強制送還のためニノイ・アキノ国際空港に移送された渡邉優樹、小島智信両容疑者を乗せて飛行機の下に向かう車両(2023年撮影、時事通信フォト)

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闇バイト」「トクリュウ」といった言葉を知らしめ、その特異な存在が日本中を震え上がらせた通称「ルフィ広域強盗事件」。組織のなかで詐欺電話をかける担当として暗躍し、都合6億円を詐取した"伝説のかけ子"が山田李沙だ。

【写真を見る】伝説の女スパイ・20代半ばの山田李沙。金髪、白キャミソールの自撮り姿

 元々風俗嬢だった山田は、相手に顔が割れていないことを理由に、渡邊優樹をトップとする特殊詐欺組織のスパイとして敵対グループ「JPドラゴン」に潜入。警戒されないよう、潜入当初はあえて失敗する姿を演じた。危険な任務に萎縮するどころか、ルールの中での自主的な行動を評価する組織の気風を気に入っていた━━。事件の裏側について、ノンフィクションライター・栗田シメイ氏の著書『檻の中のルフィ 闇バイトを生んだ者たち』(講談社)から、一部抜粋して再構成(※文中の被告・受刑者表記は略)。【全4回の第2回。第1回から読む】

「俺の愛人になってくれ。月100万出すよ」

「なんでかけ子をやろうと思ったの?」

 ルフィグループの黒幕「JPドラゴン」のボスである吉岡(竜司)や管理者から、山田は何度も問いかけられた。

「歌舞伎町のホストに貢いでいて、3000万円の売り掛けがあって……」

 山田の話を信じたのか、何事もなかったかのように本部箱(詐欺グループのチームのひとつ)での生活が始まった。手渡されたマニュアルには、慣れ親しんだニセ警察官ではなく、百貨店の売り場担当者を装ってキャッシュカードの不正利用を呼びかける手法が記されていた。しかし、いきなり参加したかけ子が数字をあげては、吉岡たちに怪しまれる。山田はあえて失敗し、何も分かっていない人間を演じることを意識した。

 かけ子として電話をかけながら、山田は本部箱の様子や人間関係を観察した。すると、強面の部下に対して指示を出している吉岡が、女性には柔らかな表情を浮かべていることに気付く。山田は夕方になって動いた。

「お腹が痛いのでベッドで横になってもいいですか」

 吉岡は山田のもとに歩み寄り、そっと胃薬を渡す。その日の夕食で、山田は吉岡の隣に座った。酔いがすっかり回った吉岡は、山田にこんな言葉をかけたという。

「美人だ。俺の愛人になってくれ。月100万出すよ」

 上機嫌になった吉岡は、JPドラゴンのナンバー2の男に「おい! 見せてやれ」と声をかけた。するとその男は「うっす!」と答えてシャツを脱ぎ、山田に背を向ける。一面に龍が描かれていた。とても美しい入れ墨だ━━恍惚としている山田に、吉岡がこう話し始めた。

「俺たちはJPドラゴンっていうんだ。昔は歌舞伎町にもいたんだよ。歌舞伎町で有名になりすぎたから、フィリピンにやって来た」

 しばらくすると、話題はA箱とST箱の摘発へ移る。2019年11月、A箱とST箱が入るウエストマカティホテルはフィリピン当局の大規模な摘発に遭った。山田のすぐ横では、本部箱の箱長が電話をかけていた。電話の相手は小島(智信)である。

「なんでA箱とST箱が摘発されたのを教えてくれなかったんですか? こっちもRがいなくて大変なのに。(摘発後、A箱とST箱が)動いてるのは知ってるんですからね」

 11月の摘発を受けて、A箱とST箱は拠点を移して詐欺を再開していた。しかし、本部箱にはその情報を知らせていないはずだった。JPドラゴンにはA箱とST箱の現状を把握されたくなかったからだ。ではなぜ、本部箱のメンバーがA箱とST箱の再稼働という秘密を知っているのか。

編集注:組織では「箱」と呼ばれるチームが複数存在していた。

━━A箱のなかに、本部箱へ情報を漏らしている人間がいるはずだ。

 裏切り者の存在を確信した山田は、その日のうちに吉岡と肉体関係を結ぶ。寝物語で吉岡から情報を引き出そうとしたのだ。山田は吉岡からこんな言葉もかけられたという。

「風俗でも十分稼げそうなのにね。組織で日本人向けの風俗店をやろうと思っている。そこで働かないか」

 この日以降、吉岡との会話はすべて録音し、そのまま渡邉に流した。

トップが宿泊するホテルに呼び出され…

 潜入から1週間が経過する頃、山田は自身がいたA箱と本部箱との違いに気付いた。まず、本部箱では、かけ子に対する給料のシステムの説明が一切なかった。1週間に一度交換するはずのSIMカードの枚数も、A箱に比べてずいぶん少ない。経費やボーナスも存在しなかった。本部箱では、定められたルールがまったく守られていなかったのだ。とても詐欺組織として機能させようという風には見えなかった。にもかかわらず、箱長は毎日ギャンブル三昧でひたすら散財していた。

