ください。

無罪確定後も続く「性暴力犯」との投稿

訴状等によると、被告はSNS「X」(旧ツイッター)のアカウントを管理する個人で、浅沼氏と被告は直接面識はないという。

被告は2025年9月から11月にかけて、浅沼氏を名指ししたうえで、以下のような内容の投稿を4件おこなった(投稿内一部抜粋)。

①「浅沼智也というトランス男性は女性に性暴力を振るいました」
②「FTM(Female to Male、トランス男性の意)はミソジニー(※)きつく女性に暴行働く危険性があるので拒否させていただきます。浅沼智也のようなケースもありますし」
③「あの人たち女性に加害することしか考えてなさそうだし... 浅沼智也氏しかり」
④「トランス男性に関しては浅沼智也氏などの例のように加害性が強く女性を脅かす存在」

※女性に対する嫌悪・蔑視

浅沼氏は2024年3月に知人女性への強制わいせつ容疑で青森県警に逮捕された後、暴行罪で起訴されたが、2025年1月16日に青森地裁で無罪判決を受け、判決が確定している。今回問題とされた4件の投稿は、すべて無罪判決が確定した後のものだった。

原告側は、これらの投稿が事実無根の内容で浅沼氏の社会的評価を著しく低下させる「名誉毀損」にあたると主張。さらに、投稿内容が「トランス男性」という属性と「暴力的」「加害性」といった犯罪傾向を安易に結びつけている点を問題視している。

弁護士が指摘する「“生物学的女性を守る”という建前のうそ」

提訴後の記者会見で代理人の神原元(はじめ)弁護士は、今回の訴訟を「トランスヘイトに抗う訴訟」と位置づけたうえで、「ある特定の属性と犯罪を結びつけることが差別だということを、裁判例の中で確立していくべきだ」と、その社会的意義を語った。

同じく代理人の仲岡しゅん弁護士は、これまでトランスジェンダーへの差別的な投稿の多くが「生物学的女性を守る」という建前を掲げてきたと指摘。そのうえで、今回のケースの特殊性を次のように説明した。

「本件の原告である浅沼さんはトランスジェンダー男性であり、生物学的には女性です。『生物学的女性を守る』と言いながら、浅沼さんをも攻撃の対象としている。

結局、トランスジェンダー女性だろうが男性だろうが、彼ら彼女らを攻撃したいだけなのです。本件は『生物学的女性を守ろう』という建前がいかにうそかということを明らかにしています」

訴状によれば、被告はこれまでもメディア出演などを通じてトランスジェンダーが女性の安全を脅かすと主張。性同一性障害特例法の廃止を求める署名運動などをおこなってきた人物だという。

原告側は、属性に基づく差別的な投稿は、法的に保護された「不当な差別を受けることなく平穏な生活を送る人格的な利益」を侵害する不法行為であると訴えている。

当事者が語る「名誉回復の困難さ」

原告の浅沼氏は会見で、自身の逮捕は実名で全国的に報道された一方、無罪判決が行われた事実については十分に報じられていない現状を指摘した。

「逮捕されたという情報と、無罪判決が確定したという情報が、社会に同じように届くとは限りません。インターネットには逮捕時の情報や、それを元にした投稿が残り続けています」

浅沼氏は、こうした投稿によって実生活でも被害があったと明かす。看護師として働く勤務先で、患者から「(担当を)外れてほしい」と言われたり、自宅に嫌がらせの電話が来たりすることもあったという。

「私がトランス男性であるという属性を理由に、女性への加害性や危険性と結びつけられて語られることについても問題を提起したい。この裁判を通じて、個人の名誉の回復だけでなく、属性を理由に人を危険な存在として扱う社会のあり方についても考えてほしい」と浅沼氏は訴えた。

浅沼氏は、無罪確定後も続く人権侵害に対し、これまでに地方自治体や議員、市民団体、個人などを相手取り、今回を含め6件の民事訴訟を提起している。