〈12月施行「日本版DBS」の落とし穴〉性犯罪歴を確認しても「個人経営の塾・習い事」は対象外…専門家が懸念する「学校外での加害増加」
子どもを性暴力から守るための「こども性暴力防止法」が、12月25日に施行される。大きな柱となるのが、学校や保育所など子どもと接する仕事に就く人の性犯罪歴を確認する、いわゆる「日本版DBS」だ。しかし、個人経営の塾や習い事は認定制度の対象外となるなど、制度には“死角”も残る。性加害者の治療に携わる斉藤章佳氏と、教育行政学者の末冨芳氏が、日本版DBSの意義と限界、さらに今後懸念される「学校外での加害」について語った。
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大人の意識を変える「こども性暴力防止法」
斉藤 末冨先生と初めてお目にかかったのは2024年5月、衆議院「こども性暴力防止法」の参考人質疑でしたね。
末冨 このときは、性暴力の被害者支援に携わっている弁護士の方もいらっしゃり、「こういう方たちの尽力があったからこそ、同法案も成立に至ったのだ」と励まされる思いでした。その後、西川口榎本クリニックで開催された校内盗撮についての講演にもお声がけいただきました。
斉藤 そして、同法の施行がついに2026年12月25日に迫っています。あらためて、どんな法律なのでしょう?
末冨 学校や保育所などで子どもを性暴力から守るための法律です。注目度がもっとも高いのが、子どもと接する仕事に就く人の性犯罪歴を確認する「日本版DBS」の創設です。これは、イギリスのDBS(Disclosure and Barring Service)を参考にした制度で、性犯罪の前科があると、保育園や学校など「子どもに接する業務」に就けなくなります。
学校、認可保育所などは公立・私立を問わず、性暴力を防ぐための取り組みが義務となります。放課後児童クラブ、学習塾などは、国が認定することで制度の対象になります。認定を受けた事業者は、こども家庭庁のリストで公開され、出入り口やホームページに「こまもろう(認定事業者マーク)」を掲示できるようになります(図5-1)。
斉藤 「認定事業者マーク」は、今まさに本書を手に取っている保護者の方々が、子どもの塾や習い事を選ぶ際の大きな指標となりますね。
末冨 ただ、犯歴確認はこの法律の一部にすぎず、本質はイギリスをモデルとした「初犯対策(安全確保措置)」です。
具体的には、学校や幼稚園などの教育機関で安全確保措置が義務化される他、教職員や部活動支援員、スクールカウンセラー、スクールバスの運転手など、子どもと2人きりになる可能性のあるすべての大人に対して「性暴力に関する研修」が義務づけられます。大人が性暴力の深刻さを学び、相談体制を整えるなど、システムによって性暴力への認識と行動をアップデートさせるのが、この法律の大きな狙いといえるでしょう。
個人経営の塾・習い事は日本版DBS対象外
末冨 もちろん、この法律が施行されれば、万事解決というわけでありません。日本版DBSでは、示談になったケースは犯歴確認の対象外となります。また、加害者が未成年のときに起こした性犯罪については、システム上照会されません。
斉藤 制度の限界があるのですね。
末冨 個人経営の塾や習い事はこども家庭庁の認定事業者の対象外です。イギリスでも同様で、これについては政府がしばしば保護者に注意を促しています。
斉藤 クリニックでプログラムを受けている人のなかには、日本版DBSを肯定的にとらえる人が少なくありません。小児性愛症の診断を受けた性加害者のなかには、子どもの姿を目で追うこと自体、再犯のトリガー(引き金)になってしまう人もいます。そういった人にとっては日本版DBSの制度が、自分を子どもがいる環境からある意味強制的に隔離してくれるわけです。あるプログラム受講者は、「この制度は加害者を間接的に守る法律だ」とも口にしていました。
ちなみに当院のデータによれば、性加害者のうち小児性愛症の診断を受けている人の約7割が「子どもに関わらない仕事」に就いていました。そういう意味では、残る3割にとって日本版DBSは有効だといえると思います。
末冨 圧倒的多数が学校や保育園などの「外」で加害行為に及んでいた、と。
斉藤 加害者は監視の厳しい環境を避ける傾向があります。そのため、今後は「子どもに関わる仕事には就かず、別の場所で子どもに加害をする」といったケースがさらに増えていくことを懸念しています。
防犯カメラで「現場が萎縮」する?
斉藤 本書を企画したきっかけは、2025年に起きた名古屋市を震源地とする教員盗撮グループの事件です。この事件が報道された際には、末冨先生への取材が殺到したそうですね。
末冨 そうなんです。当時は2026年に控えた「こども性暴力防止法」の施行を前に、ロンドンで調査研究を行っていました。時差の関係もあり、夜中にマスコミからの電話で飛び起きるなど、対応に苦慮しました。
それはともかく、何より気になったのが、マスコミの関心が学校内の防犯カメラの話題にばかり向いていた点でした。私の専門は教育行政学や教育財政学ですが、警備会社に尋ねるべき技術的な質問まで多数寄せられたほどでした。
斉藤 防犯カメラについて、末冨先生はどのようにお考えですか?
