ネコが「尿の臭い」で他者を識別する方法を解明…「100年来の謎」に関係している可能性も示唆された!

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ネコは尿でマーキングをすることが知られていますが、尿の臭いに関する正確な知見については現在でも未解決な点があります。例えば、ネコは尿の臭いで個体識別を行っているという説がありますが、その詳細はよく分かっていませんでした。

岩手大学の市沢翔太氏とブラウンシュヴァイク工科大学のJana Caspers氏を共同筆頭著者とする研究チームは、ネコを対象にいくつかの実験や観察を行い、尿の臭いに関する謎について解明を行いました。その結果、特定の臭い分子のグループにたどり着いただけでなく、それが腎臓の「脂肪滴」で生産 (産生) されていることを突き止めたのです。

ネコの腎臓に脂肪滴が大量に含まれている理由は100年来の謎であり、研究チームとしても予期せず未解決の謎の解明に繋がりました。

なぜ尿はマーキングとして機能するのか?

多くの動物にとって、尿は単なる排泄物以上の意味を持つことがあります。自分の行動範囲に尿を撒くことによって、自分の縄張りを主張したり、異性に自分の存在をアピールしたりします。これは、自分の尿の臭いを使った、コミュニケーションの手段の1つであると見なされています。

動物が発する他のシグナルと比べると、声や姿は、その場にいなければ発することができないシグナルであるのに対し、臭いはずっとそこに残り続けるという違いがあります。いわば、尿は自分がここら辺にいることを示す立札のようなものなのです。

例えば、身近な動物であるネコ (イエネコ) は、縄張りの主張のために尿でマーキングをし、尿の臭いを嗅ぐことが知られています。また、ネコが臭いを嗅いだ際、まるで悪臭を嗅いだ時のような驚き顔やしかめっ面をすることがありますが、これは嫌な反応をしているのではなく、臭いを検知する鼻の器官 (鋤鼻器) に臭い分子を送るための自然な行動です。これは「フレーメン反応」と呼ばれています。

では、動物は尿の臭いをどのように判断しているのでしょうか?

これについては、尿に含まれる臭い分子の種類が、個体ごとに微妙に異なるため識別可能であるという説があります。しかし、尿の臭いが個体識別のシグナルとして機能するには、尿が環境中に離れた後も、なるべく長い間、尿の臭いが変化しないことが必要です。

臭いの元となる分子は、環境中で化学反応によって蒸発して消えてしまったり、分解や変質することを考えると、どのように臭いの安定性を確保しているのかは謎が残ります。

ネコは尿の臭いを長期間記憶している

岩手大学の市沢翔太氏とブラウンシュヴァイク工科大学のJana Caspers氏を共同筆頭著者とする研究チームは、ネコを対象にいくつかの実験や観察を行い、尿の臭いに関する謎について解明を行いました。

研究チームはまず、「ネコは臭いによって個体を識別している」というそもそも論から観察を開始しました。ネコは尿の臭いを嗅ぐ際にある程度時間をかけますが、既に知っている臭いならば、嗅いでいる時間が短くなるはずです。

観察の結果、同じ個体の尿の臭いを何回も嗅がせると、嗅ぐ時間が短くなることが分かりました。そして、別の個体のものに差し替えると、再び長い時間嗅ぐことが観察されました。

これは、個体ごとの微妙な尿の臭いの違いを識別していることを意味しています。また、この反応の違いは数ヵ月後でも継続しており、ネコはかなり長期に渡って臭いの記憶を持っていることが示唆されました。

さらに、臭いを嗅いだ際のフレーメン反応は、未知の個体の尿の臭いで多く見られ、自分の尿に対しては少なくなる一方、同じ個体の尿を嗅がせれば、フレーメン反応は減少しました。これらのことから、ネコは尿によって個体識別を行っている可能性が示されます。

個体識別の秘密は「分岐鎖脂肪酸」にあり

これらの結果を下に、さらに尿の臭いを分析したところ、ネコのフレーメン反応を誘発し、個体識別に使われているとみられる分子「分岐鎖脂肪酸」を13種類発見しました。これは分子が枝分かれしたようなひも状の構造を持つ脂肪酸の総称です。この分岐鎖脂肪酸の比率は、ネコの個体ごとに少しずつ異なることが判明しました。

尿の他の成分は変えず、分岐鎖脂肪酸の比率のみを他の個体のものに変更した尿を嗅がせると、再び嗅ぐ時間が長くなることが観察されました。この観察結果は、分岐鎖脂肪酸の比率がネコの個体識別に利用されている可能性が高いことを示しています。

分岐鎖脂肪酸が個体識別に使われている根拠は、分岐鎖脂肪酸の安定性についての調査結果でも示されます。同じ個体から、数日かけて尿を採集・分析すると、分岐鎖脂肪酸の比率はほぼ変わっていません。また、親子などの血縁関係がある個体同士では、比率そのものは似ているものの、同一な個体は見つかりませんでした。

この分岐鎖脂肪酸について安定性を調べてみると、25℃の条件で24時間放置した尿でも、分岐鎖脂肪酸の比率はほとんど変わっていないことが示されました。個体ごとの比率の違いと長期の安定性から、尿が個体識別に使われており、その正体は分岐鎖脂肪酸であるという説は、どうやら正しそうです。

100年来の謎を偶然解決!?

