マンションから飛び降りた男性が「歩行者」巻き込み死亡させる…なぜ「殺人罪」にならない?遺族が抱く疑問
名古屋市のマンションから20代男性が飛び降り、歩道を歩いていた20代女性が死亡した事件で、男性は8月下旬、重過失致死の疑いで愛知県警に逮捕された。
報道によると、男性は7月19日、名古屋市中区にあるマンションのベランダから飛び降り、下の歩道を歩いていた女性にぶつかって死亡させた疑いが持たれている。
男性は一時、意識不明となっていたが、容体が回復したため逮捕に至ったという。
CBCテレビによると、被害女性の父親は「わざわざ人通りが多い明るい場所で飛んだのに、それが未必の故意による殺人にならないのは、到底納得がいかない」と話したという。
人が下にいる可能性のある場所で飛び降りて他人の命を奪った場合、なぜ「殺人罪」にならないのか。
刑事事件にくわしい澤井康生弁護士に聞いた。
●殺人成立には「実行行為」が必要
──今回のようなケースで「殺人罪」が適用されないのはなぜでしょうか。
殺人罪が成立するためには、行為者による殺人の実行行為、被害者の死亡という結果、その行為と結果の因果関係、そして故意が必要となります。
今回のケースでは、このうち「殺人の実行行為」が認められるかが問題になります。
実行行為とは、殺人罪でいえば、被害者が死亡する現実的な危険性のある行為をいいます。
この実行行為が認められなければ、実際に死亡という結果が生じたとしても、殺人罪は成立しません。
殺人の実行行為が認められる典型例としては、首を絞める、刃物で胸を刺す、拳銃を発砲するなど、死亡という結果を発生させる定型性のある行為が挙げられます。
一方、飛び降り自殺を図る行為は、飛び降りたからといって必ずしも下にいる歩行者に衝突し、死亡させるとは限りません。そのため、先ほど挙げた典型例のように、他人の死亡という結果を発生させる定型性のある行為とはいえないのではないかと思われます。
飛び降り自殺は、あくまで本人が自殺するための行為であり、その意味でも、殺人の実行行為性は認められないともいえます。
●未必の故意=「発生してもかまわない」と認容
──被害女性の父親が言及した「未必の故意による殺人」とは、どのようなものでしょうか。
通常、故意という場合、「確定的故意」を指します。結果が発生することを確定的なものとして認識している場合です。
これに対して「未必の故意」とは、結果が発生することまでは確実ではないものの、「発生するかもしれない」と認識し、なお「発生してもかまわない」と認容している場合をいいます。
殺人罪でいえば、人が必ず死亡するとは限らないものの、「死亡するかもしれないし、死亡してもかまわない」と認容していれば、殺人の未必の故意が認められることになります。
ただし、故意は責任を基礎づける主観的要素です。その前提として、客観的に殺人の実行行為が認められなければなりません。
つまり、客観面で殺人の実行行為性が認められないのであれば、仮に主観面で殺人の未必の故意があったとしても、殺人罪は成立しません。
●飛び降りで「殺人罪」が成立するケースは?
──高所から飛び降り、下にいる通行人に衝突して死亡させた場合、殺人罪が成立するケースもあるのでしょうか。
一般的にはなかなか想定しにくいですが、たとえば、下にいる人の身体を拘束しておき、確実に衝突するような状況をつくったうえで飛び降りて死亡させた場合であれば、殺人の実行行為性が認められる可能性はあるのではないでしょうか。
【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官(2等陸佐、中佐相当官)の資格も有する。現在、早稲田大学法学研究科博士後期課程在学中(刑事法専攻)。朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。毎月ラジオNIKKEIにもゲスト出演中。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:秋法律事務所
事務所URL:https://aki-law.com/

