小さな大投手がマウンドを去る(石川雅規引退試合特設ページより)

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 球界最年長、46歳の左腕、ヤクルト・石川雅規が今季限りで現役を引退する。身長167センチと小柄ながら25年間の長きにわたって投げつづけ、通算11度の二桁勝利と188勝をマークした“小さな大投手”の記憶に残る名場面を振り返ってみよう。【久保田龍雄/ライター】

【球界最年長】今季限りで引退を表明した“小さな大投手”石川雅規投手がサインボールに綴ったあの言葉

一般入試で秋田商に

 中学時代に目立った実績のなかった石川は1995年春、一般入試で秋田商に入学した。中学の恩師は軟式野球を勧めたが、甲子園出場を目指して硬式野球部に入部。人一倍の努力の末、3年夏にエースとしてチームを17年ぶりの甲子園に導いた。

小さな大投手がマウンドを去る(石川雅規引退試合特設ページより)

 県大会決勝の前夜、合宿所のバルコニーでチームメイトたちとUFOが飛んでいるのを目撃し、「何かの吉兆(甲子園に行ける)だ」と確信したエピソードも知られる。

 その甲子園では、初戦で和田毅(元ソフトバンク)の浜田と対戦。1対3で敗色濃厚の最終回、敵失に乗じて同点に追いつき、なおも無死満塁のチャンスに自らサヨナラ押し出し四球を選んだ。

 だが、「あの瞬間の和田の苦しそうな表情を今でも覚えています。同じピッチャーとして後味が悪かったし、勝利を素直に喜べなかった」と優しい一面ものぞかせている。

 当時は全国的に注目される投手ではなかったが、青学大入学後、シンカーを覚え、2年春からエースと大きく花開いた。大学日本一になり、シドニー五輪にも出場するなど、通算23勝を記録し、自由獲得枠でヤクルトに入団。ここから四半世紀にわたるプロ野球人生が始まった。

できることは何でもした

 打球直撃禍を乗り越えて郷里・秋田で凱旋勝利を手にしたのが、2005年6月26日の横浜戦だ。

 0対1の5回1死二、三塁、石井琢朗のライナーが右睾丸部を直撃した。

 だが、石川は痛みをこらえて打球を体で処理すると、すぐさま三塁に送球し、併殺に切って取った。

 続投は不可能に思われたが、石川は「行きます」と直訴。7回まで追加点を許さず、0対1の7回裏、代打を送られて交代した。

 そんな気迫にナインが応える。この回、青木宣親の同点打、岩村明憲の2点タイムリー二塁打が飛び出し、3対1で逆転勝ち。

 アクシデントに打ち勝って見事郷里に錦を飾った石川は「気合が入っていたんで、痛みを感じずに投げられました。今日は僕のお母さんの誕生日なんですよ。母の日に何も贈っていないんで、いいプレゼントになりました」と笑顔で語った。

 開幕戦であわやノーヒットノーランの快投を演じたのが、2012年3月30日の巨人戦だ。

 5年連続7度目の開幕投手となった石川は、プレート幅をいっぱいに使い、打者によってはサイド気味に投げるなど、「できることは何でもした」と工夫を凝らし、9回1死まで無安打無失点に抑える。

 だが、坂本勇人の三遊間へのゴロが宮本慎也のグラブをかすめて外野に抜け、「あと2人」で記録は途切れた。

 次打者・ボウカーにも打たれ、完投こそ逃したものの、バーネットとの完封リレーで、球団新の4つ目の開幕戦白星を手にした。

「8回、(高橋)由伸さんにシュートを投げたときに左足が吊った。それだけ自分の技術以上のものを今日は無意識のうちに出していたんだと思う」と振り返った石川は、前年まで開幕戦で3連敗中とあって、「開幕戦で負けた悔しさは、開幕戦で晴らすしかない」の思いで投げつづけていた。

 同年は8月21日の巨人戦で、通算1000奪三振も達成した。

「行ってきます!」

 長い連敗のトンネルを脱出し、約10ヵ月ぶりの白星に感激したのが、2018年3月31日のDeNA戦だ。

 前年、石川は5月18日の巨人戦でシーズン4勝目を挙げたのを最後に勝てなくなり、球団ワーストタイの11連敗でシーズンを終えた。

 プロ16年目のベテランも「もう勝てないんじゃないか」と自信を喪失し、シーズン終盤には家を出るときも「気づいたらうつむいていた」という。

 だが、「家を出るときは元気良く行ったほうがいいよ」と夫人からアドバイスされて以来、元気な声で「行ってきます!」と言うよう心掛けた。

 翌18年の開幕2戦目、DeNA戦の試合前も「行ってきます!」と声を張り上げて家を出た。

 この日は右打者の内角を突き、シンカーを交えながら緩急をつけるベテランらしい投球がハマり、スタンドで見守る夫人と2人の息子の前で7回途中3失点の好投。5対3の勝利で自身の連敗を「11」で止め、「喉から手が出るほど欲しかった」白星を手にした。

 お立ち台で「一番のファンは家族。まだまだ頑張るぞって姿を見せたいと思っていた」と感謝の言葉を口にした38歳は、6月12日の西武戦で通算160勝目を記録した。

初志貫徹

 引退会見で「一番最後の188勝目の、あの1勝が(野球人生で)一番うれしかった」と語った試合は、2025年5月4日の阪神戦だ。

 同年、石川は4月9日の阪神戦で5回3失点と試合をつくり、NPB新記録となる新人から24年連続勝利の偉業を達成した。

 この日も21歳年下の新人左腕と互角に投げ合い、「伊原(陵人)投手もすごくいい投球をしていたので、僕も引っ張られた」と振り返る。6回まで森下翔太のソロによる1点に抑えた。

 そして、1対1の7回、自らの代打で登場した増田珠の2点タイムリー三塁打などで勝ち越し、5対2の勝利。我慢の投球が報われ、チームの連敗を「3」でストップした石川は「いろいろなことは考え過ぎず、自分の投球を心掛け、連敗が止まって良かった」と通算188勝目に感無量だった。

 筆者は冒頭で紹介した高校時代の思い出を本人から取材した際に、読者プレゼント用のサインボールに「好きな言葉を書き添えてください」とお願いした。その言葉「初志貫徹」は、常に挑戦者精神を持ちつづけ、ひたすら目標に向かって突き進んでいった石川の野球人生をそのまま物語っている。

 25年間、その言葉どおりに歩んできた石川。最後のマウンドでどんな姿を見せるのか。その一球一球を目に焼きつけたい。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘! 激突! 東都大学野球』(ビジネス社)

デイリー新潮編集部