「日本の新幹線」からインドは離れ、台湾は追加購入…10億人を運んだ台湾新幹線が「高くても日本製」を選ぶ理由

■約20年ぶりに現れた新型車両
山口県の工場で、真新しい列車が姿を現した。今年7月30日、台湾高速鉄道の新型列車「N700ST」のロールアウト(お披露目)式典でのことだ。現行型700Tの後継となる。
式典には、故・安倍晋三元首相の妻、安倍昭恵氏が出席。台湾と日本の強い友情を示すために来たと述べ、台湾南部・高雄市の紅毛港保安堂に建つ夫の像を、この列車で訪ねたいと語った。
日本政府からは、現職の佐々木紀国土交通副大臣が出席。台湾英字日刊紙の台北タイムズによれば、7月28日に発生した熊本地震の対応に追われていなければ、金子恭之国土交通相が足を運ぶ予定だった。
同紙は、22年前との違いに注目する。22年前に開かれた同様の式典で日本側から出席したのは、すでに閣僚を退いていた扇千景元運輸相だった。今回、同紙の取材に応じた関係者は「22年前と比べれば、外交上の大きな前進だ」と述べる。「彼らがどれほどの外交的圧力を受けたかは、想像がつくだろう」とも語った。詳細には触れなかったが、台湾を独立国家として承認していない中国を念頭に置いているとみられる。
なぜ日本政府は、台湾高鉄の新型車両調達にこれほど重きを置くのか。関係者の一人は、台湾こそ日本の新幹線が他国へ輸出され成功した実例だからだ、と答えている。
実際、車両から信号、運行管理までを含む日本の新幹線システムが、一式で海外に導入され営業運転しているのは台湾だけだ。2007年の開業から19年。台湾高鉄は輸送力の増強に向けて新型車両12編成を、再び日本のコンソーシアム(共同事業体)に託した。
■元経産副大臣が投稿した「インドへの不満」
新幹線の海外展開が常に順風満帆というわけではない。2例目になるはずのインドでは、様相が明らかに異なる。
今年7月15日、経済産業副大臣と法務大臣を務めた元衆議院議員の牧原秀樹氏は、Xで怒りをあらわにした。批判の矛先は、日本が資金と技術を注ぐインドの高速鉄道プロジェクトの遅延に向く。
牧原氏は、「インドでの新幹線計画は、私も関わったことがあるのですが、国際会議や交渉の場で繰り返されるインド人の無茶苦茶ぶりが際立っていました」とも記した。
ブルームバーグは経緯を振り返っている。2015年の日印協定により、インドの金融の中心地ムンバイと、ナレンドラ・モディ首相の地元グジャラート州のアーメダバードを結ぶ、全長508キロメートルの区間の建設が決まった。
当初の想定費用は9763億ルピー(約1兆5800億円)で、ブルームバーグによると81%は日本の融資で賄う計画だ。開通予定は2015年の協定締結から7年後とされたが、用地取得の遅れなどが重なった。インド政府は現在、先行区間を2027年に開通させるとしている。
「この件が進まないのは100%インド側のせいだと感じていることを頑張った全ての日本人関係者の名誉のため申し上げます」と牧原氏は綴っている。
一方、インド鉄道省の報道官はブルームバーグに、日本側との協議は「順調に進んでいる」と説明している。「日本は2030年代前半にE10系車両を提供する。車両はまだ開発中だ」とも述べ、工事は急速に進んでいるとした。
■日印の覚書は形骸化しつつある
E10系の開発が続くなか、実際に動いている日本の関与は、ほぼ無利息に近い年利0.1%で貸し付ける円借款が中心だ。
インド政府に近い筋の話として、車両も信号システムも日本からは調達されないと、鉄道業界専門誌のインターナショナル・レイルウェイ・ジャーナルは伝えている。
日本からはこのほか、点検・試験用としてE3系とE5系の中古車両各1編成が無償提供されると同誌は伝えるが、仮に投入されたとしても2027年に予定されるスーラト-ビリモラ間の試運転での使用にとどまり、営業運転に日本製が採用される公算は小さい。
理由は価格と納期だ。8両編成が49本必要となるが、日本側の提示額は2000億ルピー(約3240億円)。インドは欧米メーカーからおよそ半額で車両を調達する選択肢を検討してきた、と同誌は伝える。同誌によれば、日本は2034年より前にはE10系を供給できないとの見通しを示しており、早期開通を目指すインドにとって、納期は価格と並ぶ懸念材料となっている。
一方、インド国内では政府系企業のBEMLが、最高時速250キロの8両編成試作車2本を、インテグラル・コーチ・ファクトリー(ICF)と共同で製造中だ。さらに、16編成の追加発注も伝えられている。信号システムには欧州の標準規格ETCSレベル2が暫定システムとして採用され、ドイツ・シーメンスとインド・DRAアガルワルの企業連合が2025年初頭に414億ルピー(約670億円)で受注している。
同誌によれば2015年の覚書では、車両、信号システム、運行管理センターの3分野を日本が担うと定められていた。その覚書は、こうして静かに形骸化しつつある。

