〈習近平が声を荒らげた!〉高市首相に異例の苛立ち…水産物、レアアース、尖閣、観光に続く“新たなカード”「出国規制」の狙い
2025年11月、高市早苗首相が「台湾有事」に言及して以降、中国は水産物、レアアース、尖閣諸島、観光と、次々に日本への圧力を強めてきた。そして9月15日、新たな出入国管理規定が施行され、重要技術に関わる中国人技術者らが出国を禁じられる可能性もある。 一方、5月の米中首脳会談では、習近平国家主席が高市首相の進める日本の「再軍備」をめぐって、異例にも声を荒らげたとされる。高市発言から10カ月、中国が切り続ける“対日圧力カード”の裏に、経済減速と軍内部の混乱に直面する習氏の焦りはあるのか――。
高市発言後の日中対立が続くなか、新たな出国規制
9月15日、中国で新たな出入国管理規定が発効する。
人工知能(AI)や半導体、レアアース(希土類)関連の先端企業、輸出規制の対象となる産業に携わる技術者が国外へ流出するのを防ぐ意図があるとみられ、「輸出管理規則に違反した者」や「国家の産業・技術安全を危険にさらす恐れがある者」は、出国を禁じられる可能性がある。
さらに、日本は渡航に警戒を要する「高リスク国」の一つとして名指しされているとの情報もある。米国や日本、豪州がレアアースの精製能力を自国内に整備しようとするなか、中国出身の熟練技術者を引き抜かれまいとする措置とみられている。
表面的には経済安全保障上の技術的施策だが、その背景には長い経緯がある。
2025年11月、高市早苗首相が国会で台湾有事に言及して以降、中国は水産物、レアアース、観光、尖閣諸島という四つの分野で対日圧力を段階的に強めてきた。今回の出国規制も、その流れの新たな施策と位置づけられる。
この10カ月を振り返ると、「中国が」「北京が」という主語だけでは捉えきれない別の構図が浮かび上がってくる。経済の減速と軍内部の粛清に直面する習近平国家主席は、なぜ日本への強硬姿勢を必要としているのか。
感情を表に出さない習近平が珍しく…
2026年5月、トランプ米大統領が北京を訪問し、習氏と会談した。英紙フィナンシャル・タイムズの報道によれば、習氏はこの席で、高市首相が進める日本の「再軍備」を厳しく非難したという。
同席した関係者の証言では、その口調は強く、感情がにじんでいたという。
発言の詳細は明らかにされていないが、公式の場で表情や感情の起伏をほとんど見せない習氏としては、きわめて異例の振る舞いだった。
米中首脳会談という場でありながら、習氏が日本の軍事政策をわざわざ持ち出したこと自体に意味がある。台湾有事を念頭に防衛力を強化する日本を、米国の対中包囲網の一翼とみなして警戒している----そのメッセージを、トランプ氏に直接伝えた形だからだ。
感情を表に出さない「一強」指導者の内側が、一瞬だけのぞいた場面だった。
すべての始まりは、2025年11月7日の衆院予算委員会での高市首相の答弁にある。台湾に対する海上封鎖について、首相は「戦艦を使い、武力行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得る」と述べた。
南京事件の追悼式典を欠席した習氏
存立危機事態と認定されれば、日本が直接攻撃を受けていなくても、集団的自衛権に基づいて自衛隊が武力を行使する道が開かれる。
歴代政権は台湾有事と存立危機事態の関係について明言を避けてきた。それだけに、この発言は中国側から見れば、日本が台湾有事への軍事的関与を公然と認めたも同然だった。
しかも、この言葉は官僚が用意した想定問答にはなく、高市氏自身の口から出たものだった。
中国側の反応は迅速で、生々しかった。答弁から数日後、大阪駐在の中国総領事・薛剣氏がSNSに、高市氏を指して「その汚らわしい首を、ためらわず斬り落とす」との趣旨の投稿を行った。
