認知症の母、ダウン症の姉、酔っぱらいの父と暮らすにしおかすみこが深夜に手紙を書いた理由

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「私は2020年のコロナ禍に実家に戻りました。母が認知症で、姉がダウン症で、父が酔っぱらいで、私が一発屋という家族構成で、(『ポンコツ一家』は)ジタバタ暮らすさまを書いたものなんです。

最初は連載でスタートして、それをまとめたのが、『ポンコツ一家』、2冊目が『ポンコツ一家2年目』、そして今回の3冊目『ポンコツ一家 最後の2年』となります」

9月16日、にしおかすみこさんは秋葉原にある書泉ブックタワーで開催されたトークショー&サイン会のイベント取材でこのように語った。

内閣府が発表した「令和7年版高齢社会白書(全体版)」によると、日本の65歳以上の認知症高齢者は、2022年時点で443.2万人(有病率12.3%)と推計され、2040年には584.2万人(同14.9%)へ増加する見込みだという。

誰にとっても他人事ではない「介護」のことも赤裸々につづった本書のイベントでは、介護に直面する方々も多くいらして「にしおかさんの言葉に救われたんです」と時折涙を浮かべるシーンもあった。

一部の特典としてにしおかさんが用意したのは、「ポンコツ一家オリジナルカード」に書いた「手書きの手紙」だった。

連載「ポンコツ一家」61回は、にしおかさんが深夜に「手紙」を書く話。

2025年9月某日のど深夜

2025年9月某日。ど深夜。

昼間はあれほどセミが鳴いていたのに、今は鈴虫が夜を席巻している。ときおり、ンズズズズゥ--、ンズズズズゥーーっと、どの季節にも属さない音が混じる。姉のイビキだ。コミカルな哀愁を感じる。

私は自室で机に向かっている。余っていたレター用紙を引っ張り出し、こう書く。

“◎糖尿病で、毎朝打つインスリンを私が言わないと忘れます。”

母のことだ。……でも、とペンが止まる。

いつもそれとなく促すと、座椅子に座った婆さんが恨めしそうな横顔をこちらに向けてくる。やがてゴソゴソと据え置きにしてある一式を取り出す。

「だって先生、もう打たなくていいって言ってたよね? こればっかりはさ、何千回打っても慣れなくてね。痛点ってあるから。そこに当たったら痛いんだよ。毎回、刺す場所ズラして、ためらわずにエイッ! イッターー! ツゥゥーー!……ロシアンルーレットみたいなもんさ」

先生のくだりは妄想ないし願望だけれども。

“母はインスリンを打つ実況ができて、ロシアンルーレットという日常で使わないような単語を覚えています。”と付け加える。ペン先を浮かせる。……これ、いる?凝った首をポキポキと横に振る。次。

「ずっと同じ服を着ています」

“◎季節や日にちがわかっていない時があります。”

“◎ずっと同じ服を着ています。”と書き連ねる。

でも。やはりペンが止まる。日頃の会話を思い浮かべる。

私が「ちょっと臭いよ。一緒に洗濯しちゃうから、それ脱いで、これに着替えて」と、さもついでみたいに言う。

するとババアは苦渋の決断でも迫られたみたいな顔をして、渋々ではあるが私が用意した服に着替える。

そして、ほのかな柔軟剤の香りをまといながら座椅子に収まりなおす。

つけっぱなしのテレビに目を向け、「ねえ、すみ、画面の左上見て。昔は時間が精いっぱいだったのに。今は日にちと曜日までセットで出てくるんだよ。これ考えた人すごいねえ。ママが忘れてもテレビが教えてくれる。ありがたいねえ」と言う。

そのなんとも言えない横顔が、記憶の中で小さく揺れる。私はレター用紙に目を落とす。

“母はがんばっています。”と足す。……。いちいち止まるな。さっさとやって寝たい。次だ次。

なぜこんなことを書いているのか

“◎料理や掃除はできないです。(家事全般は私です)

でも、やる気が出ないだけかも。“

いやそんなことはない。

“◎お風呂に入ろうとしないです。(1~2カ月入らない時もあります)

でも、慣れました。“

誰がだ。私だ。

“◎日々、小さな妄想や繰り返し行動は多々あります。

でも、だからなんですか。”

もうっ。“でも”がひどい。書いているのか、心で思っているのか、だんだんわからなくなってくる。””で囲んだ部分が紙に書いた文だ。私はその文字をペンでグルグルッと潰す。紙をグチャグチャッと丸め、ポイッとその場に放る。……これで何枚目だ。

細長い机の上には、衣が外れかかった天ぷらか、かき揚げみたいな固まりがいくつも溜まっている。

そろそろ要介護認定の更新なのだ。ひとつもサービスを使えていないのに。

現在、母は要介護1。やることは昨年と同じだ。近々、我が家に調査員の方が来る。

母が見栄を張ってしっかり対応したときのために、普段の様子をメモしておく。そして後でこっそり、来てくださった方に手渡す。それを今、書いているのだ。

前回もこの作業が嫌だった。普段から、できるだけ母の“まだできるところ”を見ていたい。

なのに、できないことを列挙し、私が困っていることを書く。

なんだか悪口のようで、告げ口のようで……。わかっている。そういうことではない。わかっているけど、やっぱり少し気が滅入る。

夜中に書くからかな。秋の虫のせいかな。センチメンタルが発動している。

我ながら、バカみたいだ。

◇果たして手紙は書き終えられるのか……。後編「にしおかすみこが深夜についたため息。認知症の母、ダウン症の姉、酔っぱらいの父と同居しながら「要介護認定」申請をする」にて詳しくお伝えする。

【後編】にしおかすみこが深夜についたため息。認知症の母、ダウン症の姉、酔っぱらいの父と同居しながら「要介護認定」申請をする