「娘の命を軽く扱われたのが悔しい」少年院出て2日後に21歳女性殺害、6年経ても遺族が国に問う「なぜ」
2020年8月28日、福岡市の大型商業施設で、21歳の女性が面識のない15歳の少年に殺害された。少年が少年院を出てから2日後のことだった。
事件から6年。少年は受刑者として服役しているが、遺族は国などを相手に裁判を起こし、今も残された「なぜ?」を問い続けている。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●少年院を出て2日後、21歳女性を殺害
2020年8月28日午後7時過ぎ、福岡市の商業施設「マークイズ福岡ももち」の女子トイレで、友人と買い物に来ていた吉松弥里(よしまつ・みさと)さん(当時21歳)が殺害された。
逮捕されたのは、当時15歳の中学生だった少年。事件の2日前に九州の少年院を仮退院したばかりだった。
少年は商業施設でたまたま見かけた吉松さんのあとを追って女子トイレに侵入。個室から出てきたところを包丁で何度も刺して殺害したとされる。
少年は殺人や窃盗などの罪で起訴され、福岡地裁は2022年7月、懲役10〜15年の不定期刑を言い渡した。判決はその後、確定した。
少年はすでに20歳を超え、現在、ある地域の少年刑務所に服役している。長くてもあと10年ほどで社会に戻ってくる計算だ。
●母親が引き受け拒否、更生保護施設へ
刑事裁判では、少年の複雑な生育歴が明らかになった。
少年は小さい頃から身体的、性的な虐待を受けていたといい、児童養護施設などを転々とする中、暴力トラブルを繰り返して少年院に入った。
両親は離婚しており、仮退院後は母方に戻る方向で調整が進められていた。しかし、母親が引き取りを拒否。少年院を出る直前になって、刑務所を出た人などを受け入れる「更生保護施設」への入所が決まった。
●少年と母親に損害賠償求めて提訴
こうした経緯が明らかになる中、吉松さんの遺族は2023年3月、少年に加えて、監督責任があったとして母親にも損害賠償を求める裁判を起こした。
福岡地裁は2025年3月、少年に約5400万円の支払いを命じる一方、母親については「(少年が)更生保護施設入所中に第三者の生命に危害を加える可能性について予見することは困難であった」などとして、請求を棄却した。
しかし、福岡高裁は今年3月、1審判決を変更し、母親にも少年と連帯して約5400万円を支払うよう命じた。母親はその後、上告している。
●「いつか事件が起きるのでは」関係者も危惧
少年院では、どんな処遇を受けていたのか。社会復帰に向けて、どのような対応がとられたのか。そして、なぜ仮退院が許可されたのか──。
吉松さんの母と兄は2023年3月、少年院の対応に問題があったとして、国に対する国家賠償訴訟も起こした。
訴状では、少年を知る関係者が「いつかこういった事件が起こるのではないかと、常に危惧していた」「外で生活するには心配が残っていた」などと述べていた点を挙げ、少年が事件を起こす可能性が高いことを少年院側も把握していたと指摘している。
また、少年院を出る際の約束に「精神科医の指示に従って、衝動抑制に必要な服薬を継続すること」が挙げられていたが、更生保護施設に入ったとき、少年は薬を持っていなかったという。
遺族側は訴状で、少年の特性に応じた処遇プログラムや治療が少年院で十分に実施されず、更生保護施設との情報共有もほとんどなかったと主張している。
●国は事件の経緯や問題点を内部で検証
再犯の恐れが懸念されていた少年を、なぜ止められなかったのか。
実は、刑務所や少年院を出た直後に重大事件を起こした人について、国は事件に至る経緯や問題点、再発防止策などをまとめた文書を内部で作成している。
記者は、これらの文書を法務省に情報公開請求した。しかし、開示された文書はほとんどが黒塗りだった。
●福岡地裁が国に文書提出を命令
文書の様式には、「再犯・再非行の動機、原因」「保護観察及び生活環境の調整実施上の問題点」などを記載する欄がある。
つまり、実際の文書には、まさに遺族が知りたい「なぜ事件は起きたのか」にかかわる情報がまとめられているとみられる。
遺族の代理人もこの文書に着目し、関連する文書や資料を提出するよう裁判所に申し立てた。福岡地裁はこれを受け、国側に文書の提出を命じた。
遺族側に開示された文書は大部分がマスキングされていたが、裁判所には元の文書が提出されているという。
法務省が内部で検証していた事件の経緯や問題点を、裁判官がどう判断するか。今後の大きなポイントになりそうだ。
●心情伝達制度を利用も「まったくの期待外れ」
2023年12月、事件の被害者や遺族が矯正施設を通じて自身の思いを加害者に伝えられる「心情等伝達制度」が始まった。
吉松さんの母もこの制度を利用し、受刑者となった元少年に娘のことや事件について尋ねた。しかし、返ってきた内容は、母親の感情を逆なでするものだったという。
「人としての心を持っているなら、一言でもいいから反省の言葉をくれるんじゃないかと少し期待していたのですが、まったくの期待外れでした。(少年が)このまま刑期を終えて出てきたら、また次の犠牲者が出るのではないかと思います」
●「こんな事件は二度と起こさせてはいけない」
吉松さんの母は、「裁判があるたびに頭がクラクラする」という。
それでも国と対峙し続けるのは、21歳で突然命を奪われた娘のため、そして同じような事件を二度と起こさせないためだ。
「この事件は防げたはずなんですよ。娘の命を軽く扱われたことが一番悔しいんです。こんなに悲しいことはありません。国に対しても『バカにするんじゃないよ』って言いたい。
娘はもう帰ってきません。帰ってこないからこそ、ちゃんと娘のために立ち向かっていきたい。このような事件を二度と起こしてはいけません」