では、この分岐鎖脂肪酸はどこから発生するのでしょうか? 研究チームは追跡を行ったところ、腎臓に含まれる「脂肪滴」が生産していることを突き止めました。

脂肪滴とは、細胞の中で脂肪を蓄えている部分 (細胞内小器官) です。脂肪滴そのものは全身の細胞に存在しますが、ネコの腎臓には大量に含まれています。これは100年以上前から知られていますが、なぜネコの腎臓に大量の脂肪滴があるのかは、現在に至るまではっきりとした理由がわかっていませんでした。

これは研究者としても予期しない発見であり、今回の研究は、図らずも100年来の謎を解明することにも繋がりました。

最後に研究チームは、イエネコ以外の他のネコ科についても調査を行いました。ライオン、トラ、ヒョウ、ジャガー、オオヤマネコ、イリオモテヤマネコなどについて、腎臓の脂肪滴を分析し、やはり分岐鎖脂肪酸が含まれていることを突き止めました。脂肪滴の量や分布、分岐鎖脂肪酸の比率は、種によって大きく異なります。また、地理的に隔絶した場所にいるベンガルヤマネコやツシマヤマネコは、生物種としては同じでも、分岐鎖脂肪酸の比率は異なることも分かりました。

この結果は、分岐鎖脂肪酸の化学的・生理学的特性は、ネコ科全体で広く分布しているものの、ネコ科が分化・進化するなかで多様化したことを示唆しています。ただし、野生のネコ科の動物が、イエネコと同じく分岐鎖脂肪酸の比率によって個体識別をしているのかどうかについては、今後検証していく必要があります。

ネコ科動物の病気の早期発見に繋がるかも

今回の研究は基礎研究であり、直ちに何か応用が考えられるものではありません。とはいえ、応用を予想すること自体はできます。

例えば、分岐鎖脂肪酸がネコの個体識別に利用されているならば、逆に分岐鎖脂肪酸を狙い撃ちにした化学的手法を考えることで、ネコの尿の臭いを抑える方法に繋がるかもしれません。

次に、分岐鎖脂肪酸が脂肪滴で作られる点を考慮した応用が考えられます。脂肪滴には脂肪が蓄積されますが、それは生理現象として正常な理由と、病的な理由とが考えられます。もしも病的な理由で脂肪滴に脂肪が蓄積し、分岐鎖脂肪酸に何らかの変化がある場合は、逆に分岐鎖脂肪酸を調べることで、病気の早期発見に繋がる可能性があります。

最後に、希少なネコ科動物の研究や保護に応用される可能性が考えられます。今回の研究では、決定的ではないものの、野生のネコ科の動物でも分岐鎖脂肪酸の比率が個体を識別できる可能性が示唆されました。もしそのような場合には、環境に残された尿の臭いを分析することで、中々出会うことができない個体の移動範囲を追跡できる可能性があります。

ネコ科の動物は、個体数自体が少なかったり、縄張りや季節での移動範囲が広かったりして、出会うこと自体が難しい種も少なくはありません。尿は個体がその場にいなくても残るシグナルであるため、ネコ科の動物の生態を詳しく理解し、希少種の保護をする上では、尿の臭いで個体識別と追跡を行う場面があるかもしれません。

このように、今回の研究は基礎研究ではあるものの、ネコ科の動物の詳しい生態や健康状態を理解し、希少な動物の保護に繋がる研究の可能性を秘めています。

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【参考文献】

・Shota Ichizawa, Jana Caspers, et al. “Signatures of branched-chain fatty acids derived from a kidney reservoir confer stable chemical individuality on domestic cats”. Cirrent Biology, 2026; 36 (17) 4340-4353. DOI: 10.1016/j.cub.2026.07.045

・宮崎雅雄. (Aug 20, 2026) “ネコの"あの顔"から見つかった「においの名刺」-尿の個体識別を支える特殊な脂肪酸と腎臓の貯蔵庫-”. 岩手大学.

・Yukikazu Shinomura. (Aug 19, 2026) “A 100-year-old mystery in the cat kidney may be linked to scent communication”. Iwate University. (EurekAlert!)

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