【敬老の日】「今が一番楽しい」「歳を取ってもいいじゃない!」平均年齢73歳、サングラス・キャップの店員が渋谷で見つけた"人生最後に咲いた花"と理想の逝き方

写真拡大

若者の街・渋谷に、接客をする店員がみな高齢者の茶屋『G-CHA&Ba-CHA(ジーチャバーチャ)』というカフェがある。店員の平均年齢は73歳というが、サングラスにキャップのスタイルで、渋谷の街に溶け込むような若々しい姿をしている。いったいどんなカフェなのか。同店を取材した。

【画像】平均年齢73歳とは思えない、サングラスの似合う高齢者店員

サングラスにキャップ、ファンキーな格好の高齢者が接客

『G-CHA&Ba-CHA』のオープンは今年3月。下は70歳~上は81歳まで、15名以上の高齢者が在籍している。

注文は入口付近に置かれたシートへの記入で行い、商品が用意されると奥の部屋へ通される。ドアを開けると店員がお出迎えし、ここで会話を楽しめるというシステムだ。

この日、出迎えてくれたのは、開店時からのオープニングスタッフ・均(ひとし)さん(71)と京子さん(73)。70代とは思えない若々しさを醸し出すサングラスやキャップは、“制服”なのだという。まずは、どんなお客さんが来るのかを聞いてみると……。

「若い人が多いですね。SNSで知ってくれたそうです。あとは外国の方が多くて、半分くらいは外国人です。日本らしいものを飲みたいのか、『抹茶』で検索してたどり着いたりするそうです」(均さん)

多い日で100人ほどの客が訪れる。お店の大きなウリである“会話”のサービスは好評で、長い人だと30分ほど滞在するそうだ。

「受け取ってすぐ帰る方もいらっしゃいますが、おしゃべりがしたくて来るという方も結構おるんです。30分しゃべっていく人もいますよ」(均さん)

「話すのは『そのピアス素敵ね』とか他愛もないことが多いですね。でも以前、入って来るなり泣いちゃった若い女の子がいて。私の顔を見て泣くので、自分のおばあちゃんが亡くなったのを思い出したのかと思ったら『まだ元気です』って(笑)。

でも、すごく懐かしくなって涙が出ちゃったそうです。他にも、ここで話してからお墓参りに向かうという方もいたり、こっちもジーンと来ますね」(京子さん)

酸いも甘いも経験した高齢者とあって、相談ごとを持ち込む来店客も多いという。

「女性だと恋愛相談が多いですね。『付き合って2カ月なんだけど』という人には、『それは慌てたらあかんな』『しっかり見なあかんで』とアドバイスを送ったり。中には『アイドルと付き合ってるんですけど、どうしたらいいでしょう』なんてのもあって、『それは僕は知らんわ』と(笑)」(均さん)

ともにブランクを経て求人サイトから応募

若者や外国人とさまざまな人と交流し、楽しく働いている様子の均さんと京子さん。働き始めたきっかけは、ともに求人サイトからの応募だったという。

「『シニアカフェオープン!』なんて目を引く求人広告やったね。募集の条件は70歳以上で、15人の枠に150人くらい応募があったそうです。高齢者はなかなか求人が少ないから、ワッと集まったんだと思いますよ」(均さん)

均さん自身、今年2月に三重から上京し、仕事を探していたものの、なかなか見つからない日々だった。実は、上京までは12年間もの長い仕事のブランクがあったのだという。

「もともとは銀行員をやっていて、景気のいい頃にずいぶんいい思いもしたんですが、その後に地元の三重で親がやっていた水産加工の会社を継いだんです。営業から最後は経営まで30年続けました。エビやイカを海外から仕入れ、トレーにパックしてスーパーに卸したり、買い付けで海外もよく行ってましたよ。

でも、イカの不漁なんかもあって、58歳のときに会社を畳みました。そこからの12年間は海外を回り、まぁ遊んでたって感じやね。それが今年の2月、嫁が孫の面倒を見るために東京に出てこないかんということになって、引っ越してきたんです。東京で仕事を探したけどなかなか決まらなかったところ、嫁から『求人サイトで見つけたで、あんた行っといで』と勧められました(笑)」

