「老いの一徹。反省の色はない」…82年「ゲートボール殺人事件」 67歳はなぜ仲が良かった76歳を刺殺したのか
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80~90年代に大ブーム
現在の日本は超高齢社会。その第一段階である高齢化社会に突入したのは1970年のことだった。その12年後、1982年の長崎で衝撃的な殺人事件が発生する。きっかけは日本発祥のスポーツであるゲートボール。動きがあまり激しくないため高齢者向きとされ、当時の愛好者数は約300万人に達していた。
ゲートボールは1チーム5人の対戦型スポーツ。T字形の木製スティックでテニスボール大のプラスチック球を打ち、3つのゲートをくぐらせて得点を争う。80~90年代に「老人のスポーツ」というイメージが確立されたものの、そもそもは戦略や技術で勝利をつかみ取るチーム競技である。そのプレーをめぐって67歳が76歳を刺殺するという「ゲートボール殺人事件」の顛末を、「週刊新潮」のバックナンバーで振り返る。

(以下、「週刊新潮」1982年9月16日号を再編集しました。文中の年齢、肩書き等は掲載当時のものです)
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試合中にちょっとしたトラブル
事件の舞台は長崎県のとある町。山麓の農村地帯で、人口約4300人のうち65歳以上は約520人。約80人のゲートボールクラブ員は、毎月1日と15日の2回、親善試合を楽しんでいる。
9月1日、この日も親善試合は開かれたが、農作業が忙しく、集まったのは20人。午前中は練習。午後から4チームに分かれて試合は始まった。「賞金や賞品がないと試合がだらける」と、いつものように参加者は1人200円を出し、1等から4等まで賞金をつけていた。
この試合中にちょっとしたトラブルが起こった。事件の被害者・Aさん(76)のボールが第3ゲートをくぐっていないというアピールだった。ゲートをくぐるたびに副審がチェックする。ところがAさんのはノーチェックだった。
Aさんは「くぐった」と主張した。だが、こうした抗議が出来るのはチームの監督だけ。その監督は無言。結局、打ち直すことになるが、腹を立てたAさんは「やーめた」と試合を放棄、代わりのメンバーが打ってゲームは終わった。
酒を飲んでいた2人が取っ組み合いに
その後、Aさんを殺したB(67)がプレーするが、試合を放棄したAさんは、家に帰るでもなくコートわきで観戦していた。
「Aさんがゲーム中に腹を立て、途中でやめてしまうのはしばしば。そのうえ、彼は焼酎の一升瓶を持ち込んで、試合中からBと2人でチビリチビリやっていた。また、はじまったな、ぐらいにしか思わなかった」
と当日のチームメートはいう。
試合は4時半ごろ終り、AさんとB、それにもう1人が残って、焼酎を飲みはじめた。その席でAさんは再び「ボールはくぐった」とグチった。それを聞いたBが、「監督だって何もいっとらんのに」とたしなめた。ところが、「何をこの若造が、オレにルールを教える気か」とAさん。
取っ組み合いになって、「数回殴られた」Bは、一升瓶でAさんの頭を一撃。さらに、割れたビンで顔面と首を刺した。頸動脈が切れ、出血多量でAさんは死亡。現場で呆然としていたBは殺人の現行犯で逮捕された。
「今後は教養を高める老人学級も」
殺されたAさんは老齢福祉年金と生活保護を受けて生活するご隠居。夏冬通して「雨の日以外はコートにいる」無類のゲートボール好き。そして、大の酒好き。練習中も酒瓶を離さない。
一方、犯人のBは元自営業で軍人恩給生活者。今年7月の大会には代表として出場した腕前。酒好きで少量の酒に酔い、酔えば荒れる。ゲーム中もチームメートに「ああせいこうせい」と口うるさい。
だが、この2人、ふだんは仲が良かった。それがなぜ--。
「老いの一徹。Bは、いまもオレのことをバカにしたと反省の色はない」と警察。そして、高齢者対策として、町有地をコートに提供するなどゲートボールを推進してきた町当局は、「老人医療費が減ったりメリットは大きいのだが、今後は教養を高める老人学級にも力を入れないと」とガックリ。
近い将来、高齢者人口は総人口の20%を超える。その前途を予言するような殺人事件だった。
デイリー新潮編集部
