去ってゆく社員、膨れる負債…「会社を大きくすること」は「幸福になること」とは違うと気づいた瞬間

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多くのベストセラーを世に出してきた出版エージェント代表による、小さな会社の経営論、生成AI時代の働き方の書『会社は大きくするな! 小さな会社の経営論』より、「なぜ多くの会社では、規模を拡大しようとすると、苦しくなるのか?」「自分たちは何のために働いているのか?」「フリーランスで働くのと小さな会社の違いは何か?」など、具体的なノウハウもご紹介します。

規模を追わず、より深化させる。クリエイティブで社員も経営者も幸せな、強い会社を目指すためには。

会社の内側でも崩れはじめていた

これら経済的なつまずきは、本業にも影を落としはじめました。

信頼していた社員が、私の親しい友人の会社へ転職していきました。当時の私は「親友に引き抜かれた」と被害者のように感じていましたし、実際、その友人にも「なんでお前が俺の社員を引き抜くんだよ」と面と向かって言いました。しかし、いま冷静に振り返れば、彼が去った理由は、私自身の中にあったのです。現場から遠ざかり、遠くから口だけ出す経営者のもとに、優秀な人間が残り続ける理由はありません。その証拠に、元社員は次の職場でいきいきとしていました。

気の利く秘書は、「鬼塚さんについていくのは、体力的にきつい」と言って辞めていきました。私はこれを当時「自分のエネルギーについてこれなかったんだな」と解釈していました。とんでもない思い上がりです。彼女の健康を犠牲にするような働き方を強いていた。それ以外の何ものでもありません。

反省した私は、今度は「もっと社員に自由に仕事をしてもらおう」と、仕事を社員に任せはじめました。すると今度は、私のやりたいこととズレが生まれる。注意すれば関係がぎくしゃくし、また人が離れていく。結局は「現場から遠ざかったまま、遠隔で振り回す経営者」から抜け出せていませんでした。

作家からも、「鬼塚さんは現場に顔を出してくれない」と言われるようになり、有力な作家が少しずつ離れていきました。

すべてが、逆回転しはじめていました。穴の空いたバケツに、全力で水を注ぎ続けているようなものです。

そこでようやく、「このままでは危ない」と気づいたのです。

立ち止まって、自分に問い直しました。

--私は、何をやっているんだ?

本来やりたかったのは、作家のエージェント業務で、書籍の事業じゃなかったのか。だとすれば、なぜその現場から離れているのか。このまま走り続けたら、本業のエージェント事業まで潰してしまうのではないか。

そして、こう思い至りました。

私は何者で、どこに向かっているのか。経営は、金儲けではない。生き方そのものだ。であれば、もっと深く、どういう経営をしていくのか考えなければいけない。

ここで私は、一つ大切なことに気がつきました。

作家エージェントという仕事には、私でなければできないことが、あまりに多かったのです。作家が書籍を書くときの悩みに耳を傾けること。企画書を練り上げること。出版社に作家を売り込みに行くこと。これらは仕組み化して誰かに任せられる種類の仕事ではありませんでした。信頼と感性の勝負だからです。

つまり、私の仕事は、もともと「拡大に向かない仕事」だったのです。それを、拡大に向いた業種の教えで経営しようとしたところに、そもそもの無理がありました。

この経験から学んだ最大の教訓は、こうです。

「会社を大きくすること」と、「経営者と社員が幸福になること」は、必ずしも同じ方向を向いていない。

人を増やし、事業を広げ、役割を分担していけば、売上は確かに伸びます。しかし同時に、手間、時間、管理コスト、判断の重さ、人間関係の複雑さが、一気に膨れ上がります。私はその重さを「成長の代償」として織り込まないまま、走り始めてしまっていました。

いま振り返れば、あのとき必要だったのは、新しい事業ではなく、「これ以上広げない」「やることを増やさない」という決断だったのです。

日本では、売上、社員数、上場しているかどうかなど、わかりやすい数字や言葉が、成功の証になります。一方で、仕事の質、幸福感、誇りといったものは、目に見えず、測ることもできません。

だから、いま思えば、私は「小さな会社であること」に無意識のコンプレックスを抱いていたのでしょう。「うちは数人の個人事業に毛が生えたような会社ではないか」。そんな感覚が、心のどこかにずっとあったのです。だからこそ拡大を選び、本当に大切なものを失いかけました。

拡大の先よりも、企画を自由に発想する瞬間、作家と企画の話がまとまった瞬間、社員と成功を分かち合って心が震える瞬間、そちらのほうが、はるかに大きな幸福感を与えてくれる。そのことに、ようやく気づいたのです。

規模を捨てた瞬間、見えた世界

拡大をやめた瞬間、私は本来の作家エージェント業に集中できるようになりました。それに伴って、仕事の「濃度」が変わっていきました。

10冊の60点より、1冊の100点を。

そう思うようになったのです。

手間を惜しまない仕事は、必ず読者を含めた関係者に響きます。そして不思議なことに、それが次のチャンスを連れてきてくれるのです。

私にとって経営とは、生きることそのものです。そして生きることは、できるだけ自由で、創造的で、豊かなものでありたい。それらを得るために、何をし、何を捨てるのか、本当はもっと早く、深く考えるべきだったのです。

これが、第1章で私があなたにお伝えしたかったことです。

ここまで読んで、「そもそも自分は、経営者という道を選ぶべきなのか」と立ち止まっている方もいるでしょう。あるいは、すでに経営者として長く歩んできたけれど、いま一度「なぜこの道を選んだのか」を確かめ直したい方もいるでしょう。

経営者になるとは、何を引き受けることなのか。そして、社員として誠実に働く人生と、経営者として自分の判断で会社を動かす人生は、どう違うのか。すでに経営者として走っている方も、この問いを一度くぐり直してから先に進むほうが、本書の後半がずっと深く届くはずです。

アクションステップ  今日からできる3つのこと

Step1  いま使っている手帳かスマホのカレンダーを開き、直近2週間の予定の中から「本当はやりたくなかった予定」に印をつける(所要時間5分)

Step2  その印をつけた予定の合計時間を計算する。週あたり何時間を「やりたくないこと」に使っているかを数字で出す

Step3  その時間がもし空白だったら、そこで何をしたいか、3つだけ書き出す(箇条書き、各1行)

会社を大きくして潰しそうになった話。「拡大思考」が招いた、2000万円規模の損失