いっぽうの京子さんは、東京生まれの川崎育ち。かつては目黒でマッサージ師をしていたが、ここ数年は働いていなかったそうだ。

「子どもがいたので派遣やパートをしていたのですが、50歳を過ぎたころ、自分が受けたマッサージがすごく良かったので、勉強したいと思って専門学校に入りました。卒業して目黒のお店に勤めたのですが、腱鞘炎になっちゃって。だんだん腕の自由も利かなくなったので、20年ほど前に辞めました。

そこからは好きなところで働きましたが、ここ5~6年は働いていませんでした。でも、去年の3月に主人が亡くなって、1人になるし年金も減ってしまうので、働いて補おうと思い、ここに応募しました。

面接では、『こんな格好をするかもしれませんが、いいですか』と、サングラスやキャップなどのコンセプト画像を見せられたんですよ。でも、私コスプレが大好きだし、渋谷ってだけでワクワクするからOKでした(笑)」(京子さん)

「俺はサングラスとかが似合うかはわからんかったけど、抵抗はなかった。人と話すのも好きだし。逆におとなしい人では務まらんでしょうね」(均さん)

「歳を取ることも前向きに捉えています」

こうして勤め始めて約半年。ただの仕事を超え、2人には心身に大きな変化があった。

「ここに来てからずいぶん若返りましたよ。もう、シワがちょっと減った気がするくらい(笑)。ここにいるといろんな人と接して、日々、新しい情報が入ってくるんです! 81歳の同僚なんて、『僕はここで“可愛い”って言われるのが1番の幸せ』だと言うてる(笑)」(均さん)

「働くって悪くないなと、改めて思いました。人と接することもできるし、お客さんによって『この人には敬語、この人にはタメ口』と使い分けなきゃ、と頭も回ります。若いお客さんからは『可愛い』『おしゃれ』なんて言ってもらえるし(笑)。若い子がキャーキャー言ってると、こっちも一緒にキャーキャー言って。一緒に写真も撮ったりして、元気になります!」(京子さん)

加齢による身体の衰えや「老害」という言葉に象徴されるように、歳を重ねることにはネガティブな印象がつきまとう。しかし、2人は老いを憂うどころか、「今が一番楽しい」とサングラス越しに目を輝かせる。

「ここで働き始めてすごく充実してるし、歳を取ることも悪くないと思ってます。歳を取ると友達も減るし、妻や夫に先立たれて孤独だと言う人もおるけど、1人ですごく楽っていう人もおる」(均さん)

「私、歳を取ってもいいじゃない!って思うんです。みんな仲良く歳を取っていけばいいし、嫌がることはないと思う。孤独だって、楽しい部分と嫌な部分のどっちを見てるかよね。1人ってことは自由でもあるんだから、自由でいい!って思わないとどんどん暗くなっていくし、閉じこもってちゃダメなんです」(京子さん)

京子さんがこう思えるようになったのは、「人生で1番つらかった」と振り返る50歳の頃の体験が影響している。当時は認知症の父を介護するため、九州の田舎で3カ月ほど過ごして面倒をみたが、これを乗り越えたことで変わったそうだ。

「そこは誰もいない田舎に、家が1軒ポツンと建ったような場所。声が響くくらい閑散として、誰も頼れずに毎晩泣いていました。でも、その経験を通じて人として一皮剥けて『ちゃんと生きないと』と思えるようになった。

その後、子育てもひと段落して旦那は死に、1人だけど自由に生きられるようになったこともあって、歳を取ることを前向きに捉えています」(京子さん)

2人は「人生の終わりのころに花が咲いちゃったみたい(笑)」とお互いの顔を見て笑う。最後に、2人が思い描く“最期”を聞くと、ここでも明るい言葉が返ってきた。

「最期はピンピンコロリ! ただ生きとるだけじゃあかんから、充実しながら100歳を目指して頑張るぞい、と」(均さん)

「夫の祖母は90歳のとき、食堂で納豆定食を食べながら亡くなったんです。口の中にご飯を入れたまま眠るように──直前まで元気で明るく、それが私の理想の死に方です。何度も言うけど、歳を取るって悪くない!」(京子さん)

取材・文/久保慎