「テレビは、頭のネジが外れている人のほうが面白いものを作れる」という考えはもう古い! 渡邊渚さんが綴る「面白いものを作るために、人権を捨てる必要はない」という世界観
2024年8月末にフジテレビを退社した元アナウンサーの渡邊渚さん(29)。2020年の入社後、多くの人気番組を担当したが、2023年7月に体調不良を理由に休業を発表。退社後に、SNSでPTSD(心的外傷後ストレス障害)であったことを公表した。約1年の闘病期間を経て、再び前に踏み出し、NEWSポストセブンのエッセイ連載『ひたむきに咲く』も好評だ。そんな渡邊さんが、「芸能界や放送業界の新しい働き方」について綴ります。
【写真を見る】開放感たっぷりな装いでタイ旅行を満喫する渡邊渚さん、清涼感あふれるグラビアショット
* * *
「テレビは、頭のネジが外れている人のほうが面白いものを作れる」「芸能界はそういう世界」────これらは、テレビ局で働いていた頃、よく聞いていた言葉だ。
今年3月、東京大学大学院などの研究チームが行なった放送業界の労働環境調査が公表された。調査に協力した女性119人のうち、7割が性的な冗談やからかいを受けたと回答。「不必要に身体を触られる」といった経験がある女性が、53人(44.5%)もいた。また、「性的接待要員にあてがわれる」経験をした女性が14.2%もいて、放送業界の人権意識の低さが浮き彫りになった。
これまでは「テレビって、芸能界って、そういう世界だから」と言い逃れできていたかもしれないが、ここ数年で、その悪しき風習が世間に晒されるようになってきた。最近でいえば、NHKの職員が番組出演者から性被害を受けた問題だ。
職員は番組の懇親会後に、出演者から性被害を受け、体調を崩し、休職。その後、復職の際に、同じ部署での復帰は精神状況が悪化するため他部署への異動を求めたが、「特段の配慮」は認められなかった。性加害を行なったとされる人物は公開されておらず、「飲酒していたため記憶にない。もし事実なら申し訳ない。」と話しているという。
まず、NHKの対応は性被害やPTSDへの理解がなく、重大な人権侵害への認識が甘く、被害者をより傷つけたといえるだろう。また、この事案を昨年4月に上層部が認識してから公表まで1年以上かかった、対応スピードの遅さも気になる。昨年民放で起きていたあらゆるハラスメント事案のほとぼりが冷めるのを待っていたのでは、と勘ぐってしまうほどの遅さだ。
さらに、加害者は実名報道されることもなく、野放しになっていることも恐ろしい。NHKは新たな出演依頼をしていないというが、民放には出ている可能性がある。「飲酒していたため記憶にない」「もし事実なら申し訳ない」という加害者の言葉も看過できない。
加害者にとってはそんな程度の記憶だろうが、被害者はその日のトラウマを一生背負わされていく。今も、何事もなかったかのように善人の面をしてテレビに出演しているのだとしたら、虫唾が走る。
的外れな誹謗中傷
フジテレビのドラマ出演者によるハラスメントの問題もあった。撮影中のボディータッチをきっかけに深刻なズレが生じ、男性俳優が女性俳優の楽屋へ押しかけ、「俳優を続けるべきではない」と発言したことが報道された。
この一件で、女性俳優に対して、誹謗中傷が相次いだ。「若い俳優とはキスシーンできるくせに」「顔に指が触れただけでセクハラかよ」など、私もさまざまな中傷コメントを読んだが、どれも的外れだと感じた。そもそも、顔に触れたことがセクハラと認定されたわけではないし、過去のトラウマから身体接触がある場合は事前に共有してほしいと女性側は番組に申し入れていた。
このトラブルは、セクハラが争点ではない。一番の問題は、楽屋まで乗り込んで、トラウマによる制限があるなら仕事を続けるべきではないと言い放ったパワーハラスメントだ。
厚労省が示すパワハラの考え方では、(1)優越的な関係を背景とした言動、(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの、(3)就業環境が害されるもの、という要素から判断される。一般的に、上司や仕事上強い立場にある人が、楽屋のような密室で「制限があるなら仕事を続けるべきではない」と発言すれば、十分パワハラになり得る。局が調査を依頼した外部弁護士も「深刻なハラスメント」として認定している。
