赤根智子所長(ICC公式サイトより)

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米国政府が国際刑事裁判所(ICC=オランダ・ハーグ)の赤根智子所長らを制裁対象に指定したことをめぐり、愛知県弁護士会(長谷川龍伸会長)は8月24日、日本政府に毅然とした対応を求める会長声明を発表した。

赤根所長は名古屋市出身で、名古屋大学法科大学院や中京大学法科大学院で派遣検察官として教鞭を執った経験もある。愛知県弁護士会は昨年8月に主催した憲法講座に赤根所長を講師として招くなど、同会と赤根所長の間には以前から関わりがあった。

今回の声明は、同郷でもある赤根所長を含むICC関係者への制裁について、改めて強く抗議するものだ。

クレジットカードやGメールが使用不可に

米政府は8月18日、ICCの赤根所長と上級法廷法律家のアブドゥライ・セイ氏を制裁対象に指定した。

これにより両氏は米国内の資産を凍結され、米国への入国を禁止されるほか、事実上、米国の金融システムからも遮断されることになる。

23日付の産経新聞の電話インタビューで、赤根所長は、制裁の影響により今後、米国企業が発行するクレジットカードや、Gメールを含む米IT大手のサービスなどが利用できなくなると語っている。

ルビオ米国務長官は、制裁の理由として、ICCが米国などその管轄権を認めていない国の政府当局者らに対しても捜査や逮捕・訴追を行おうとしていることを挙げたうえで、「腐敗し、致命的なまでに政治化された超国家的な裁判所」などとICCを非難している。

これに対し愛知県弁護士会は、赤根所長とセイ氏の職務遂行を理由とした今回の制裁措置に「強く抗議する」としている。

数年前から高まっていたICCへの圧力

ICCは「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」(コア・クライム)を扱う、世界初の常設国際刑事司法機関だ。

「コア・クライム」とは、ICCを設立したローマ規程が管轄対象として定める4つの犯罪(ジェノサイド犯罪、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪)を指す。ローマ規程は、これらを「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」と位置づけている。

声明で愛知県弁護士会は、こうした犯罪は国家が関与することが多く、領域国の国内裁判所による処罰が困難であると指摘。

そのうえで、ICCの使命を「法と証拠に基づき個人の刑事責任を追及し、被害者の苦しみに光をあてることによって、人類全体の平和と安全及び人間の尊厳を維持すること」と説明している。 

なお、同会は2025年3月にも「国際刑事裁判所の独立性と公正性を守ることを求める会長声明」を発表している。この声明の背景には、ICCをめぐる国際的な圧力の高まりがあった。

ICCは2023年3月、ロシアがウクライナの占領地域から子どもをロシア側に移送したことが戦争犯罪にあたるとして、ロシアのプーチン大統領らに逮捕状を発出。これを受け、ロシア政府はカリム・カーン主任検察官や赤根智子裁判官(当時)らを指名手配していた。

さらに2025年1月には、ICCが2024年11月にイスラエルのネタニヤフ首相らに逮捕状を発出したことへの対抗措置として、米国議会下院がICC関係者に制裁を科すことを可能にする法案を可決。

法案はその後、上院で否決されたものの、トランプ米大統領は同年2月、ICC関係者への制裁を可能にする大統領令に署名した。

愛知県弁護士会は当時の声明で「裁判官の独立は堅持されるべきであって、その判断は、司法判断そのものであり、尊重されるべきものである」と指摘。

日本政府に対し、ICCの判断を独立した司法判断として尊重することに加え、ICCへの非協力的な活動や制裁の実施に明確に反対する立場を示すよう求めていた。

しかし、その後も米国による制裁対象は次々に拡大し、今回、現在のICCの長である赤根所長にも及んだ。

愛知県弁護士会は、こうした制裁の拡大を受け、2025年3月の声明に続いて、今回もICCの独立性と公正性を守るよう日本政府に求めた。

「国際刑事司法制度全体の存立にかかわる」

愛知県弁護士会は、今回の制裁措置に抗議する理由として、三つの問題を挙げている。

一つめの問題は「司法権の独立に対する重大な侵害」。

声明は「裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、法にのみ従うべき存在である」と指摘。

そのうえで、司法判断などの職務遂行を理由に資産凍結や入国禁止といった不利益を科されれば、裁判官が判断の内容によって自らに及ぶ不利益を恐れ、独立して職務を行えなくなると説明している。

さらに、国際的な金融システムからの遮断は、ハーグで職務を行う裁判官の活動基盤そのものを損なうとして、「司法権の独立の中核を否定するもの」と批判した。

二つめの問題は「法律家の職務の自由に対する威嚇」。

今回の制裁では、裁判官だけでなく、法廷で訴追活動に従事する上級法廷法律家も対象となった。

声明は、本措置がICCの裁判官や職員のみならず、弁護人、被害者代理人、証人、ICCに協力する各国の政府、企業、市民社会などに対しても「次は自らの番であるかもしれない」と告げる威嚇として機能する、と指摘。

そのうえで「法律家がその職務の遂行を理由として国家権力から不利益を受けることは、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士にとって、決して見過ごすことのできない事柄である」と主張している。

三つめの問題は、「不処罰の文化」の復活を招くおそれ。

声明は、今回の制裁が個々の裁判官らに対する不利益にとどまらず、ICCの活動能力そのものを失わせることにつながると指摘。

ICCが機能しなくなれば、国際社会は戦争犯罪などのコア・クライムを放置する「不処罰の文化」を再び許容することになる、と危惧を示している。 

また、すでにICC締約国の一部には脱退の意向を表明する動きも生じていることから、今回の事態は「国際刑事司法制度全体の存立にかかわるものである」と強調している。

米国への抗議や赤根所長への支援を日本政府に求める

愛知県弁護士会は、日本政府に対し、以下の対応を求めている。

今回の制裁措置に明確に抗議し、米国政府に即時の撤回を求めること。 ICCの判断を独立した司法判断として尊重し、引き続きICCの活動を支持・協力する立場を対外的に明確に表明すること。 立場を同じくするICC締約国と直ちに連携し、制裁を非難する共同声明の発出など、共同の行動を取ること。 赤根所長が職務を継続できるよう、渡航や金融取引などの実務面で必要な支援を行うこと。あわせて、国内の金融機関などが二次制裁を過度に恐れて過剰な対応を取らないよう、情報提供や支援を行うこと。 米国の制裁が第三国の個人や法人にも及び得ることを踏まえ、ICCに協力する日本国民や日本法人が不利益を受けないよう、保護のための法制度を速やかかつ具体的に検討すること。

声明は、日本がローマ規程の締約国であり、ICCへの最大の分担金拠出国として、また継続して裁判官を輩出する国としてICCの活動を支えてきたと指摘。

そのうえで、米国との間に緊密な関係を持つ日本だからこそ、今回の措置について率直に是正を求めることが「責任ある態度」だと主張している。

声明の最後は以下のように結ばれている。

「当会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする法律専門家団体として、ICCの独立性及び公正性が守られ、国際社会における法の支配が貫徹されるよう、ICCの取組みを広く支援し、あらゆる形での協力を惜しまないことを、ここに改めて表明する」