【小林 啓倫】「AIを使えない学生」は門前払い…世界の大手銀行で始まった「新卒採用」の異変
いま金融機関関係者の間で、静かに注目されているニュースがある。スイスの金融大手UBSが、2027年に入社する新卒・インターンの採用にあたり、AIを使いこなせることを条件として求め始めたというのだ。学位の成績や分析力、対人スキルといった従来の要件に、「AIで成果を出せるか」という新しい問いが正式に加わった。言い換えれば、AIを使えない学生は、どれほど成績が良くても門前払いになりかねない。
金融機関が社員にAI研修を課すのは、いまや珍しい話ではない。しかしUBSの動きは、社員教育ではなく「入り口」に手を付けた点で一線を画す。しかも、その相手はこれから社会に出る若者たちだ。なぜ投資銀行は、まだ何者でもない新人にAIの実績を求めるのか。その裏側には、AIが最初に飲み込むのは「新人の仕事」だという、業界全体がようやく直視し始めた不都合な構造がある。そしてこの構造は、新卒一括採用と長期のOJTを前提としてきた日本の金融機関にとって、欧米以上に致命的な問いを含んでいる。
学位より「AIの実績」--UBSが書き換えた採用の物差し
各社報道によれば、UBSが新たに求めるのは、単にチャットボットを触ったことがあるという程度の経験ではない。「ビジネスの成果を改善するために、AIを責任を持って使い、実験できること」を示すよう求められる。英国であれば「2:1」(優等学位の上位区分。日本の「優」に相当する成績要件)以上の学位といった既存の条件と並べて、面接でAIに関する質問が投げかけられることになる。
対象となるのは、まずグローバル・バンキングおよびマーケッツ部門、つまり投資銀行業務と市場取引業務の新卒・インターンだ。同部門から始めた要件は、今後グループ全体に広げられる見通しだという。UBSは声明のなかで、この判断をこう説明している。「私たちは採用基準を継続的に見直し、必要とするスキルを反映するようにしている。AIが金融サービス業界を根本から作り変えるなか、AIのスキルと経験は将来のキャリアの成功に不可欠な要素となっており、したがって採用上の考慮事項として妥当である」。
もっとも、入社前に完成されたAI人材を求めているわけではない。UBSは新卒向けの「Graduate Talent Program」(18~24か月の育成プログラム)のなかに「AI Fluency Pathway(AIフルーエンシー・パスウェイ)」と呼ぶ課程を設けている。同社の説明では、これは「実際の業務での使用例、責任ある適用、そして健全な判断力」に焦点を当てたAIの基礎固めの課程だ。採用時に問われるのは「使えるか」と「学ぶ意欲があるか」であり、入社後にそれを業務水準に引き上げる構えである。ここで「責任ある適用」と「健全な判断力」という言葉が並んでいることは、後で見るように、この方針の核心に関わる。
同じ動きは欧州の他行にも見られる。スペインのSantanderは、法人・投資銀行部門の新卒プログラムで「上級のAIユーザー」を探していることを打ち出している。UBSの一件は、一行の思いつきではなく、欧州の投資銀行が採用の物差しを同時に書き換え始めた兆候と読むべきだろう。「AIを使えない新卒はいらない」という空気は、もはや一行の方針ではなく、業界の常識になりつつある。
「AIを疑えない人材」はもう要らない
この動きは、実は米国で先行していた。米金融専門メディアFinAi Newsが2026年6月4日に伝えたところによると、フィンテック企業Finastraが金融機関の幹部1,500人超を対象に行った調査では、98%が2025年に何らかの形でAIを使用していると答える一方、43%が「人材不足」をAI時代における最大の障壁に挙げた。AIを入れたはいいが、使いこなす人がいない。米銀の悩みは、すでに次の段階に進んでいたのである。
この人材不足を、米国の銀行は採用基準の変更で埋めようとしている。米地銀のU.S. Bankでチーフ・ラーニング・オフィサーを務めるショーン・ルイス=コステン氏はFinAIに対し、金融業界を目指す学生に必要なのは「技術的な知識だけでなく、生産性を高め、より効率的に働くためにAIを責任を持ってどう使えるかという実践的な理解」だと語った。求められるのは強い判断力とリスク意識であり、「規制業種におけるデータプライバシー、バイアス、ガバナンスを含む」ものだという。同行の面接では「AIツールをどう使い、その結果をどう検証したか」「人間の判断がより大きな役割を果たすべき場面をどう見極めるか」「公開AIツールに決して入力してはならないものは何か」といった質問が投げかけられる。デジタル銀行Hatch Bankのアマンダ・スウォーバーランド社長の言葉はより端的だ。「AIの専門家であることは期待していない。だが、それを使うことに前向きで、学ぶことに好奇心を持っている必要がある」。
注目すべきは、これらの銀行が求めているのが「AIを動かす技術」ではなく「AIの出力を疑う力」だという点だ。ルイス=コステン氏は、AIの出力が「事実の保証ではなく確率的なものだ」と理解している人材を求めているとも述べている。UBSが掲げる「責任ある適用」と「健全な判断力」も、同じ方向を向いている。欧米の銀行が新人に求め始めたAIリテラシーとは、突き詰めれば「AIを信じすぎない訓練を受けているか」ということだ。AIを妄信する新人は、銀行にとって戦力ではなくリスクなのである。
新人に残された仕事はない
