《2週間の車中泊生活のすべて》スーパーボランティア尾畠春夫さん(86)が熊本ボランティア活動「衣類はもうほとんど持たない。替えなんていらん」
「ボランティアしよるのは、86歳のわしが最高齢やった。恥ずかしかったなあ」──そう頭をかくのは、"スーパーボランティア"の尾畠春夫さん(86)だ。
【写真を見る】持参したというパックごはんと缶詰を食べる尾畠さん。 爆発直後のイオンモール熊本のの様子など
2026年7月28日に発生し、最大震度7を観測した「令和8年熊本地震」。『NEWSポストセブン』は7月末、尾畠さんが被災地入りの意向を固めたことを報じていた。あれから約1か月。大分県内の自宅を訪ねると、尾畠さんは熊本県益城町での約2週間にわたる活動を終え、帰宅していた。
「今回は益城に行っとった。10年前も熊本で地震があってな、あの時は約3か月向こうでボランティアさせてもらったんですよ」
10年前──2016年の熊本地震で3か月間を過ごしたその町へ、86歳が再び愛車を走らせた。【前後編の前編】
「パンツは半年穿いても大丈夫」
尾畠さんが貫くのは"完全自己完結"のスタイルだ。今回、車に積み込んだものを1つずつあげてもらった。
「メインは水ですね。20リットルのやつが1本と10リットルが1本。合計30リットルをポリタンクで。あとは登山用のガスコンロと、味噌とか醤油とか砂糖とか。パック飯を15食分ぐらい持って行った。あと懐中電灯とかちょっとした小道具、ペンチとかね、トラロープとかね。いちばんかさばったのは水30リットルやね」
逆に、持たないものもはっきりしている。
「衣類はもうほとんど持たない。着のみ着のままでいいから。替えなんていらん。洗濯しないしな。ホテルとか旅館に泊まるわけでもないし。新婚旅行でもねえんだから。パンツなんかもう半年でも1年穿いても大丈夫。本当だよ」
「大分県から来ました」
自宅を出発したのは午後3時。ガソリンを満タンにして、約4時間の道のりだ。
「着いたのが夜の7時ちょっと前やったかな。まだ明るかったからね」
まず向かったのは町役場。そこから人に尋ねながら、社会福祉協議会(社協)にたどり着いた。
「私は大分県から来ました尾畠春夫と申しますって言ったら、『あーあんたのことはよう知ってるわ』と言われてな。明日からボランティアさせてもらいたいけど、どこに車を停めさせてもらったらいいですかねって聞いたら、スポーツセンターに行ったらパーキングがあるって、お姉さんが先導して連れてってくれたんですよ」
その日から、尾畠さんの車中泊生活が始まった。夕食は持参したパック飯に、おかずは梅干し。
「まあね、ボランティアだからな。焼肉とか、ふぐの刺身とかは食えんわな」
パック飯は、出発前に自宅で電子レンジですべて加熱したのだという。秋刀魚やサバの味噌煮、スパムなどの缶詰も持ち込んだ。
ヘルメットに名札を貼り現場へ
翌朝8時半か9時ごろ、災害ボランティアセンターの旗が2本立つ社協へ向かう。
「シールに名前と性別なんかを書いて、袖に貼るんよ。すぐ外れるから、私はヘルメットに貼らせてもらった」
シールはセンターで登録した正規のボランティアであることの証明になる。被災地での活動現場は個人宅が中心だったという。木造の平屋、2階建て住宅、そして町営住宅。約2週間で回った家は20軒ほどにのぼる。
「ボランティアしているのも、せいぜい70歳ぐらいまで。80代の人なんかほとんどいない。86歳のわしが最高齢やった。恥ずかしかったなあ」
そんな、86歳のベテランボランティアが、被災地で最も心を揺さぶられた瞬間があった。車椅子に座ったまま作業を見つめ続けた、ある女性の一言だった──。
(後編につづく)
