日本政府は、アメリカ産生食用ジャガイモの輸入解禁を視野に入れているという。現役農家のSITO.さんは「ジャガイモに寄生する害虫が日本に入ってしまうと、駆逐するのは難しくなる。慎重に判断しなくてはいけない」という--。
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■生食用ジャガイモが輸入禁止なワケ

これまで日本ではポテトチップスなどの加工用を除き、アメリカ産生食用じゃがいもの輸入を原則禁止としてきました。しかし、アメリカ政府は、2020年に一般流通用の生食用ジャガイモについて輸入解禁を日本政府に要請。現在、日米の政府間で輸入解禁に向けた調整が進められています。先日、農林水産省は、日本に侵入する恐れのある病害虫の特定、リスク評価を終えたことを発表しました。ただし、どの病害虫にどのような管理措置が必要なのかは、まだ公表されておらず、9月18日にオンライン説明会を実施するそうです。

さて、生食用ジャガイモとはなんでしょうか。これはジャガイモを生のまま食べるという意味ではありません。店頭や市場を通じて、家庭や外食店で料理用に使われる「一般流通用の生鮮ジャガイモ」を指す言葉です。肉じゃが、カレー、ポテトサラダなどに使われる普通のジャガイモ、と考えると分かりやすいでしょう。

「アメリカ産のジャガイモが安く入ってくるなら、家計にとって歓迎ではないか」。そう考える人は少なくないかもしれません。

しかし、現在議論されているアメリカ産生食用ジャガイモの輸入解禁は、牛肉や小麦のように価格だけで語れる問題ではありません。最大の論点は「植物検疫」です。つまり、日本の畑にこれまで国内への侵入やまん延を防いできた病害虫を入れないための仕組みが問われているのです。

■ジャガイモシストセンチュウの怖さ

「植物検疫」というのは、輸出入される植物や農産物などを検査し、消毒や廃棄などの必要な措置を行うことで、植物に付着する病害虫が国境を越えて広がるのを防ぐための制度です。どの国にも存在しますが、日本では農林水産省の植物防疫所が担当しています。植物防疫所は輸入時の目視検査だけでは見つけにくく、侵入すれば大きな被害が出る病害虫の寄主植物について、輸入禁止や厳格な条件を設けているのです。

ジャガイモの病害虫の中で最も恐れられているのが、ジャガイモシストセンチュウ類です。ジャガイモシストセンチュウは、ジャガイモの根に寄生する小さな線虫であり、人や家畜には基本的に害はありません。しかし、ひとたび植物に寄生すると根から水分や養分を吸う力を弱らせ、ジャガイモの生育不良や減収を引き起こします。

ジャガイモシストセンチュウが怖い点は、そのしぶとさにあります。雌は体内に200~500個の卵を抱えたまま死に、体が硬い袋状の「シスト」になります。このシストの中の卵や幼虫は、土の中で15年以上も生き残ることもあるのです。いわば、畑に埋め込まれた小さな時限爆弾のようなものです。

ジャガイモシストセンチュウ(写真=Xiaohong Wang/USDA ARS Image Gallery/PD USDA ARS/Wikimedia Commons)

ですから、侵入直後にすぐ大きな被害が起こるとは限らず、畑への侵入から被害が出るまで5年以上かかる場合もあるようです。ジャガイモシストセンチュウに侵入されたかどうかを症状だけで見分けることは難しく、土壌検査が必要になります。そのため、発覚に至るまでの間に、土の付いた農機具、雨水や風で動く土などを通じて発生区域が広がってしまう恐れがあるのです。

筆者作成

■なぜ加工用ジャガイモならOKなのか

実は、日本にもすでにジャガイモシストセンチュウは存在します。1972年に北海道後志(しりべし)管内で初めて黄色いジャガイモシストセンチュウが、2015年には網走市で別種のジャガイモシロシストセンチュウが初めて確認され、現在も緊急防除(※1)が続いています。

こうした事態をなるべく防ぐために植物検疫があり、長らく生食用ジャガイモの輸入が見送られてきたわけですが、それでもジャガイモシストセンチュウの国内侵入を完全には防げていないのです。

