〈沖縄知事選〉玉城デニー氏、敗戦後に「SNSの影響」を問題視も…自身が語った「裏取引」「裏事実」「陰謀」の中身
沖縄県知事選で14万票超の大差で敗れた玉城デニー氏は、落選会見で敗因にSNSの影響を挙げ、有権者の選択がゆがめられたと懸念を示した。だが選挙戦では玉城陣営自身も「裏取引」「琉球処分」「裏事実」など、証拠のない情報を公式アカウントや演説で発信していた。デマ批判の基準は、なぜ自陣営には向かないのか。SNSではなく、票と争点からこの選挙を読み直す。
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SNSに恨み節……だが玉城陣営の発信にも疑問
玉城デニー氏の落選会見を見ていて、最後まで引っかかったことがある。14万票を超える差で敗れた選挙の直後、玉城氏が強く口にしたのがSNSへの懸念だったからだ。
玉城氏は「敗因はいろいろあると思う」と述べたうえで、「選挙に名を借りたひどいありさまが野放しになっていた」「特にSNSの状況、現場での混乱などなど、国民や有権者の選択がゆがめられるようなことがあってはならない」と語った。
一方で、選挙結果については「これを受け止めることが民意」とも述べている。だから、玉城氏が「SNSのせいで負けた」とまで言ったことにして批判するのは正確ではない。
それでも、私はこの発言に強い違和感を持つ。理由は単純だ。SNS上の未確認情報を問題にするなら、玉城陣営自身の発信にも同じ基準を当てるべきだからである。
両陣営に向けられたデマ…「裏取引」「琉球処分」削除された公式X投稿
今回の選挙では、玉城氏を狙った悪質なデマが実際にあった。
投票日の2日前には、玉城氏になりすましたメールが出回った。そこには「沖縄県を琉球県へ改称する」「投票してくれた人にお礼の品を渡す」といった内容が書かれており、陣営は事実無根として法的措置を検討した。
また、生成AIを使った中傷動画も拡散した。こんなものは批判されて当然である。
古謝玄太氏側にも中傷はあった。「カルト」「傀儡」といった投稿が流れ、街頭演説中に上方から大量の水をかけられたとの訴えも出た。デマや中傷は、どちらの陣営に向けられても同じように批判されるべきだ。
だからこそ、9月1日の玉城氏公式Xの投稿が重い。
この日、公式アカウントは、自民党本部と立候補を取りやめた下地幹郎氏の間に「裏取引」があったとする内容を投稿した。さらに候補者調整を「令和の琉球処分」とまで呼んだ。
琉球処分とは、明治政府が琉球藩を廃止して沖縄県を置いた歴史上の出来事である。候補者調整を、中央政府が沖縄の自治を踏みにじった歴史になぞらえたわけだ。
問われるのは「証拠を示せ」の一点
自民党本部と下地氏が政策協定を結び、下地氏が出馬を取りやめたのは事実である。だが「裏取引」について少なくとも公に確認できる根拠は示されていない。自民党側も下地氏側も否定し、投稿はその日のうちに削除された。
翌2日、玉城氏は「不確かな情報に対しては積極的にそれを拡散しようという意図はまったくありません」と説明し、「手違いということで申し訳ありませんでした」と謝罪した。陣営は、投稿はスタッフによるもので、元になったのは選対本部長の演説だったと説明している。
誰が投稿ボタンを押したかは本質ではない。候補者本人の公式アカウントから出た以上、それは陣営の情報発信である。相手陣営について「裏取引」とまで書くなら、それに見合う証拠が必要だ。
証拠を示さないまま「裏取引」「琉球処分」と結びつけ、後から「不確かな情報だった」と認めた。この経緯は、玉城氏が敗戦後に語ったSNSへの警戒とは両立しえない。
これをもって「玉城デニーは陰謀論者だ」と言い切る必要はない。政府を批判すること自体は陰謀論ではない。沖縄の基地負担を問題にすることも、政府の情報公開を疑うことも政治家の仕事である。
焦点はもっと狭い。秘密の「裏取引」があったと主張するなら、根拠を示せ、というだけの話だ。相手側のデマには厳しく、自陣営の未確認情報は「手違い」で済ませる。これでは基準が二つある。
演説で語られた「裏事実」は本当なのか
しかも、「裏取引」だけではない。告示日の8月27日、玉城氏本人は那覇市内の演説で、沖縄に「さらなる新たな『戦前』が持ち込まれようとしている」と訴えた。
