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日常の中で「間違った判断はしていないはず」と、何かの決定に対して「思い込み」をしたことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。「人は誰しも思考のクセがあり、過去の体験や直感に従って間違った判断をしてしまいがちなのだ」と語るのは、経済学者の大竹文雄さんです。そこで今回は大竹さんの著書『思い込みの経済学-AI時代のお金・仕事・社会』より一部を抜粋し、不確実な時代を生き抜く考え方のコツをお届けします。

【書影】不確実な時代を生き抜く考え方のコツを探る。大竹文雄『思い込みの経済学-AI時代のお金・仕事・社会』

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ガチャガチャはなぜ愛され続けるのか

空前の「カプセルトイ」ブーム

2020年代半ば、空前の第5次「ガチャガチャ」ブームが生じた(衣輪、2025)。

ガチャガチャとは、お金を入れて回転ハンドルを回すと出てくる「カプセルトイ」のことだ。1980年代に小学生を中心とした第1次ブームが起きたが、2020年代には、駅ナカや商業施設のいたるところで見かけるようになり、専門店まで存在している。

かつては駄菓子屋などにあり、子ども向けに1回100円程度でできるような存在だった。しかし、今やガチャガチャの魅力は幅広い世代に届いている。幼児や小学生は「ポケットモンスター」や「すみっコぐらし」のフィギュアに夢中になり、中学生や高校生は「呪術廻戦」や「ちいかわ」「SPY×FAMILY」のグッズを集める。大人もミニチュア雑貨やレトロなおもちゃの復刻版に手を伸ばす。年齢を問わず、多くの人がガチャガチャの前で足を止めているのだ。価格も300~500円のものが多く、1000円超えまで幅広くある。日本カプセルトイ協会によれば、市場は急成長を続けており、2025年度には製造元出荷ベースで約1960億円に達し、一大市場に成長している。

専門店の増加の背景には、コロナ禍で商業施設の飲食店が減少し空きスペースができたところに、人との接触が不要なカプセルトイの専門店が入りやすかったという事情もある。また、人手がかからないカプセルトイ販売は、人手不足の時代には適しているというのもある。

ガチャガチャに対しては「射幸心を煽る」「無駄遣いを誘発する」といった批判もある。

しかし、もしガチャガチャが単なるギャンブル的な仕組みであれば、幼児から大人まで、これほど幅広い層に支持されることはなかっただろう。

実は、ガチャガチャには経済学的に見て合理的な側面がある。ガチャガチャに似たルートボックスに関するトロント大学准教授のチェン氏らの研究結果を手がかりに、ガチャガチャがなぜ成り立つのかを「バンドリング販売(セット販売)」の観点から解説したい(Chen et al., 2021)。ルートボックスとは、デジタルゲームで獲得する宝箱のことで、そのアイテムはランダムで何が獲得できるかはわからないものである。仕組みがカプセルトイに似ていることから「ガチャ」ともいわれる。

なお、デジタルゲームのルートボックスには高頻度課金や未成年保護など、別の重要な論点もある。ここでは、あくまで価格設計を「確率付きバンドリング」として捉える枠組みについて考えてみる。

消費者はなぜ回すのか

消費者がガチャガチャを回す理由は、確率を考えると回したほうが自分にとって得になることが多いからだ。例えば、300円のガチャガチャで、転売による儲けではなく自分にとって平均400円相当の価値があるフィギュアが手に入るなら、購入は合理的だ。ただし、平均的には得でも、分散が大きいと「損の痛み」が勝って回避する人もいる。

もちろん、ガチャガチャには「ハズレ」もある。全部で5種類のカプセルトイに対し、本当に欲しいのは2種類だけということもあるだろう。

しかし、消費者が自分にとって価値のあるアイテムを十分に集めるまで購入を続け、「もう1回回すと、平均すれば損だな」と思った時点で止めたならば、平均的には損をしにくい。