なお、加工用ジャガイモにも厳しい輸入条件があります。例えば害虫であるジャガイモシストセンチュウ類が発生していない地域で生産すること、土を水洗いで除去すること、密閉型コンテナで運び、輸入後は速やかに指定施設へ運ぶこと、そして港の近くにある指定施設で加熱加工することなどです。

少しでも土やシストセンチュウが見つかれば、荷口全量を廃棄または返送し、その原因が分かるまで以後の輸入検査も止められます。これは単なる形式的な手続きではなく産地、輸送、加工、残さの処理までを一本の管理された流れに置くことで、畑に病害虫が逃げ出す機会をできるだけ小さくしているのです。

※1 植物に大きな被害を及ぼす恐れがある病害虫等の有害動植物が新たに国内に侵入した場合や、既に国内の一部に存在している場合にそのまん延を防ぐために緊急に行われる防除措置。

写真=iStock.com/Nednapa
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■輸入解禁には確かにメリットもある

では、アメリカ産の生ジャガイモの輸入には何もメリットがないのでしょうか。もちろん、メリットもあります。3つほど例を挙げてみましょう。

第1に、ジャガイモの仕入れ先を増やせることになります。国内で不作が起きたとき、特定の産地からの出荷が減ったときに、調達先が一つ増えれば、外食産業や小売業は品不足のリスクを抑えやすくなります。

第2に、ジャガイモの価格が急騰しにくくなることが期待されます。輸入量や為替、輸送費によって実際の店頭価格は左右されるため、「輸入すれば必ず安くなる」とまでは言えませんが、国内の供給だけに依存するよりは選択肢が増える分だけ価格変動を和らげる効果はありそうです。

第3に、外食・中食産業にとっては、必要な規格や品種を安定的に確保しやすくなる可能性があります。消費者にとっても、異なる食感や調理適性を持つ品種を選べる機会が増えるかもしれません。食の多様化の一助となる可能性はあります。

実際、現在も日本のジャガイモ需要に対する供給は、国内産だけで賄われているわけではありません。2024年度の国内需要は約350万トンで、国内生産は約230万トン、その差の多くは冷凍品・加工品などの輸入で補われています。だからこそ論点は「輸入か国産か」の二択ではなく、一般流通用の生鮮ジャガイモにまで対象を広げる際に現在の厳しい防疫水準を下げずに済むのか、維持できるのかという点にあるのです。

■即全滅ではないから見えにくい危機

仮に病害虫が侵入しても、すぐ日本中のジャガイモが全滅するわけではありません。

感染に強い「抵抗性品種のジャガイモ」を使う、他の作物を植えて害虫の密度を下げる「輪作」、害虫を化学的に退治する「土壌消毒」、感染地域から土や機械を別の場所に移さない「移動制限」などの対策手段もあります。

しかし、それでもジャガイモシストセンチュウが一度定着してしまえば、根絶は極めて困難です。問題は短期的なジャガイモの全滅ではなく、国内生産そのものを不安定にしてしまうことにあります。

実際にジャガイモシストセンチュウが確認された地域では、上に述べた対策に加えて、なす科植物の作付け禁止、土の付いた植物の地下部などの移動制限、必要に応じた廃棄、農機具の洗浄といった対策が行われています。防除は、農家だけでは完結しません。地域、行政、流通まで含めた長い長い取り組みになります。

「国産の肉じゃがが食べられなくなる」というのは、単純に明日から国産ジャガイモが消えるという意味ではありません。国産を選び続けられること、安定した価格で食卓に届くこと、産地が翌年以降も作り続けられること--その現代の当たり前が揺らぐ危険を指しています。

■JA北海道中央会は「容認できない」

特に日本におけるジャガイモ生産は北海道への集中度が高く、2024年産では全国収穫量約229万5000トンのうち北海道が約187万トンと8割以上を占めている状況です。こうした基幹産地で作付けの制約や減収リスクが広がれば、青果用だけでなく、ポテトチップス、コロッケ、でん粉、種イモまで影響が及びかねません。