さらに普天間飛行場の返還条件にある「長い滑走路」をめぐり、那覇空港が米軍に使われるのではないかと話を進め、「政府はそれを県民に約束できないから、アメリカと先に約束してしまったという、実は裏事実がある」とまで語った。
ひどいもんだ。米側が普天間返還の条件として、緊急時に長い滑走路を使える仕組みを求めていること自体は公文書で確認されている。ただし、「政府が県民に約束できないから、アメリカと先に約束した」という玉城氏の説明について、その因果関係を裏付ける具体的な根拠は、この演説では示されていない。
ちなみに防衛相は2月の公式会見で、具体的にどの滑走路を使うか「決まったことがあるわけではありません」と明言している。
最終盤に出た「陰謀」との言葉
「裏事実がある」と先に結論を置けば、政府が水面下で沖縄を差し出したという物語になる。
投票前日には、玉城氏自身がついに「陰謀」という言葉まで使った。9月12日のラストスパート集会で、「相手候補を応援する側が私に何万、何十万と誹謗中傷をたたみかけるように浴びせかけてきた」と訴え、「玉城デニーを勝たせることで、陰謀に負けない、本当の私たちの沖縄のリーダーを私たちが選ぶんだ」と呼びかけたのである。
誹謗中傷が大量にあったこと自体は否定しない。問題は、その先だ。「陰謀」と呼ぶなら、誰と誰が、どんな形で示し合わせていたのか。その証拠が必要になる。
少なくともこの演説で、玉城氏は具体的な共謀の証拠を示していない。選挙戦の最終盤に、相手側からの中傷をひとまとめにして「陰謀」と呼んだ。敗戦後にSNSで有権者の選択がゆがめられると語った流れは、選挙期間中からすでに出来上がっていたのである。
そして今回の知事選を考えるうえで、もう一つ外してはいけないのが選挙結果そのものだ。
古謝氏は423,124票、玉城氏は276,060票。差は147,064票だった。接戦ではない。
共同通信の出口調査では、投票先を決める際に最も重視した問題として「経済の活性化」を挙げた人が49.5%、「基地問題」は20.9%だった。経済を重視した人の78.7%が古謝氏に投票し、基地問題を重視した人の72.9%は玉城氏を選んだ。
争点は基地だけではなく、経済が最多に
今回の選挙で、有権者の関心は基地問題だけに集中していなかった。物価、賃金、雇用、観光、子育て。日々の暮らしに直結する経済が、投票判断の中心に移った。前回の知事選で玉城氏に投票したと答えた人の30.8%も、今回は古謝氏に投票した。10代から30代では古謝氏が7割を超えた。
同じ出口調査では、無党派層では玉城氏が古謝氏を上回っている。つまり、単純な「県民総出で古謝支持」という話でもない。組織票、年代、争点ごとに投票行動は分かれている。それでも、14万票を超える差がつき、経済重視層の大半が古謝氏に流れたという事実は消えない。
SNS上のデマや誹謗中傷が選挙にどこまで影響したのかは、現時点では分からない。少なくとも14万票を超える差との因果関係を語るのであれば、その影響を示す客観的な検証が必要だろう。
同じ基準を自らにも向けられるか
なぜ経済を重視する県民に玉城県政が選ばれなかったのか。なぜ若い世代が大きく古謝氏へ動いたのか。なぜ前回、玉城氏を支持した層の3割が離れたのか。そこを掘らなければ、次の選挙でも同じことが起きる。
私は、玉城氏がデマを批判すること自体には何の異論もない。偽メールも、なりすましも、AIによる中傷も、選挙から排除すべきである。必要なら法で対処すればいい。
だが、その原則は自分たちにも向けなければならない。「裏取引」と書くなら証拠を出す。証拠がないなら書かない。それだけである。
選挙は、勝った側の宣伝戦だけで決まるものではない。負けた側の政策評価、候補者評価、争点設定、政権運営への不満が積み重なって票差になる。SNSだけを切り出せば、この当たり前の政治過程が見えなくなる。
この数字を前にして、敗因を考える際にSNSの影響だけを大きく切り取るのは順番が違う。選挙を事実で読むなら、まず票と争点を見る。その順番を崩してはいけない。沖縄の有権者は、今回は古謝玄太氏を選んだ。そこから話を始めるべきである。
文/小倉健一
