「“ブログ発信”理由に昇給差別」国を訴えた元裁判官が主張も、被告は“人事評価書”出さず…「格差の合理性」立証のゆくえ【第7回口頭弁論】
元裁判官の竹内浩史氏(2025年3月31日に依願退官)が、国家公務員が勤務地(居住地ではない)に応じて受け取る「地域手当」の制度が憲法に違反することなどを理由として国を訴えた訴訟の第7回口頭弁論が、14日、名古屋地裁で開かれた。竹内元判事は本訴訟を2024年8月に提起した。
竹内氏は、弁護士として16年間活動した後、2003年に裁判官に任官。「近鉄・オリックス球団合併事件」の主任裁判官を務めるなど敏腕で知られ、2023年には、国の生活保護費減額の違法性が争われた「いのちのとりで裁判」で、減額を違法とする原告勝訴判決を行ったことでも注目された。
一方で、「日本裁判官ネットワーク」の中心メンバーとして活動し、ブログで積極的に情報発信するなど、異色の裁判官としても知られた。提訴後の2025年3月、津地方裁判所民事部の部総括判事を最後に依願退官し、現在は弁護士として活動している。
本訴訟の争点は大きく二つある。一つは、勤務地によって給与が変動する「地域手当」制度が、裁判官の報酬減額を禁じた憲法80条2項に違反するか否か。もう一つは、竹内氏が受けた「昇給・昇格差別」が違法な人事権の濫用にあたるか否かである。
今回の期日では、主に後者の昇給・昇格差別の点について、原告側が二つの準備書面を提出し、弁論を行った。重要な論点は2つ。一つは、日本の裁判所の構造的な問題として長年にわたり指摘され続けてきている「裁判官統制」についての指摘、もう一つは、賃金差別事件における確立した判例法理に基づき、国側の主張を批判するものだった。
竹内元判事が受けたと主張「昇給・昇格差別」とは本訴訟で原告側は、竹内氏が当局の指示に従わずブログでの発信を続けたため、昇給・昇格における「隠然とした差別」の対象になったと主張している。
裁判官の報酬額は「裁判官の報酬等に関する法律」により、「号俸」といわれる階級に連動して定められている。
「最高裁判所長官」「最高裁判事」「高等裁判所長官(東京)」「高等裁判所長官(東京以外)」のほか、「判事」は1~8号、「判事補」は1~12号に分かれている(【図表】参照)。
「号俸」と職位との対応関係は明らかにされていない。しかし、原告は、公表されている実際の役職ごとの人数と照らし合わせ、おおむね以下の通りであると主張している。
判事1号:高等裁判所の部総括判事、地方裁判所・家庭裁判所の所長 判事2号:地方裁判所の部総括判事またはその経験者竹内元判事の最終の号俸は「判事3号」、職位は「津地裁の民事部の部総括判事」だった。上の図表の対応関係によれば、おおむね「判事2号」に相当するはずである。しかし、竹内元判事は2014年4月に「判事3号」に昇給した後昇給しなかった。
そこで、昨年10月1日の第4回口頭弁論期日において、裁判所は、人事差別の有無を判断する上で重要な点として、被告国側に対し「10期程度分の裁判官に係る、判事3号、4号で、定年または定年に近い年齢で退官した裁判官の人数および割合について明らかにする」よう求めていた。
これは、竹内元判事と同等の号俸のままキャリアを終える裁判官が他にどれだけいるのか、客観的なデータにより示すよう求めたものである。
しかし、今回期日に至るまで、被告国側は明確な回答を行っていない。
期日後の報告集会で、弁護団の中谷雄二弁護士は、被告である国の訴訟対応について、以下のように厳しく批判した。
中谷弁護士:「雇用側が差別的待遇の合理性について立証責任を負うのは、民間企業の労働事件では常識的な話だ。ところが、国側は、国が負けるはずがないと思っているから、一切証拠を出さない」
原告側が提出した第13準備書面は、賃金差別事件における「立証責任」のあり方について、確立された判例法理を基に論じている。
一般に、賃金差別を理由とする損害賠償請求訴訟では、原告(労働者側)が立証責任を負う。しかし、人事評価や賃金に関する情報は使用者側が独占しており、労働者側が差別の詳細な原因まで立証することは極めて困難である。
そのため、判例では立証責任の転換が図られている。すなわち、労働者側が、比較対象となる労働者との間に「著しい格差が存在する」ことを客観的な資料で示した場合、その格差に「合理的な理由がある」ことの立証責任は、使用者側が負う、というものである。
使用者が合理的な理由を立証できなければ、その格差は違法な差別によるものと推定される(※)。
※最高裁平成30年(2018年)6月1日判決(ハマキョウレックス事件)など参照
この判例法理は、性別による賃金差別(労働基準法4条)や、思想・信条による差別(同法3条)を争った多くの民間企業の事件で確立されてきた。
