『タイム・アフター・タイム』/吉田修一・著

写真拡大

【書評】『タイム・アフター・タイム』/吉田修一・著/幻冬舎/2420円

【評者】松尾 潔(音楽プロデューサー・作家)

 青春真っただ中の高校3年からの1年間と、大人になったふたりが再会してからの1年間。本書は約20年を隔てた時間を、季節を揃えて交互に描いていく。

 吉田修一とぼくは同じ年に九州で生まれ、ともに進学で上京した。吉田作品を原作とする映画の主題歌をプロデュースし、雑誌で対談したこともある。そんな著者と自分との「最大公約数」を感じるのは『横道世之介』シリーズだが、本作の主人公、尾崎颯ことオッソーと久遠愛は、著者と同じ長崎出身ながら、ぼくたちより20歳ほど若い。

 高校時代、迸る激情とひたむきさでふたりだけの世界を守ろうとしたオッソーと久遠。「お互いさえいればいい」と願った世界は、やがてふたりを静かに窒息させる。そして別々の人生を歩み、大切なものを得たり失ったりした末に再会する。

 この小説には悪役はいても、悪人がいない。ふたりを見守る大人たちもいい。チャンプ、久遠の兄、赤松峰子。そして野上のピュアさには泣かされた。脇を走る物語が主旋律に豊かな響きを加える。水難という劇的な出来事が反復して描かれても作為を感じないのは、タイトルが象徴する通り、人生そのものが「くり返し」をくり返す入れ子状の構造であることを、大人は実感として知っているからか。

 読んでいる間、ずっと夏の気配があった。海と空、若さゆえの無謀、自由への希求。20年を経たふたりの距離には、若い頃とは違う慈しみがある。

 大きなサプライズはない。むしろ予定調和に満ちている。それでも読み終えるのが惜しい。「加齢も悪くないものだ」という人生讃歌は珍しくないが、ありふれたメロディーも自分が歌えば傑作になる--そんな名シンガーのごとき余裕と自信が、この小説には漲っている。

 同時代を生きる吉田修一の新作をリアルタイムで読める。その僥倖を改めて噛み締めた。

※週刊ポスト2026年9月25日・10月2日号