 一日の仕事を終えると、日々、渡邉に報告を入れる。山田はそんな生活を2週間続けた。その一方で、「早くA箱に戻してください」と懇願し続けていたという。

 渡邉は、山田とは別にもう一人、かけ子のスパイを送り込んでいた。そのかけ子と山田の情報をすり合わせ、話の整合性を確認する。そうして渡邉は、「本部箱は自分たちを裏切った」という判断を下した。同時に山田の潜入も終わりを告げる。姿を消すにあたり、本部箱に「あいつは飛んだ」と嘘の報告を入れてもらった。

 潜入を終えた日の週末、山田は渡邉とST箱のトップであるMが宿泊するホテルに呼び出されていた。机には、日本円にして100万円の大金が無造作に置かれていた。スパイ料として山田が得た対価である。

「五十嵐、お疲れ様。好きなものを頼んでいいよ」

 そう言って、渡邉は机の上に置かれた10台のスマホの一つを手に取り、フードデリバリーのアプリを開いた。山田はあえて何も注文せず、明日からもまたかけ子の仕事に没頭すると決意してホテルに戻った。

伝説のかけ子が"活躍"できたワケを自己分析

 翌日の月曜日から、山田は何食わぬ顔でA箱に戻った。そこでベテランのかけ子の男性が、彼女に声をかけてきた。

「お前さ、本部でちゃんと仕事してなかったんだって?」

 1週間後、「スズキ」と呼ばれるこのかけ子が、本部箱と連絡をとっていたことが発覚する。本部箱への連絡は、渡邉によって禁止されていた。A箱とST箱の摘発、その後の稼働人数や状況を、スズキが本部箱に漏らしていたことは明らかだった。

 山田が命懸けで掴んできた情報を、渡邉や小島は存分に活用した。小島は内外から得た情報をもとにカネの流れを把握し、JPドラゴンを金銭面から追い込んでいく。JPドラゴンが企てた詐欺の案件もことごとく潰していった。自分たちのグループのカネも、可能な限り本部箱から回収している。だが、当然JPドラゴンも黙っていない。

「渡邉、小島、藤田、(ST箱の)Mを殺す」

 吉岡はそう息巻いた。前述の通り、本部箱にいたメンバーは全員がJPドラゴンの傘下となった。JPドラゴンとも渡邉のグループとも付かず離れずの距離でカネの匂いを嗅ぎ取っていた今村(磨人)も、以降は完全にJPドラゴン寄りとなる。

 後にルフィグループの幹部らが逮捕された際、「彼らのバックにJPドラゴンがいる」としきりに囁かれた。この言説は、今村とJPドラゴンの親密さと、渡邉のグループがJPドラゴンに吸収され二分されたことが前提となっている。

 JPドラゴンと敵対したことで、渡邉をはじめとした幹部らは屈強なSPをつけて生活することになる。しかし、彼らの遊び場所や生活の拠点、愛人の存在まで、あらゆる情報がJPドラゴン側に漏れていた。

「来るならこい」

 そう鼻息を荒くする幹部もいた。渡邉はフィリピン人のヒットマンを吉岡に飛ばすことまで計画していたというが、抗争が長引くリスクを考えて最終的には手を引いた。形上はJPドラゴンに屈したということだ。そして、渡邉のグループはマニラから姿を消すことになる。

 JPドラゴンと渡邉のグループの抗争。引き金を引いたのは、山田がもたらした情報だった。つい数カ月前まで、平和な日本で暮らす一人の風俗嬢であり、駆け出しのかけ子でしかなかった20代半ばの女性に危険な潜入を実行させるという組織の判断は、一般常識とはかけ離れたものである。だが、山田はそんな組織の水が合った。

「ルールで決められていることは最低限守り、それ以外のことはすべて自分で考えて行動する。そして、心に決めた人にはとことんついていく。ボスが作った組織のルールや詐欺の手法は、そんな私にぴったり合った。(自分の性格は)日本で生きていくうえではうまくいかないことが多かったのですが、詐欺を行うのには適していた。

 反対に、刑務所に入ってからは生活がうまくいっているとは思っていません。刑務所の中では、自分で考えたり頭を使ったりする工夫は求められていないので」

(第3回に続く)

【プロフィール】
栗田シメイ/1987年、兵庫県生まれ。広告代理店勤務、ノンフィクション作家への師事、週刊誌記者などを経てフリーランスに。南米・欧州・アジア・中東など世界40カ国以上でスポーツや政治、経済、事件、海外情勢などを幅広く取材する。 著書に『コロナ禍を生き抜く タクシー業界サバイバル』『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』。新著『檻の中のルフィ 闇バイトを生んだ者たち』が発売中。