田中鈴さん(8月27日 都内/弁護士JPニュース編集部)

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「なかには、結婚や出産を諦める人も少なくない」

長野県・上田市で公立保育所に勤める田中鈴さんは、都内で開かれた会見でそう語った。同世代の仲間からは金銭的な将来不安をよく聞くといい、田中さんは「お金がきっかけで、人生の選択肢が狭まっている」と実感している。

日本自治体労働組合総連合(自治労連)は8月27日、20代・単身世帯を対象にした全国いっせいの生計費調査の結果を公表した。若者が普通に暮らすには、月におよそ29万円が必要だという。物価高のなかで手取りに悩む読者にとっても、けっして他人事ではない数字である。

「賃上げをしっかり考えて」

田中さんは、公立保育所で子どもたちと向き合う日々を送る。その傍らで、賃金が物価の上昇に追いついていないと感じているという。「同世代の仲間から、金銭的な将来不安をよく聞く。それが原因で、外出や交際を控えるという声もある」と話した。

田中さんによれば、金銭的な余裕のなさは日々の人付き合いにも影を落とす。「贈り物をしたり、食事に誘ったり。人として豊かに関わるにも、お金がかかると改めて実感した」という。そのうえで「生計費とは、ただ生きていける金額であればいいというものではない」と述べた。

最も重いのは、将来設計への影響だと田中さんは訴える。金銭的なゆとりが仕事への意欲にもつながるとし、「だからこそ、賃上げをしっかり考えてほしい」と語った。

「昼食が物足りないと感じることが増えた」

埼玉県内の自治体で働く大村遼さんも、物価高で食費の負担が大きく増えたと話す。

「以前はワンコイン500円ほどで買えた昼食が、いまはコンビニで800円、1000円を超えることもあります。値上げの形をとらずに内容量が減る“サイレント値上げ”もあり、物足りないと感じることが多くなりました」(大村さん)

また、大村さんは、一か月の半月を国が示す「標準生計費」の水準で、残る半月を調査で導いた生計費の水準で過ごす“生活体験”に参加した経験から「標準生計費で生活するのはとても困難だった。かなり切り詰めないと難しい」と振り返った。

「最低賃金、1900円まで引き上げる必要」

調査の分析を担った静岡県立大学短期大学部の中澤秀一准教授が、若者が“あるべき生活”を送るために必要な費用を試算した。

生計費とは、労働者が健康に働き続け、家族を含めた生活を維持するために必要な費用を指し、最低賃金法や人事院勧告でも、賃金を決めるにあたって考慮することが定められている。

調査は全国から6769件の回答を集め、うち10~20代で一人暮らしをする若者523件を分析した。生活に必要な品目を一つずつ積み上げる「マーケットバスケット方式」を採り、価格はインターネットで最低価格帯を調べたという。

想定したのは、栄養バランスや月2回程度の会食、年2~3回の旅行なども含む“ぎりぎりではない普通の暮らし”である。1か月の食費は男性で約5万円、昼食はコンビニ弁当と手作り弁当を半々にした。動画や音楽のサブスクにも月2000円を充てる想定だとした。

その結果、税・社会保険料を含めた必要額は、都市部の男性で29万978円、女性で29万8379円、地方部の男性で28万6679円、女性で29万472円となった。年額にすると、およそ340万~360万円になるという。

一方、人事院が毎年公表する「標準生計費」(標準的な生活費の基準)は、1人世帯で月12万6330円にとどまる。中澤准教授はこの額について、調査が示した必要額を大きく下回っており「あまりにも低い水準だ」と主張。多くの費目で、調査で積み上げた費用は標準生計費の1.5~2倍以上に達したという。

また、生計費に必要な給料を時給に換算すると約1900円が必要になるとし、「最低賃金は1900円の水準まで引き上げる必要がある」と述べた。

「最低賃金の引き上げにブレーキ、労働者に対する裏切り」

調査では、都市部と地方部で必要額にほとんど差がなかった点も注目された。中澤准教授は「地域間格差はほとんどない」とし、地域別に定められた最低賃金や、公務員の地域手当(物価などの高い地域に上乗せされる手当)は「不合理な格差だ」と主張。

都市部は住居費が高い一方で交通費を抑えられ、地方部は住居費が安い代わりに自動車関係費がかさむ。住居費と交通費の“トレードオフ”が、その背景にあるという。

自治労連の橋口剛典書記長は会見の終盤「賃金が生計費に届かないことや、将来への不安が、深刻な少子化の一因になっている」と指摘。

政府が従来掲げていた「2020年代に最低賃金全国平均1500円を達成する」との目標を2030年代へ先送りしたことを受け、「高市政権の支持率が下がりつつあるのは、経済対策を何とかしてほしいと投票した労働者の期待を裏切り、政権が最低賃金の引き上げにブレーキをかけたからだ」と訴えた。