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事件は今年1月に起きた。

大阪府東大阪市の歯科医院に刃物などを持った男性が侵入し、従業員に灯油をかけるなどして、警察官が現場に突入するまで約2時間にわたって立てこもった。

現場は住宅街にあり、商店街からも近い。一時、周辺住民が避難する事態にもなった。

大阪地裁は9月8日、建造物侵入や暴行、銃刀法違反の罪に問われた40代男性に対し、拘禁刑2年、執行猶予3年(求刑:拘禁刑2年6カ月)の有罪判決を言い渡した。

「一歩間違えれば、凄惨な火事になるおそれがあった」。裁判官がそう指摘した今回の事件。被告人はなぜ、これほど危険な行為に及んだのか。

裁判では、妹との関係に悩み、病気を抱えながら孤立を深めていった被告人の姿が浮かび上がった。(裁判ライター・普通)

●刃物を持って灯油をまき散らす犯行

被告人は坊主頭で、左目には眼帯をしていた。刑務官に車いすを押されながら法廷に入った。

起訴状によると、被告人は現場となった歯科医院の正面入口から侵入。院内にいた実の妹に灯油をかけ、ライターを投げた。またその際、刃体8.8センチの折り畳み式ナイフ1本と、刃体6.4センチの手斧1丁を所持していたとされる。

被告人は細部について「記憶があいまい」としながらも、大筋で起訴内容を認めた。

●「死ねと言われている気になった」

検察官の冒頭陳述などから、事件に至るまでの経緯が明らかになった。

被告人は高校を中退後、職を転々としながら働いていた。

その後、職場でパワハラを受けて退職し、生活保護を受給するようになった。事件後の精神鑑定では、事件当時、気分変調症と軽度の抑うつ状態にあったとされた。ただし、犯行への影響は限定的と判断されたという。

生活保護を受給し始めたころ、それまで疎遠だった妹と再会し、生活面で支援を受けるようになった。

しかし、事件の約2年前、関係が悪化する出来事があった。

妹が「夫に風邪をうつされた」などと軽口をたたいたところ、被告人は、妹の病気に無関心な夫だとして激高。妹に離婚するよう強く求め、脅すような連絡も続けたため、妹は再び被告人と距離を置くようになった。

孤立を深めた被告人は、妹と連絡が取れない状況について「死ねと言われている気になった」と受け止め、妹の前で自殺しようと考えたという。

●妹に「何か言うことはないか?」

事件当日、被告人は突然、妹夫婦が営む歯科医院を訪れた。

目の前にいた妹に「何か言うことはないか?」と問いかけたが、妹は「ない」と答えた。

すると被告人は、液体の入ったボトルを見せた。妹は臭いからガソリンだと思ったが、実際に入っていたのは灯油だった。

妹は一部の液体を浴びながら夫のもとへ逃げ、通報を依頼した。

妹が鍵のかかる部屋に逃げ込んだため、被告人はそれ以上追うことができなくなった。

警察官が駆けつけた際、院内には灯油がまかれ、被告人は自ら首などを切って血を流していた。その後、緊急手術を受けたという。

●失明への不安から「自暴自棄になっていた」

被告人質問では、当時の心境がさらに掘り下げられた。

事件当時、被告人は腎機能が低下し、週3回の透析を必要としていた。さらに緑内障も患い、いつ失明するかわからないという不安から、自暴自棄になっていたという。

灯油は自宅近くで2リットル購入した。それを小さなボトルに移し替え、元の容器とともに医院へ持ち込んだ。

「妹と話をしたかった」「誤解を解きたかった」

被告人はそう供述した。話ができなければ、焼身自殺するつもりだったという。ただ、妹と具体的に何を話したかったのかは、法廷でもはっきりしなかった。

妹に灯油を見せたのも、「本気で話したい」という意思を示すためだったという。

しかし、妹は火をつけられると思い、背を向けて逃げた。

●なぜ床に灯油がまかれていたのか

被告人も後を追ったが、片目が見えにくく距離感をつかめなかったうえ、妹と疎遠になってから約2年間、引きこもるような生活を送っていたため、体がついていかず転倒。その際、自分でかぶるつもりだったという灯油を床にこぼしたと説明した。

被告人は灯油のほか、ナイフ、手斧、スタンガン、特殊警棒なども持ち込んでいた。スタンガンについては、筋力が落ちていたため、もみ合いになった場合に備えて持っていたという。

妹が鍵のかかる部屋に逃げ込み、どうにもならないと思っていたところ、パトカーのサイレンが聞こえた。そこで被告人はナイフで自分の首や腕を切った。

出血と疲労のため、警察官に制圧された瞬間の記憶はないという。

●妹に抱いていたのは「怒り」ではなく「失望」

検察官は、妹への感情について被告人に問いただした。

検察官:妹さんからは連絡を拒否されていた状態なのに、なぜ出向いたのでしょう。
被告人:これまでの人生で、言い分を聞かれず、一方的に悪者にされてきました。妹にも同じことをされてしまい、話をしたい思いで。

検察官:妹に対して抱いていたのは、怒りでしょうか、失望なのでしょうか。
被告人:失望です。

検察官:武器を持たないとダメだったのですか。
被告人:本気度を示すために必要かと。

被告人は、妹を傷つけるつもりはなかったと説明した。

一方、妹は「火をつけられて殺されるかもしれない」という恐怖を感じたと訴えている。

医院を営んでいることから簡単に転居することもできず、被告人が今後は接触しないと述べても、これからの生活に不安を感じているという。

事件では周辺住民も一時避難した。しかし被告人は、火をつけることで周囲に危険を及ぼす可能性について、当時は考えが及んでいなかったという。

被告人は法廷で反省の言葉を口にした。

ただ、一連の供述からは、自らの行為が妹や周囲に与えた恐怖や危険を、どこまで受け止められているのかという懸念も残った。

●執行猶予判決、それでも残る不安

裁判所は、灯油をまいた行為について「一歩間違えれば凄惨な火事になるおそれがあった」とし、同種の犯行の中でも相当に悪質だと評価した。

妹から連絡を拒絶されたことによる絶望感は「理解できなくもない」としながらも、それまでの経緯を踏まえれば、妹が連絡を拒絶したことを責める理由はなく、犯行を正当化することは到底できないとも指摘した。

一方で、被告人の健康状態なども考慮し、執行猶予付きの判決とした。

言い渡しの最後、裁判官は被告人に「妹への謝罪と反省の気持ちを忘れないように」と語りかけた。

被告人はうなずいた。

ただ、被告人は透析を必要とするなど健康上の問題を抱えている。

妹とは離れて暮らしているというが、執行猶予期間中、どのように生活を立て直していくのか。少なくとも今回の裁判では、その具体的な姿までは見えてこなかった。