■騒音3デシベル減、13トンの軽量化
日本の新幹線技術から距離を置きつつあるインドとは対照的に、台湾では日本製の新型車両に注目が集まっている。
2026年4月30日、台湾高速鉄道は第1編成の引き渡しを100日後に控え、N700STを公開した。ホワイトを基調とした先頭部には、明るい未来を象徴する台湾高速鉄道のコーポレートカラーであるオレンジと、現行の700Tから受け継いだ黒のラインが組み合わされている。
台湾高速鉄道の史(し)哲(てつ)会長はFacebookへの投稿で、新型車両の外観をカモノハシに例えた。愛らしいこの鼻先には、空力特性を高める実用上の効果がある。台湾の英語ニュースサイトの台湾英文新聞は、先端形状の見直しによって騒音が3デシベル下がり、振動も抑えられたと報じている。
史会長によれば、空力性能の向上が特にはっきり表れるのはトンネルに進入する瞬間だという。軽量化も進み、車両重量は従来の700T型より13トン軽くなった。
製造は、日立と東芝が率いるコンソーシアムが担う。12編成の総額は258億台湾ドル(約1260億円)にのぼり、車両は2026年8月から2028年末にかけて順次台湾へ運ばれる。
全編成が出そろい運行本数を増やすことで、ピーク時の輸送能力は25%高まる見込みだ。
■総乗客数10億人で死亡事故はゼロ
翌5月、史会長は株主総会の壇上に立った。ところが、新型車両の導入に沸くはずの場は祝賀ムードとはほど遠く、目立ったのは謙虚な謝罪だ。
会長が取り上げた問題は、信号システムの障害による大幅な遅延である。台北-台中間の苗栗区間で、分岐器の制御ユニット内のパワーモジュールを交換していたところ、トラブルが発生したという。
上下線とも1時間あたり3本に絞って運行は続けたものの、多くの乗客の旅程が乱れたと台北タイムズは報じている。鉄道局は、2007年の開業以来、設備の不具合による遅延としては最大だったとしている。
事態の丁寧な説明を終えると、会長は堅調な業績へと話を移した。
発表によると、開業当初は1日平均6万人だった利用者は、今年は23万5000人を超える見込みだ。開業から19年でおよそ4倍に増えた計算になる。
昨年すでに8207万人いた年間乗客数は、今年は8388万人へと順調に伸びる見通しだ。別途台北タイムズが伝えたところでは、開業以来の総乗客数は10億3000万人を超え、運行に起因する乗客の死亡事故は1件も起きていない。
昨年の定時運行率は、遅れ5分未満を定時とする基準において、99.31%を確保した。自然災害の影響で前年を0.19ポイント下回ったものの、災害による中断を除けば運休は1本もない。