チェン氏らの研究では、このような次の1回が得かどうかだけを見て判断する「近視眼的」な購入行動が、商品数が多いなどの一定の条件のもとで合理的な戦略に近いことが示されている。

ここで重要なのは、「次の1回の期待価値が価格を下回ったら止める」という停止ルールだ。目的はコンプリートすることではなく、自分にとって価値のあるものが集まるまで回すことである。「もう1回だけ」と思って回し続け、「もういいや」と思ったら止める。この素朴な行動が、実は理にかなっているのだ。

バンドリング販売としてのガチャガチャ

素朴な行動が、実は合理的だというのはどういうことだろうか。詳しく説明していこう。

ガチャガチャをする人は、1回限りではなく数回は回すのが一般的で、結果的に一度に複数のタイプのおもちゃを購入しているとも解釈できる。それは、ちょうど雑誌を購入するのと似ている。雑誌の中には読みたい記事だけでなく、それほど関心のないものも含まれている。ガチャガチャもそのようなセット販売だと考えられるわけだ。

具体例で考えてみよう。「ポケットモンスター」ファンのAさんとBさんがいるとする。Aさんはピカチュウが大好きで、イーブイはあまり好きではない。Bさんは、イーブイは大好きだがピカチュウはそれほど好きではないとする。

ガチャガチャ1回300円に対して、Aさんはピカチュウのフィギュアなら最大500円出してもいいと思っていて、イーブイなら100円しか出したくないと思っているとする。Bさんはピカチュウなら200円で、イーブイなら400円出してもいいとする。それぞれが出してもいいと思う最大の金額を表にまとめると下のようになる。


<『思い込みの経済学-AI時代のお金・仕事・社会』より>

ガチャガチャではなく、バラ売りにしたとしてみよう。ピカチュウの値段を500円にすると、Aさんだけが買ってくれる。200円にすると2人が買ってくれるが、売り上げは200円×2人=400円にしかならない。500円でAさんだけに売ったほうが売り上げは大きい。

イーブイではどうなるだろうか。400円にするとBさんだけが買ってくれる。100円にすると2人が買ってくれるが、この場合も、100円×2人=200円より、400円でBさんだけに売ったほうが売り上げは大きい。

そうなると、バラ売りでの売り上げは、最大で500円+400円=900円だ。

これに対し、ガチャガチャにして、ピカチュウとイーブイのセット売りを600円(ガチャガチャ2回)で売り出すとどうなるだろうか。

Aさんの合計支払意思額は600円、Bさんも600円だから、2人とも買ってくれる。売り上げは600円+600円=1200円になる。バラ売りの900円より300円も多い。

セットで購入できるのと同じ

ここでのポイントは、「ランダムにすること自体」で儲かるのではなく、好みが分散した商品をセットとして買ってもらうこと(バンドリング)で儲かるということである。

これは、情報財のバンドリング理論と同じ原理だ(Bakos and Brynjolfsson, 1999)。ガチャガチャのランダム性とは、そのセット購入を少額の反復に分解する装置なのである。要するに、少額の「分割払い」でセット購入させる仕組みということだ。

つまり、1回300円のガチャガチャを2回やれば、セットで購入できるのと同じだ。これは、人の好みがさまざまな場合に、セット販売をすることで、消費者も平均的には損をせずに企業が儲けられる仕組みなのである。

今は単純化のために2種類にしたが、ピカチュウ、イーブイ、ヒトカゲなど種類を多くしても同じことが成り立つ。

要するに、全体として払ってもいい金額は人によって大きくは異ならないけれど、それぞれカプセルの中身の好みが違う場合は、ガチャガチャを何回もするのが合理的であるし、企業も儲かるということだ。

実は、この構造はアイドルグループ推しにも当てはまる。推しメンバーは人それぞれ違うが、CDやライブはグループとして販売される。好みの多様性を活かしたセット販売という点で、ガチャガチャと同じ経済学が働いているのだ。

※本稿は、『思い込みの経済学-AI時代のお金・仕事・社会』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。