構想から50年以上「四国新幹線」 なぜ今動き出したのか?【徳島】
国土交通省は8月、「四国新幹線」の実現可能性や課題を探る「ケーススタディ」を行うと発表しました。
「四国新幹線」の構想が持ち上がってから、実に半世紀以上。
なぜ今、動き出したのか取材しました。
(田中角栄 元首相)
「どんなに遅くとも日本中の新幹線は、昭和61年度(1986年度)から70年度(1995年度)まで10年間に完成しようと」
「全日本が均等な政治の恩恵を受けられるようにしなければならないというのが、政治の基本であります」
四国新幹線は今から約50年前、田中角栄元首相が提唱した「日本列島改造論」に端を発します。
この日本全国に新幹線網を張り巡らせるという計画の中に「四国の新幹線」も盛り込まれ、1973年、国の「基本計画」に位置付けられました。
この「基本計画」で計画されている路線は2つ。
大阪市を起点に、徳島、高松、松山を経由して大分市に至る「四国新幹線」と、岡山から高知を結ぶ「四国横断新幹線」です。
しかし、それから半世紀以上具体的な動きはなく、四国は全国で唯一新幹線のない「空白地帯」として取り残されてきました。
実現を巡ってこれまで議論されてきたのが、本州と四国をどう結ぶのかというもの。
徳島県ではこれまで、大阪・神戸と直接つながる「淡路ルート」を求める声が強く、県としても「淡路ルート」を含めた「四国新幹線」の実現を国に求めてきました。
この場合、淡路島と徳島を結ぶ大鳴門橋は、将来的な鉄道利用を想定した構造となっているものの、本州と淡路島を結ぶ明石海峡大橋は、鉄道を通す構造にはなっておらず、新たな橋や海底トンネルなど、莫大な建設費が大きな課題となっていました。
そうした中、3年前。
(後藤田 知事)
「四国は一致して『岡山ルート』、徳島が賛同することによって四国はまとまりますので、お願いしたいと思います」
後藤田知事が、「淡路ルート」の撤回を表明。
他の3県と足並みをそろえ、「岡山ルート」への一本化が実質的に進むことになりました。
岡山ルートとは、「四国新幹線」と「四国横断新幹線」を合わせたもので、岡山から四国4県の県庁所在地を結びます。
今回、国の調査の対象となったのも、この「岡山ルート」で、岡山と香川を結ぶ瀬戸大橋は、道路と鉄道の併用橋としてすでに鉄道が通っています。
「四国新幹線」について街の人は。
(県民〈30代〉)
「できるのも知らなかった。進まんとは思うけど、進んでくれたらいいな」
(県民〈50代〉)
「もっと早くしてほしかった。新幹線ができたら違うのかなって、四国も変わってくるんかと思う」
(兵庫から出張)
「兵庫県や大阪からのルートは飛行機が飛んでいなくて、バスか岡山経由での特急とか乗り継ぎになるので、(新幹線が出来たら)仕事がしやすくなるのかな」
国土交通省が発表した今回の調査「ケーススタディ」では、輸送需要の推計や駅の位置・規模、ルート案など、実現可能性や課題について具体的な検討が行われるということです。
(県 交通政策課・橋本貴弘 課長)
「国としての動きは50年間なかったが、今回初めてといいましょうか、全国に11の基本計画路線があるが 、そのうちの2つ(四国新幹線・東九州新幹線)のうちの1つに選ばれた。選ばれたことは非常に嬉しく思っている」
新幹線で本州と四国がつながることにより、経済効果や在来線の活性化が期待されるほか、災害時の輸送手段としても重要だといます。
しかしなぜ今、50年の時を超え、再び浮かび上がったでしょうか。
(県 交通政策課・橋本貴弘 課長)
「背景として整備計画新幹線、北陸新幹線、九州新幹線の計画としては終わりが見えてきた中で」
「次の新幹線整備をどうしていくか考えていく、それは間違いなく、そういう時期なんだとは聞いている」
また、四国4県や経済団体が一体となり早期実現を求めてきたことや、国土強靭化をはじめ、インフラ整備を国家の危機管理や成長戦略として捉える動きが、強まっていることも背景にあるということです。
一方、今回の調査は、すぐに次の段階に進むものではありません。
実現までには国の法定調査を経て、整備計画への格上げが必要で、まだまだ道のりは不透明です。
ただ半世紀以上停止していた四国新幹線構想にとって、ひとつの動きであることに間違いはありません。
今回の調査が実現に向けた次の一歩につながるのか、注目されます。