■停電しても時速30キロで10キロ走る
次期車両を再び日本のメーカーに依頼した背景には、こうして日々高い実績を出している現行システムへの信頼がある。
N700STの第1編成の出荷を、7月30日に日立・東芝らで構成する企業連合「日立東芝スプリームコンソーシアム(HTSC)」が発表した。山口県の笠戸工場を出発し、台湾へ向けての船出となった。
最高運転速度は時速300キロメートル。これは現行の700Tと同じ数値で、速さそのものは変わらない。台湾高速鉄道が新型車両に求めたのは、より速く走ることではなく、より多く、より快適に運ぶことだった。
車内は細部まで配慮が行き届いている。スタンダードクラスでは、背もたれをリクライニングさせると座面も一緒に下がり、ビジネスクラスには体を包み込む形状の座席が並ぶ。
全席に電源コンセントを備え、フルアクティブ制振制御装置が走行中の振動を大幅に低減する。授乳室には洗面台、コートフック、ベビーシートが置かれ、車いす用スペースも700Tより増えて6席分が設けられた。
N700STには、東芝のリチウムイオン電池「SCiB」を使った自走システムが搭載されている。台北タイムズによると、停電しても時速30キロで約10キロ自走でき、トンネルや橋の上を脱して安全な場所まで移動できる。停止した場合も、バッテリーが最大30分間、照明やトイレの洗浄など車内の基本設備に給電する。
走行中の快適さだけでなく、地震の多い台湾において、万一の災害で停車した際の安全までを視野に入れた設計だ。
■138億円を支払ってでも日本を選んだ
台湾との安定したパートナーシップは、往時の台湾が欧州との関係を切ってまで日本を選んだことで始まった。
発端は1997年、ドイツのシーメンスとフランスのアルストムによるコンソーシアム「ユーロトレイン」が、台湾の高速鉄道計画で優先交渉権を確保したと主張したことにある。
ところが1999年になって、総額140億ドル(約2兆1700億円)規模となるこの事業を受注したのは、日本勢だった。ユーロトレインは台湾高速鉄道に賠償を求めたが、台湾高速鉄道は両者間に契約は存在しないと反論した。
ユーロトレインによる2001年の国際商業会議所(ICC)への仲裁申し立てを経て、最終的に2004年11月、元本6500万ドル(約101億円)に利息を加えた計8900万ドル(約138億円)を支払う和解が成立している。
台北タイムズによれば、こうしてまで日本が選ばれた背景に、当時の李登輝総統が日本との関係強化を望んだことが影響したとの見方もあるという。ただし台湾高速鉄道は、政治的な考慮はなかったと否定している。
日本企業が獲得した契約総額は46億ドル(約7130億円)に上ると、同紙は伝える。2003年には三菱重工業率いるコンソーシアムが最後の大規模入札を勝ち取り、全長345キロメートルの路線の95%以上を日本が建設することになった。
こうして台湾高速鉄道は、日本の新幹線システムが海外で採用された初めての事例となった。

■台湾にも日本を諦める誘因はあった
台湾は日本の新幹線が海外で成功した唯一の例だが、同時に、新幹線が国内で守ってきた原則を唯一崩した場所でもある。日本の車両が、欧州の規格で設計された土木構造物や軌道の上を走っているからだ。
イギリスのラフバラー大学で国際関係論を教える玉置拓氏は、オーストラリア発学術系非営利メディアのカンバセーションへの寄稿で、新幹線の評判が保たれてきたのは、この技術が他国のシステムと組み合わされなかったためだと指摘している。
しかし台湾では、日本の新幹線が欧州規格で建設された線路を走る。玉置氏によれば、当時の日本の技術者はこの想定外の組み合わせを深く懸念していた。日欧の設計を混在させたことで何か問題が起きれば、新幹線の国際的な評判が傷つくと恐れたからだ。もっとも、実際には懸念された問題は起きず、運行に起因する乗客の死亡事故ゼロの記録は伸び続けている。
やがて車両の更新時期が訪れると、今度は台湾側が日本製の高いコストに決断をためらった。しかし、欧州製を選べば混成車両群となり、より複雑さが増す。結果として選んだのは日立と東芝だった。
このように、台湾にも日本の車両を諦める誘因はあった。原因は価格で、インドが日本を外そうとしている理由の一つと重なる。それでも台湾が日立と東芝を選んだのは、開業以来積み上げてきた運行実績と無事故記録という判断材料を持っていたからだ。開業前に離反姿勢を示しつつあるインドに対し、実際に走らせた台湾においては、再発注につながる良い実績を重ねている。
■デビューまで1年を切った新型車両
台北駐日経済文化代表処は、8月15日にN700STが台湾・高雄に到着したと発表した。今後は組み立て試験や各種安全検査などの重要な準備作業を進め、2027年7月の運転開始を目指すとしている。
日立と東芝は、12編成・計144両のすべてが2028年末までに営業運転に入ると説明する。路線は台北市の南港と高雄市の左営を結び、台湾を南北に縦断する。

1999年、台湾はユーロトレイン社との交渉を打ち切り、その後、賠償金を払ってまで日本を選んだ。それから四半世紀。台湾は再び同じ日本をパートナーに選び、この先四半世紀の交通ニーズを託した。
価格や納期と引き換えにインドが犠牲にしようとしているのは、見積書の数字には表れない、長い年月をかけて築いた「信頼」なのかもしれない。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