それにしても、なぜ入社後の研修で済ませず、採用の入り口で問うのか。UBSの判断を理解するには、投資銀行の新人がこれまで何をしてきたかを思い出す必要がある。財務モデルの構築、企業比較表(コンプス)の作成、深夜に及ぶピッチブック(顧客向け提案資料)の修正。こうした作業は「下積み」と呼ばれ、若手アナリストが数年かけて業界の基礎を体に叩き込む場だった。そして現在、これらの作業の多くが生成AIの得意分野になっている。
UBS自身が、その変化を最も積極的に進めてきた一社だ。同社は2025年春、リサーチ部門のアナリストのAIアバター(本人の姿と声を再現した合成動画)を顧客向けに配信し始めた。Fortuneが昨年報じたところによると、UBSは年間約5万本のリサーチ文書を発行しているが、動画の制作本数はスタジオの能力の限界から年間約1,000本にとどまっていた。OpenAIの言語モデルがレポートを読んで台本を作り、Synthesiaの技術がアナリストの分身を動かす仕組みによって、この本数を年間5,000本まで増やすのが同社の狙いだ。720人のアナリストのうち、当時参加していたのは36人。UBSインベストメント・バンクでグローバル・リサーチ・テクノロジー責任者を務めるスコット・ソロモン氏は、その動機を「顧客側の要因と効率化の要因という2つの推進力がある」と語っている。アナリストの「顔」まで合成してしまう組織が、新人の作る比較表をわざわざ人手に残しておく理由など、どこにもない。
効率化の要因は、UBS一社の事情ではない。Morgan Stanleyのアナリストによるレポートは、欧州の主要35行が2030年までに約20万人、従業員212万人の約1割に相当する人員を削減する可能性があると試算した。同レポートによれば、多くの銀行がAIとデジタル化による効率化の効果を「30%程度」と見込んでいるという。削減の中心はバックオフィス、ミドルオフィス、リスク管理、コンプライアンスといった「セントラル・サービス」部門だと同リポートは指摘するが、投資銀行の新人が担ってきた定型作業が対象外だと考える理由はない。
米国では、さらに生々しい数字が出ている。JPMorgan Chaseのジェイミー・ダイモンCEOは2026年7月14日の決算説明会において、AIによって一部の部門では人員が30~40%減ったと明かした。同行では30万人超の従業員のうち約15万人が社内の大規模言語モデルを毎週使い、約1,000のAI活用事例が動いている。2026年のテクノロジー投資は約200億ドルに上る。ここまで来ると、「AIを使える新人」を採るのは先進的な取り組みというより、AIを前提に組み替えられた組織に新人を適合させるための、最低限の条件と言った方が近い。研修で後から教えるのではなく、最初からAIと働ける人間を選ぶ。UBSの判断は、組織の側がすでに変わってしまったことの帰結として読める。
スタンフォード「若手雇用19%減」
では、若手の採用そのものはどうなるのか。米国では、UBSとは異なる答えが先に出ていた。Goldman Sachsのデービッド・ソロモンCEOは2026年2月13日、CNBCの番組の中で、若手は「Goldman Sachsの極めて中核的な部分」だと強調しつつ、こう付け加えた。「数は変わるかもしれない。彼らが時間をどこに使うかも変わるだろう」。顧客に尽くしたい意欲ある人材は「常にプロフェッショナル・サービス業の一部であり続ける」という言葉は、若手を切らないという約束であると同時に、若手の「数」と「仕事の中身」は約束しないという宣言でもある。
この点についてStartup Fortuneは、Goldman SachsとJPMorgan Chaseが若手アナリストの採用枠を縮小する道を選んだのに対し、UBSは入り口でAIスキルを求める道を選んだと対比している。同記事によれば、UBSのEMEA(欧州・中東・アフリカ)グローバル・バンキング責任者ネストール・パス=ガリンド氏は、AIはアナリストが多くの時間を費やしている作業の一部を引き受け、彼らをより価値の高い仕事に振り向けるものであり、置き換えるものではないと語っている。もっとも米国でも一枚岩ではない。Bloombergによれば、Bank of Americaは2026年夏のインターン2,000人と新卒2,000人の受け入れを予定通り進めている。ただし同行も総人員は横ばいに保つ方針で、AIで効率を稼ぐ構図に変わりはない。
この「置き換えではない」という説明を、労働市場のデータはどこまで裏付けているのか。スタンフォード大学デジタル経済研究所のエリック・ブリニョルフソン教授らが2026年8月12日に更新した研究「Canaries in the Coal Mine(炭鉱のカナリア)」は、米国の給与データから不穏な傾向を示している。AIの影響を受けやすい職種に就く22~25歳の雇用は、影響の小さい職種の同年代と比べて約19%下回っている。この差は2025年7月時点の15%から広がり続けており、経験豊富な労働者には同様の差が見られない。研究者らは「調整は主に、離職の増加ではなく若年労働者の採用減少を通じて起きているようだ」と書いている。
つまり、AIは既存の社員を追い出すのではなく、次の世代を入り口で止める形で労働市場に効いている。UBSの新方針は、この現実に対する1つの答えだ。採用枠を閉じるのではなく、入り口の基準を変えることで若手を採り続ける。それは若手にとって朗報にも見える。だが話はそう単純ではない。業界の内側からは、もっと不気味な警告が上がっている。
【後編を読む】若手は育たず、ベテランは消えていく…AI導入を急ぐ銀行が直面する「深刻すぎる落とし穴」
