男が背負っているパンパンに膨らんだバックパックが、周囲の乗客を容赦なく圧迫。男には、乗客たちの無言のブーイングと、鋭い視線が突き刺さります。

「乗車してくる客の中には、わざと肘でその若い男を押しのけたり、ぶつけたりする人も。とにかく、一触即発な状況だったのには変わりありませんでしたね。私の座席からははっきり見えなかったのですが、足元を蹴ったりする様子も見えました」

「ドン、ドン、ドン」

 酔っているように見える若い男性ですが、時々電車のフロアに自分の足を叩きつけて威嚇するような反抗に驚く乗客も少なくはなく、いつしか若い男性の周囲には少し余白ができるような有様だったといいます。

◆突然の衝撃的な展開に声を失う乗客たち

 何となく悪い予感がした細部さんは、今目の前で起こっているトラブルをどうしても看過できなかったそうです。

「すでに車内はかなりの乗車率で、ギスギスした空気が張り詰めていました。そこで私は、次の駅に到着するまでに、あの扉付近の若い男性に声をかけ、自分が座っているこの席を譲って座らせようと考えたんです」

 細部さんは、まもなく駅に到着するという絶妙なタイミングを見計らい、意を決して男に向かって声をかけました。

「ちょっと! お兄さん!ねえ!」

 しかし、運悪くそこは地下の走行区間でした。「ゴー……」という凄まじい轟音が車内に響き渡り、声は届きません。そうこうしているうちに、次の駅に到着してしまった電車。

「プシュー」という音とともに扉が開いたとたん、体を扉に委ねていた男性はスローモーションのようにホームへダイブしました。

「バタン!」

 次の瞬間、その男性はうつ伏せに倒れ、ピクリとも動かなくなってしまったそうです。

◆自業自得の結末。静まり返るホームと、乗客たちの「ニンマリ顔」

 一瞬、周囲の乗客は驚いたようでしたが、誰一人として手を差し伸べようとはしなかったといいます。

 幸いにして、駅の係員がすぐ集まり、その男性を抱えてベンチに移動させ、そのうちの一人が車掌に合図を送り電車は何事もなかったように発車したそうです。

 ただ、その惨事を目の当たりにした乗客たちは皆見て見ぬふりをし、むしろ『ニンマリ顔』だったそうです。

「ちょっと複雑な気持ちでした。たしかに、あれだけの迷惑行為だったので周囲の乗客は内心『ほれみたことか』と思ったのでしょう。しかたがないことだと思いつつも、なんだか寂しい気持ちにもなりました」