これに対して日本政府は強く抗議した。一国の総領事が日本の首相に対してこれほど極端な表現を用いるのは異例であり、高市発言に対する中国側の反発が外交上の儀礼を超えるほど激しかったことを物語っている。
その約1カ月後、中国江蘇省南京市で南京事件の犠牲者を悼む国家追悼式典が開かれた。しかし、習氏は出席せず、代理が列席した。高市首相への直接的な言及もなく、式典は全体として抑制された内容だった。
もっとも、習氏が国家主席として毎年この式典に出席してきたわけではなく、欠席だけで特別な政治的メッセージと断定することはできない。それでも、中国側が歴史問題を大規模に動員し、高市氏を名指しで攻撃する道を選ばなかった点は注目に値する。
強く非難すれば国内世論をあおることはできるが、日中関係を修復する余地は狭まる。中国指導部はこの時点で、歴史問題を全面に押し出すよりも、経済や人的交流を通じて段階的に圧力をかける方が得策だと判断していた可能性がある。
下落が止まらない住宅価格と「汚職疑惑」
その背景として無視できないのが、習氏を取り巻く国内情勢だ。
2026年4~6月期の中国の実質GDP成長率は前年同期比4.3%にとどまり、市場予想を下回った。3年超ぶりの低い伸びである。
若者の雇用不安や消費の停滞も続き、不動産不況から抜け出す兆しは見えない。ブルームバーグの特集によれば、不動産大手・中国恒大集団の関係者に実刑判決が出た後も、住宅価格の下落は止まっていない。
不動産は地方政府の財政や家計資産と深く結びついており、その低迷は単なる一業界の不振にとどまらない。
さらに深刻なのが軍内部の混乱だ。習氏と数十年にわたる親密な関係にあり、「義兄弟」と称されたこともある中央軍事委員会副主席の張又侠氏までが、汚職疑惑の調査対象となった。
2022年の中国共産党大会時点で中央軍事委員会にいた軍服組の委員6人は、2026年にはわずか1人になったという。
なぜ日本への強硬姿勢が必要なのか
粛清は8月末にも続いた。人民解放軍出身の全国人民代表大会常務委員らが解任されたのだ。軍の腐敗を除き、習氏への忠誠を確保する狙いがある一方、相次ぐ幹部の失脚は、指揮系統や実戦能力に問題があることの裏返しとも受け取られている。
また、台湾政策だけでなく、習氏の後継体制を巡る不透明感も強めている。
こうした国内事情と対日強硬姿勢の間に直接的な因果関係が確認されているわけではない。だが、経済成長という従来の統治の正当性が揺らぐなかで、領土や主権、歴史問題を巡って「外部に譲歩しない指導者」という姿を示す政治的必要性は高まっている。
台湾と日本への強硬姿勢には、安全保障上の判断に加え、国内向けに指導者の強さと国家の結束を演出する側面があるとみることができる。
この10カ月、中国が切ってきた第一のカードは、日本産水産物だった。
2025年11月、日本産水産物の中国向け輸出は再び事実上停滞した。日本政府は、中国政府から正式に『輸入停止』との連絡を受けた事実はないとしていたが、再開後の水産物が通関しない状態が続いた。
水産物は、中国にとって比較的使いやすい圧力手段である。食品安全上の措置だと説明でき、日本の漁業者や地方経済に直接的な打撃を与えられるからだ。
ただ、日本側では中国以外への販路開拓や国内消費の拡大が進んだ。打撃は小さくないものの、輸入停止によって高市政権の台湾政策を変更させるまでには至っていない。
水産物の次はレアアース、そして尖閣
第二は、レアアースを中心とする重要鉱物だ。中国から日本へのレアアース輸出は2026年に入ってから減少が続いた。日本企業は調達先の分散を進めてきたが、精製工程を含めれば中国への依存はなお大きい。
輸出量の減少は、電気自動車や電子部品、再生可能エネルギー、防衛装備など幅広い産業の供給網を揺さぶる。圧力は企業だけでなく個人にも及んだ。