末冨 防犯カメラの設置には賛成です。ただし、防犯カメラは校内盗撮の特効薬ではなく、子どもを守るための「最低限の装備」にすぎません。加害者に「あ、この場所では盗撮は無理だな」と犯行を断念させ、加害を防ぐ「一次予防」としての効果は期待できます。
斉藤 末冨先生が長年研究されているイギリスの学校現場では、防犯カメラはどのように普及しているのでしょうか?
末冨 学校だけでなく、保育園、スポーツクラブなどでも防犯カメラは設置されています。目的は2点。わいせつ行為などの訴えがあった際に自治体や警察と連携し、法廷証拠能力のある記録を確保することと、そして冤罪の防止です。
そもそもイギリスでは、校長等の許可なく教員が児童・生徒と2人きりになることが禁じられており、不適切な接触がないかカメラで監視できるような体制になっています。
斉藤 2026年4月には愛知県みよし市が、中学校での盗撮事案を受け、全国に先駆けて全小中学校に計914台のカメラを設置しました。教室や更衣室、トイレの出入り口を24時間撮影するために、防犯カメラを運用すると報じられています。
末冨 防犯カメラは、設置すること以上に運用ルールが肝心です。
みよし市の詳しい運用方法についてはガイドラインが整備されましたが、先行するイギリスと同様に「映像は盗撮など問題が起きた場合にのみ確認」「保存期間は30日」「アクセス権限は管理職に絞られる」など、徹底したデータ管理の下で運用されることになっています。
斉藤 日本では、学校に防犯カメラを設置することについて賛否両論があるようです。
末冨 運用ルールについて正しく伝わっていないのも一因だと思います。みよし市などの先行する自治体でこういったルールが明らかになれば、状況は変わっていくでしょう。ちなみに、2025年12月24日から2026年1月31日にかけて熊本市教育委員会が行った調査では、保護者の約8割が設置に賛成するものの、学年が上がるほど「必要ない」と答える生徒が増える傾向が浮き彫りになっています*1。運用ルールが明確にならない以上、「監視されているようで不安」「録画されたデータがSNSに流失しないか」という声が生徒から出るのは当たり前だと思います。
一方で「防犯カメラがいらないと言っているのは、何か悪いことを企んでいる人だと思います」という生徒の意見もあり、それはまさに本質を突いていると思いました。
斉藤 日本では「指導する側が萎縮する」「信頼関係が損なわれる」といった意見も根強いですね。
末冨 日本の教育現場には、子どもよりも教員、つまり「身内」をかばう意識があると感じます。この風潮はすぐにはなくならないので、身内びいきの意識を前提とした仕組みづくりを考えなくてはなりません。
再び熊本市の事例ですが、体罰やいじめ、教員のわいせつ行為などについて、生徒が相談できるオンラインアンケートが定期的に実施されています。生徒からの相談内容は、学校や自治体の教育委員会に届く仕様になっているようです。しかし、特にわいせつ事案については、各自治体が運営する「子どもの権利相談センター」など外部の組織にも相談・通報を可能にして、学校の身内びいきの風潮を排除する工夫が求められると思います。
*1 熊本市教育委員会事務局「防犯カメラ設置に関するアンケート結果について(市立学校 校舎内防犯カメラ)」https://www.city.kumamoto.jp/kiji00363483/3_63483_491129_up_ga1il1bv.pdf
写真/shutterstock
校内盗撮 (インターナショナル新書)
斉藤 章佳

2026/8/7
1111円(税込)
256ページ
ISBN: 978-4797681772
スマホ1台で、子どもが被害者にも加害者にもなる――。
今、学校で急増する盗撮。教員が児童・生徒をターゲットにするだけでなく、子ども同士の事例も相次ぐ。
「校内盗撮」という性暴力から子どもを守る方法とは? 保護者・学校関係者、必読の書!
2025年、名古屋市の小学校教諭の逮捕がきっかけで発覚した教員グループによる盗撮事件。
教員らが学校で児童・生徒を盗撮し、その画像をSNSのグループチャット内で共有していたことが報じられ、世間に大きな衝撃を与えた。
この他にも近年、学校での盗撮をめぐるニュースは後を絶たず、実際に盗撮被害は急激に増えている。
ただし、スマホやSNSが当たり前になったこの時代、教員が加害するばかりでなく、子ども同士の盗撮も目立つ。
さらに、日進月歩の生成AIを悪用した性的ディープフェイクもはびこり、事態はますます複雑化・深刻化しているのだ。
なぜ、学校という空間で盗撮が相次ぐのか。そして、大切な子どもたちを守りたい保護者、教育現場、社会は、こうした状況に対してどのように手を打つべきなのか――。
「校内盗撮」という深刻な性暴力の現実と、子どもを被害者にも加害者にもさせないための対策・予防法を、3500人以上の性犯罪者の治療プログラムに携わってきた著者が豊富な臨床経験をもとに解説する。
【特別対談も収録】
・盗撮事件を起こした有名中学受験塾元講師A
・永守すみれ (ネットパトロール団体「ひいらぎネット」代表)
・末冨芳 (教育行政学者、日本大学文理学部教育学科教授)
