【特集】トヨタ自動車 近健太社長に単独インタビュー:故郷・新潟、豊田会長、クルマの未来は【新潟】
売上高50兆円。1000万台を超えるグループ販売台数で世界1位の『トヨタ自動車』。そのトップに立つのが、新潟市出身の近健太社長(58)です。新潟高校を卒業後、東北大学に進学。1991年にトヨタ入社後は主に経理部門を歩み、財務トップのCFOなどを歴任。2026年4月に第13代社長に就任しました。
<Q.新潟には帰省する?>
■トヨタ自動車 近健太社長
「つい先日、お墓参りで行ってきた。」
<Q.恋しくなる新潟の食べ物は?>
■トヨタ自動車 近健太社長
「十全なす、ナス漬けよく売っていますよね。あれは好きです。」
<Q.学生時代の部活は?>
■トヨタ自動車 近健太社長
「高校は、軽音楽ですね。(Q.バンド?)そうですね。(Q.バンドの担当楽器は?)たまにやるときには、ベースギター。いまよりも若干髪が長かったと思います。」
入社直後の新人研修では、新潟市の販売店に数カ月配属されました。
■トヨタ自動車 近健太社長
「いっぱいカタログや名刺を入れたカバンを持ち、一軒一軒ひたすら回り続ける。そのお宅に8回通って(1台車を)買っていただいた。1000万台と年間の販売台数は数字にすると一言でポッと言えてしまうが、あのときに買っていただいた1台の積み重ねがそういう大きな数字になる。いまでも思い出すし、忘れられない経験です。」
近社長が社員として歩み始めたのは、まさにトヨタが急成長した時期。1997年に発売された世界初の量産ハイブリッド車『プリウス』が世界的に大ヒット。海外での販売台数が急増し、好業績が続きました。
しかし、2008年のリーマン・ショックが自動車業界を直撃し、トヨタは創業期以来 初の赤字に転落します。
■トヨタ自動車 近健太社長
「販売の見通しが毎月毎月 下方修正されていく。(収益見通しは)毎月アップデートするごとにガンガン落ちていく。私は経理だから商品を数字で見ていた。結果的にそのやり方は違っていた。車そのものを見ずに、台数利益を通じて見ていた。トヨタ販売はマーケットが落ちる以上に落ちた。赤字になった、15%減で。」
この危機を乗り越えるため、2009年に経営を託されたのが14年ぶりの創業家出身の社長・豊田章男会長です。打ち出したのは「もっといいクルマをつくろうよ」というシンプルな考え。そのとき秘書を務めることになったのが、近社長でした。