中谷弁護士は、この法理は公務員にも適用されるべきであり、むしろ相手が国であるからこそ、より厳格に解釈されるべきだと主張する。なぜなら、民間企業の場合は営業の自由といった裁量が考慮されるのに対し、国と公務員の関係では、憲法14条の平等原則が直接適用されるからだ。
過去の公務員の差別事件、たとえば「全税関事件」などでも、同様の枠組みで審理が行われてきた。
本件において、竹内元判事は、司法修習同期の現職裁判官19名のうち、自身とごく一部の例外を除く全員が高裁長官や地裁所長といったポストに昇格していること、報酬(号俸)においても後輩裁判官265人程度に追い越されていることなどを具体的なデータで示し、「著しい格差」の存在を主張している。判例法理によれば、原告(被用者側)は、果たすべき主張立証責任を尽くしていることになるという。
これに対し、被告国側は、抽象的な制度論に終始し、竹内氏の評価が低かった具体的な理由や、格差の合理性について何ら説明責任を果たしていない。この姿勢こそが、判例法理に反するものだと原告側は批判している。
被告側に手持ちの証拠を出させる「文書提出命令」の申し立てもこうした国の姿勢に対し、原告側は、竹内氏に対する「裁判官人事評価書」の開示を求める「文書提出命令」を裁判所に申し立てた。
文書提出命令とは、訴訟の当事者が持つ文書の提出を裁判所が命じる手続きである。正当な理由なく提出を拒否した場合、裁判所は、申し立てた側がその文書によって証明しようとした事実を真実と認定することができる。
報告集会で、弁護団の新海聡弁護士は、この申立ての狙いを次のように語った。
新海弁護士:「これまで裁判所から資料を出すよう促されても、国は『はぐらかしたような答え』しかしてこなかった。
『何を言っとるんだ』と鉄槌を下したのが、今回の準備書面と文書提出命令の申立てだ」
国が人事評価書の開示を拒み続けるのであれば、それは差別の存在を裏付ける状況証拠となり得る。原告側は、国を法的に追い込み、裁判所に正面から判断を迫る構えだ。
長く続く「裁判官統制」を批判今回の期日で原告は、本件の背景に1969年以降の「裁判官統制」があるとの問題提起を行った。
「現在の日本の裁判所の雰囲気、体制、裁判官人事政策の基礎を形作ったのが石田和外(かずと)長官だ」
弁護団の森山文昭弁護士はこのように語った。原告側が提出した第12準備書面は、石田和外裁判官が最高裁長官に就任した1969年以降の司法の歴史をひもとき、現在の裁判官人事政策の源流を明らかにしている。
発端は「全逓(てい)東京中郵事件」最高裁判決(昭和41年(1966年)10月26日)だ。この判決は、公務員の労働基本権の制限を「必要最小限度」にとどめるべきとするものであり、当時、画期的な判決と話題になった。しかし、これを「偏向判決」とみなす動きが、政府・自民党や右翼雑誌から巻き起こる。
石田長官は、こうした流れの中で、裁判所内部の「秩序」を確立するため、青年法律家協会(青法協)に所属する裁判官への攻撃を主導した。準備書面によれば、高裁長官や地裁所長らが、青法協所属の裁判官に対し、脱会を迫るための説得、脅し、懐柔など、あらゆる手段を動員したとされる。
さらに、青法協会員やその同調者とみなされた司法修習生の「任官拒否」が相次いだ。1971年には、宮本康昭判事補が再任を拒否される事態に至る。
森山弁護士は、石田長官の狙いを「二つの『上』に逆らわない裁判官を作り上げようとした」ことにあると指摘した。一つは、最高裁や裁判長といった「裁判所の機構上の上」。もう一つは、時の政権という「権力」である。
こうした徹底した「青法協パージ」の結果、現職裁判官の間にも自主規制と忖度の空気が蔓延。1980年代には、最高裁が強権的な手段をとらずとも、裁判官が自発的に当局の意向に従う体制が作り上げられたという。
この流れに唯一、変化が見られたのが、町田顯(あきら)長官の時代(2002年11月~2006年10月)だった。町田長官は、上席や最高裁の評価を気にしてその意向を忖度する裁判官をさして「ヒラメ裁判官はいらない」と発言し話題になるなど、自由な雰囲気を醸成しようと試みたことで知られる。原告の竹内氏が弁護士から裁判官に任官したのはこの時期である(2003年)。
しかし、町田長官の退任後、裁判所は再び石田体制の空気に回帰していったという。その象徴的な出来事が、SNSでの発信を理由とした岡口基一裁判官への一連の処分と、最終的な弾劾裁判での罷免決定だったとしている。
森山弁護士は「この裁判は、日本の裁判所が抱えるものすごく大きな根本的な問題点を、国民の力でもって改善していく大きな運動になり得る」と語る。
このほか、原告側は、訴訟提起後に竹内元判事が退官したことなどを踏まえ、請求額を整理・拡張する申立書も提出した。
次回、第8回口頭弁論は、2027年1月18日に予定されている。