JA北海道中央会はアメリカ産生食用ジャガイモの輸入解禁に関して「主産地で、全国に種ばれいしょを供給する役割も果たす北海道の生産基盤をリスクにさらし、現場の意欲を著しく低下させる可能性がある。到底、容認できない」と述べています。

現在の輸入禁止には、植物防疫だけでなく、国内産地を経済的に守る側面もあります。米国業界は市場開放による数億ドル規模の追加輸出を期待する一方、日本の生産者は輸入品との競争による価格低下や作付意欲の減退を警戒しています。特に北海道では、ジャガイモは輪作や地域雇用を支える基幹作物です。そのため、もしも輸入解禁となれば、経済的な打撃が大きくなります。

また、国内の生産基盤を弱め、食料自給率を低下させることにもなります。例えば、2024年産の国産ジャガイモ(229.5万t)を基準にして、シストセンチュウが作付面積の30%へ広がると、発生圃場で平均9%減収し、全国で約20.7万tの減収。また高密度で作付面積の50%に及べば、発生圃場で平均30%減収し、全国で約68.9万tも減収する恐れがあります。なお、防除費は30%蔓延時で最大300億円程度、50%蔓延時で600億程度かかる計算です(※2)。アメリカでも、この膨大な防除費が問題となっています。

※2 防除費は、捕獲作物1回で約39万円/ha、D-D剤2回と捕獲作物を組み合わせる2~3年の集中防除で約142万~150万円/haという計算になる。

農林水産省「ばれいしょをめぐる状況について」
農林水産省「ジャガイモシロシストセンチュウに関する病害虫リスクアナリシス報告書」
北日本病害虫研究会報「ジャガイモシストセンチュウ発生圃場における有機リン系殺線虫剤の線虫密度抑制およびバレイショの減収回避効果」2017巻 68号
農研機構「ジャガイモシロシストセンチュウの緊急防除対策技術」
以上の資料をもとに筆者が試算して作成

■現時点での生食用輸入解禁には反対

これまで述べたようなことから、私は現時点でのアメリカ産生食用ジャガイモの輸入解禁には反対です。これは安さや調達先の多様化という利点を認めたうえでも、防疫上の安全網を外してはならないと考えるためです。

現在のポテトチップス用ジャガイモの輸入は、前述のように無発生地域での生産、洗浄や密閉輸送や指定施設での加熱加工という幾重もの条件によって成り立っています。一般流通用として生食用ジャガイモを広く流通させるのであれば、それと同等以上に実効性のある対策を、科学的根拠とともに示さなければなりません。

最近ではインターネット上で、普段食べているジャガイモを家庭菜園に植えて育てる事例が散見されます。じつは、これは土壌を汚染するリスクが非常に高い行為。スーパーなどで売られているジャガイモは、生育中にアブラムシなどが媒介して病原体を保持していることもあるからです。ですからジャガイモ栽培には「種いも検査」に合格した正規の種いもを使うことを強くおすすめします。そして、これをアメリカ産生食用ジャガイモで同様のことが行われたらと考えると、非常に問題でしょう。

日本政府や農水省は、こうしたことへの対策はもちろん、病害虫のリスク評価、管理すべき病害虫と具体的な対策を公表し、多くの国民や生産者が検証できる状態になるまで拙速な解禁は避けるべきだと私は考えます。

種ばれいしょ検査合格証票のサンプル(植物防疫所「国内種苗の検査について」より)

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SITO.(シト)
農家、農業ライター
1993年、愛知県生まれ。キャベツとタマネギを栽培する露地野菜農家で、農業ライター。就農前から日本農業の諸課題に関心を持ち、生産現場の知見と幅広い農業情報を融合しながら「農業とそれに携わる人たちの持続可能な社会」を模索し続けている。また、農業分野にまつわる誤情報やデマと戦う姿勢を貫き、学術的な知見と実践的な経験の両面から、正確な情報発信に努めている。
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(農家、農業ライター SITO.)