また重要なのは、「制限がある=働くべきではない」とは限らないことだ。人はそれぞれ育児や介護、身体的な事情や心理的な事情など、大なり小なり問題を抱えている。制限があるから仕事を辞めるべき、というのは短絡的かつ飛躍した意見だ。
「不同意性交罪」の定義
元お笑い芸人によるロケバス内での性加害事件の裁判も、話題になっている。今月5日、不同意性交と不同意わいせつの罪に問われている斉藤慎二被告の公判で、検察側は懲役7年を求刑した。
この裁判に関して、「これが有罪なら、男はもう女に指一本触れられない」「女の気持ち次第で不同意性交になる」「後出し、ハニートラップ」など、お門違いな批判も相次いでいる。
こういった事件を見ていて常々思うのは、恋人でもない歳の離れた男性に、性的接触をされることが嬉しい女性などいないのに、なぜ加害者は"喜ばれている"と肯定的に受け止めてしまうのか、ということだ。
被害者が「嫌だ」「やめて」と泣きながら伝えても、加害者は「同意があるものだと思った」などと言ってくる。勘違いも甚だしい。被害者側からすれば、「嫌だと明確に言ったのに、男の受け取り方次第で同意になる」のは恐怖だ。
また、この裁判を契機に、ごく一部から不同意性交罪への強い反発も見られる。冤罪や境界の曖昧さに不安感があるのかもしれないが、他者と誠実に付き合い、同意ある関係性を持っていれば、不同意性交罪とは無縁なはずだ。むしろ、まともな男性なら、不同意性交罪を犯した者が厳しく裁かれることは、恋人や配偶者、子ども、友人知人を守れる社会への一歩になると、安心するはずだ。
もし不同意性交罪や不同意わいせつ罪で裁かれることがそれほど心配ならば、互いに信頼をおける関係性ではない人には指一本触れなければいい。というより、本来そうあるべきだ。
「芸能界・テレビ業界はそういうもの」という古い認識
これまでの芸能界は、治外法権のように、性犯罪もハラスメントも何でも許されてきたのだろう。特に立場が上の人間は、どんな問題を起こしても、いろんな人が火消しと隠蔽に奔走してくれて、何事もなく働き続けてこられた。
加害者が"特段の配慮"で守られて、立場の弱い人間は被害を訴えることすらできず、「芸能界は、テレビ業界はそういうもの」と割り切るしかなかった。それを割り切れないなら「仕事を続けるべきではない、この世界は向いてない」と虐げられてきた。
しかし、その「芸能界は、テレビ業界は、そういうもの」という認識が、人権意識の低さ、ハラスメントに寛容な風潮を醸成してきた温床になっているのではないだろうか。
今、芸能界、テレビ業界は過渡期にあるといえる。一般企業ではとっくに禁止になっていることではあるが、これまで許されてきたことは許されなくなり、これまで黙らされてきた人たちが声を上げるようになった。
その変化を「窮屈になった」「何もできなくなった」と嘆く人もいる。だが、それは窮屈になったのではない。今までがあまりにも無法地帯だっただけだ。何が悪いのか、善悪の判断がつかない人間から淘汰されていく。それが世の常だ。ここで価値観をアップデートし、人の尊厳を守ることのできる人たちが残っていけばいい。
「テレビは、頭のネジが外れている人のほうが面白いものを作れる」「芸能界はそういう世界」────そんな言葉で誰かの尊厳が踏みにじられる世界を、私はもう面白いとは思わない。面白いものを作るために、人権を捨てる必要はない。芸能界もテレビ業界も、「そういう世界」であり続ける必要はない。
【プロフィール】渡邊渚(わたなべ・なぎさ)/1997年生まれ、新潟県出身。2020年に慶大卒業後、フジテレビ入社。『めざましテレビ』『もしもツアーズ』など人気番組を担当するも、2023年に体調不良で休業。2024年8月末で同局を退社した。今後はフリーで活動していく。2025年1月29日に初のフォトエッセイ『透明を満たす』を発売。同年6月には写真集『水平線』(集英社刊)も発売。渡邊渚アナの連載エッセイ「ひたむきに咲く」は「NEWSポストセブン」より好評配信中。
