草に覆われた「古代船なみはや」

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 2000年代の初頭、日本で「廃墟ブーム」が起きたことをご記憶の読者も多いだろう。書店には廃墟を写した写真集、ガイド本が並び、廃墟を巡るツアーも企画された。その当時に注目されたのは、民間の商業施設やホテルなどの大規模な廃墟であった。

 時は流れて現在、目につくようになったのは大規模な公共施設、特にバブル期とその後に建設された公共施設である。なかでも、建設にかけた金額が桁違いで、デザインのレベルも高い廃墟が残るのは、大阪市のコスモスクエア地区だ。

 バブルの余韻がまだ残っていた平成の初頭、大阪府・大阪市は数多くの公共施設を建設したが、多くは来場者数が伸びずに閉館。その後は民間などに譲渡されるなどしたが、スケールが大きすぎたり、複雑なデザインゆえに使い勝手が悪いのか、十分に活用されずに放置され、廃墟化してしまったりしているものもある。

草に覆われた「古代船なみはや」

 ガラス張りのドームの中に巨大な木造の帆船が眠る「なにわの海の時空館」と、なぜ公共施設でワインの資料館なのか……とツッコミどころ満載の「ふれあい港館ワインミュージアム」は、大阪を代表する廃墟として知られている。世界的な建築家の作品が廃墟化し、朽ちていく様子を見ることができるコスモスクエアを巡ってみた。【取材・文=山内貴範】

【写真】176億円が6000万円“名建築すぎる負の遺産”「なにわの海の時空館」の海に浮かぶガラスのドームの異様

ボロボロになっている古代の舟

 2025年の「大阪・関西万博」の会場になった夢洲駅の一つ手前、大阪メトロ中央線のコスモスクエア駅で下車し、海沿いの遊歩道を歩いていく。この道自体、人がほとんど通らないうえに草刈りも行き届いておらず、だいぶ殺伐としているのだが、5分ほど歩くと「なにわの海の時空館」の巨大なドームが見えてきた。

 その手前にある広場に、木製のオンボロな船が目についた。銘板によると、これは古代船「なみはや」というらしい。出土した船型の埴輪を参考に大阪市市制100年を記念して復元、1989年には大阪港から韓国の釜山まで実験航海を行ったという。だが、屋根が架けられているものの管理状態は悪く、木材は傷んでいる。人が乗ったら沈んでしまいそうだ。

 周囲には草が茂っているうえ、悲しいことに、コンセントが船の上に無造作に置かれていた。明らかに大切にされていないのがわかるし、市制100年を記念したものがこんな状況になっているとは驚きである。これを計画した人たちは、造った直後には多少満足したのかもしれないが、それ以降のことには関心がなかったのだろう。

約176億円で造って約6000万円で譲渡

 さて、「なにわの海の時空館」に話を戻そう。建物はフランス人建築家のポール・アンドリューの設計で、総工費約176億円をかけて2000年に開館している。驚いたのは、展示室にあたる海上のドームに渡る道が見あたらないことだ。どうやって中に入るのかと思いきや、陸にある真っ白なエントランス棟と海底トンネルでつながっているのだという。とんでもない凝った造りである。

 常に潮風に晒され続ける悪条件、地下で連絡する設計など、どう考えても維持が大変だと思うのだが、そういったことを後先考えずに造ってしまうあたり、さすがバブルの余韻が残っていた時代に計画された建築だ。部材がだいぶ錆びついているが、それでも全体の保存状態が比較的良好なのは、当時の施工が丁寧だった証拠だろう。

 開館後は年間数億円規模の赤字が続き、末期には年間来場者数が10万人に届かない状況であり、当時の大阪市長・橋下徹氏が放漫財政の象徴として批判した。2013年に閉館した後は長期にわたって買い手がつかないまま廃墟となっていたが、約176億円かけた建築は民間にわずか約6000万円で譲渡され、2025年にイベントスペース「THE JEWELRY」が開業している。

ガラスドームの中の船はどうなる

 現在はイベントスペースになっていることから、厳密にいえば廃墟ではなくなった。だが、入口のガラスには心ない者からひっかき傷のような落書きがされていたうえ、館内はガランとしていて、積極的に活用されているとは言い難い。老朽化も進行しており、改修には巨額の費用が掛かることは間違いないが、どこまで維持されるかは未知数である。

 扱いが問題になっていると思われるのが、ガラスのドームの中にある約10億円をかけて復元された木造の菱垣廻船「浪華丸」だ。大阪が舟運で賑わっていたことにちなみ、復元したのだという。閉館の際には取り壊しが計画されたが、ガラスの奥を見るとまだ残っているようで、たまに公開されることもあるようだ。

 どうせなら大阪湾に浮かべて動かせばいいのにと思うのだが、この船が厄介なのは、館内に設置してからドームを架けたため、船体を解体しなければ外に出すことができない点である。そのまま搬出する場合はドームの一部を解体する必要があるといい、このことからも、後先考えずに建設されたことがわかるだろう。船の維持にも多額の費用が掛かるはずだ。その費用が拠出できなければ、朽ちていく運命にあるのかもしれない。

ニッチな需要にも予算がついた

 それにしても、当時の人たちは船を復元して客が呼べるなどと、本気で考えたのだろうか。鉄道なら筆者の周りにもオタクがたくさんいるが、木造船の、しかも菱垣廻船のオタクはいない。これほどニッチな需要によく予算がついたと思うし、大盤振る舞いに費用を使えた関係者は羨ましい限りである。

 建物自体は、ポール・アンドリューの代表作と呼べるほど完成度が高く、それだけ潤沢に予算を出したといえる。現代ではまず予算が通ることはないだろうし、通ったとしても、ティッシュののような無味乾燥な建築になってしまうことだろう。間違いなく、当時の大阪市の意気込みは本気であり、後世に残る建築を造ろうとしたのではないだろうか。

 SNSでは、文化に金を使うべきであり、文化を守るべきという主張がなされている。その考えは正しいのかもしれない。しかし、ニッチな文化を公的資金で支援しても、なかなか金を生むまでに至らないし、その維持にも多額の税金を投じる必要があるのだ。「なにわの海の時空館」はそういった文化行政の難しさを具現化した施設といえるだろう。

ライター・山内貴範

デイリー新潮編集部