2026年5月、富士電機グループの日本人社員2人が中国・大連で相次いで拘束され、6月に正式逮捕された。
逮捕の詳細や対日政策との直接的な関連は明らかではないが、中国側の輸出管理制度の運用を巡って不透明感を指摘する声があるなか、日本企業の社員が拘束されたことで、中国で事業を続ける企業に新たなリスクを突き付けた。企業は製品だけでなく、技術者を出張させること自体にも慎重にならざるを得ない。
第三は、沖縄県・尖閣諸島周辺での海洋圧力である。
米外交専門誌によると、中国海警局の船が尖閣諸島周辺の接続水域で確認された日数は、2025年に過去最多を記録した。連続確認が335日に達したとの分析もある。
中国公船が日常的に航行する状況をつくり、尖閣諸島が中国の管轄下にあるかのような外観を積み重ねる「サラミ戦術」とされる。軍事衝突には至らない水準で圧力をかけ続けるため、日本側は海上保安庁による警戒を常態化させざるを得ない。
ただし、中国側も偶発的な衝突や米国の介入を招く事態は避けている。圧力を強めながらも、衝突を回避するよう行動を抑制しているとの見方もある。
第四のカードは「人の往来」…実は日系会社を後押し
第四は、観光と航空便である。中国政府が日本への渡航自粛を呼びかけたことを受け、中国系航空会社は日本路線を大幅に減便した。減便率は最大で4割規模に達した。
訪日客の減少は、百貨店やホテル、飲食店、地方観光地などに影響する。中国人旅行者への依存度が高い地域ほど打撃は大きく、対日圧力を日本国内で目に見える形にする効果がある。
一方、航空分析機関は、中国系航空会社の減便によって需給が引き締まり、日系航空会社の搭乗率や収益を押し上げるという皮肉な結果も生じたと分析している。圧力をかけた側にも逸失利益が生じ、措置が必ずしも狙い通りの効果を上げないことを示す例である。
そして9月15日、もう一つ「顔の見えない」措置が加わる。
「誰が次の対象になるか分からない」という不安
水産物、レアアース、尖閣諸島、人の往来。中国が使った四枚のカードには共通点がある。中国政府は「対日制裁」と明示したわけではない。
食品安全、輸出管理、法執行、領海警備、旅行者の安全確保といった別の名目が与えられている。個々の措置と高市発言との因果関係を否定できる余地を残しながら、日本側に経済的・心理的な負担を与える仕組みだ。
9月15日に施行される新たな出入国管理規定も、その延長線上にある。対象者をあらかじめ明示せず、出国禁止の理由を本人に詳しく告げることも義務づけない。
中国の技術や人材を囲い込む経済安全保障政策であると同時に、中国で働く技術者や外国企業に「誰が次の対象になるか分からない」という不安を広げる。
その統治手法は、習氏自身の政治スタイルとも重なる。表舞台では常に落ち着き払った指導者として振る舞い、感情も、後継者も、軍内部で続く粛清の全容も公にしない。
政策の意図を詳しく説明するより、境界を曖昧にしたまま、人々が自ら行動を慎む状況をつくり出す。
5月の米中首脳会談で見せたと報じられた強い反応は、習氏自身が日本の防衛力強化への警戒を強めていることをうかがわせる。
高市発言から10カ月。中国が積み上げた措置は、日本企業や漁業者、観光業者、中国に駐在する日本人の生活に、現実の負担と不安をもたらしている。
一方、それによって日本政府が台湾政策や防衛力強化の方針を転換した形跡はない。中国側にも輸出減少や観光収入の喪失といった代償が生じている。圧力は、必ずしも相手を屈服させてはいない。それでも習氏は次の一手を打ち続ける。
そこにあるのは、冷静に計算された長期戦略なのか。それとも、経済の減速と軍内部の混乱に直面する指導者が、国内外に強さを示さなければならないという焦りなのか。答えが見えないこと自体が、今の中国と向き合う日本にとって最大のリスクなのかもしれない。
文/東銀座コンフィデンシャル 写真/shutterstock
