「仕事辞めさせてくれよ!」…資産8,000万円を突破も、強烈な“妻ブロック”で阻まれる「FIREの夢」。今日も重い足取りで職場へ向かう、57歳会社員の悲哀【CFPが助言】
「十分なお金が貯まったら、会社を辞めて自由に暮らしたい」。そんな思いから、経済的自立と早期退職を目指す「FIRE」に憧れる人もいるでしょう。しかし、資産形成に成功し、数字のうえでは仕事を辞めても問題がない状態になったとしても、FIREできるとは限りません。もし人生をともにする配偶者に「そんなの絶対にダメ」と言われたら……? CFPの小川洋平氏が、FIREに立ちふさがる「お金以外の壁」について解説します。
金融資産8,000万円、それでも毎朝会社へ向かう57歳の憂鬱
「もう十分働いただろ……なんで辞めさせてくれないんだよ」
そんな悲壮な思いを抱えながら、今日も重い足取りで会社に向かう羽田良一さん(57歳・仮名)。地方都市にある大企業で課長を務める会社員で、年収は約800万円。妻の香さん(57歳・仮名)と高齢の両親と暮らしています。
農家に生まれた羽田さんは、新卒で現在の会社に入社して以来、家の農作業を手伝いながら会社員として働いてきました。
2人の子どもにも恵まれ、子どもたちは地元の国立大学へ進学。自宅から通学できたため、都市部へ進学する場合と比べて家賃や生活費の仕送りなども抑えることができました。5年前には2人とも独立し、教育費の負担もなくなっています。
さらに、20歳ごろから親が付き合いで契約してくれていた個人年金保険は、予定利率が高かった時代のもの。職場の確定拠出年金や預貯金なども含めると、夫婦の金融資産は8,000万円近くになっていました。公的年金も夫婦合わせて月23万円ほどを見込んでいます。加えて、将来的には両親から土地・建物だけでも推定4,000万円程度の資産を相続する可能性があります。
住宅費もほとんどかからず、農業から多少の収入もある。子どもへの教育費負担も終わり。そんな羽田さんが50代に入ってから、妻に繰り返し相談していることがありました。
「FIREして会社辞めたいんだけど……」
「数字では大丈夫」でも妻の答えは「絶対ダメです」
羽田さんがFIREを意識し始めたのは、子どもたちが独立したころでした。
「ここまで働いてきたんだから、残りの人生は自分の好きなように使いたい」
そう考え、FPにも相談しました。現在の金融資産、今後の生活費、農業収入、公的年金、個人年金などを整理し、今後のキャッシュフローをシミュレーションしてみました。60歳まで金融資産を計画的に取り崩し、その後は公的年金や個人年金などを組み合わせるプランを検討しました。
公的年金を60歳から繰上げ受給する案についても、減額が生涯続くことを踏まえて試算。そのうえで支出の少ない羽田さん夫婦であれば、早期退職そのものは十分検討可能という結果になりました。
「プロのお墨付きだ、これで辞められるぞ」
そう思った羽田さんでしたが、妻の香さんは納得しません。
「年金を早くもらったら減っちゃうんでしょう? お金があっても使えば減っちゃうし、残高が減っていくと不安」
「毎日家にいるのも困るし、まだ57歳なのに仕事を辞めたら近所の人から何て思われるの?」
羽田さんはFPに作ってもらった資料を見せながら何度も説明しましたが、それでも妻の答えは「NO」。認めてはもらえません。
会社に行けば、責任の重い仕事が待っています。しかし、生活するためだけなら、すでに十分と思える資産がある。
「俺はいったい、何のためにいつまで働くんだろう……」
経済的には会社から離れられるはずなのに、羽田さんのFIRE生活はいまだ始まっていません。
「FIREできる資産があること」と「家族がFIREに納得すること」は別問題
羽田さんの8,000万円という金融資産は、一般的な同年代世帯と比較してもかなり大きな金額です。
J-FLEC(金融経済教育推進機構)の「家計の金融行動に関する世論調査(2024年)」では、二人以上世帯全体の金融資産保有額は平均1,374万円でした。単純比較はできませんが、羽田さん夫婦がかなり大きな金融資産を築いてきたことはわかります。
地方で実家に暮らし、住宅費を抑え、子どもも自宅から大学へ通うなど支出が少ない家庭では、会社員でさほど収入が高くなくても長い時間をかけて大きな資産を築ける場合があります。しかし、「FIREできるだけの資産があること」と「家族がFIREに納得すること」はまったくの別問題です。
では、どうしたら羽田さんは妻にFIREを認めてもらえるのか。まず、羽田さんはFPへ一人で相談していましたが、ここに改善できる点があったのかもしれません。
妻の香さんも同席して相談していれば、「8,000万円で本当に足りるのか」「何歳の時点でいくら残るのか」「介護費用が発生したらどうなるのか」「年金を繰上げた場合と65歳まで待った場合ではどう違うのか」など、不安に思うことを直接専門家へ質問できました。
夫婦間・家族間では、お金の話は感情的になりがちです。第三者のプロが数字を示しながら、お互いの不安を言語化、整理しながら、「どうしたら解決できるか」を話し合うことで解決できる場合もあります。
FIREを阻む「妻ブロック」…でも、最後に決めるのは誰?
そして、FIREか会社員継続かという二者択一で考える必要もありません。
今の会社を退職して勤務時間の短い仕事へ移り、一定の要件を満たして厚生年金に加入しながら働くこともできます。あるいは60歳までは働く代わりに、残業や責任の重いポジションから離れるなど、完全なFIREではなく、今の羽田さんの問題を解決できる着地点も考えられます。
ただし、十分に話し合っても意見が一致しないことはあります。
最近では、配偶者の反対で転職や起業などを断念することを「嫁ブロック」などと表現することがあります。しかし「妻が許してくれなかったからできなかった」と言い続ければ、自分の人生の決断を配偶者に委ねてしまうことに。配偶者の意向を尊重しているように見えながら、知らず知らずのうちに相手に責任を転嫁しているのです。
相手の意向を無視してよいという話ではなく、数字を確認し、相手の不安を聞き、代替案まで十分に検討すること。そのうえで、自分の人生について最後は自分自身が責任を持って選択することが大事です。
「これからどんな人生を送りたいのか」…夫婦で話し合うこと
FIREする際にその後の収支や資産について、本当にFIREしても大丈夫なのかシミュレーションすることは必要不可欠です。
しかし、必要なことは「いくら貯めれば会社を辞められるか」という計算だけではありません。羽田さんのように十分な資産があっても、夫婦で老後に望む暮らしやお金に対する価値観が違えば、そこで立ち止まってしまうことがあります。
だからこそ、FIREを考えるなら資産額だけでなく、夫婦で「これからどんな人生を送りたいのか」を話し合うことが大切です。ライフプランは、単に老後資金が足りるかを計算するものではありません。限りあるお金と時間を、これからの人生でどう使い、どうお互いにとっての幸せを実現するかを考えるためにあります。
家庭の共同経営者として、お互いに将来像や価値観を擦り合わせながら、お互いの幸せの実現のためにベストな道を考えることが大事です。
小川 洋平
FP相談ねっと

