テレビ信州

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戦後81年。当時、日本から旧満州へと開拓のため多くの人が移り住んだ満蒙開拓。
長野県中野市では25日、集団自決により500人余りが犠牲になった地元の開拓団を悼む法要が営まれました。

「黙とう始めます」

中野市で営まれた高社郷開拓団の慰霊法要。
高社郷開拓団は、中野市や飯山市、木島平村など旧下高井郡の人々約700人の開拓団で昭和15年=1940年に旧満州・今の中国東北部に入植したとされています。その後、1945年の8月、太平洋戦争末期に旧ソ連軍が満州に侵攻。
開拓団は8月15日の終戦を知らされないまま逃げ、81年前の25日、500人余りが集団自決に追い込まれたとされています。

滝澤博義さん
「終戦も知らず自殺をしました。無念の自殺です」

今回の法要に、高社郷開拓団生還者として唯一参列した木島平村出身の滝澤博義さん(92)。集団自決で弟と妹が犠牲になりました。

滝澤博義さん
「いつ殺されるか死ぬか分からないというような状況でね、本当に大変みんなが覚悟していたような感じがいたします」

終戦から81年が経ち、開拓団の生還者は滝澤さんを含め3人にまで減ったといいます。

法要には、地元の高校生も参列しました。

中野西高校3年 芋川琥博さん
「昔の人たちのおかげで、平和がどれだけ尊いものかを教わったことを絶対に忘れてはいけません」

※故郷合唱

また、参列者たちは旧満州の方角に向かい唱歌「故郷」を歌いました。

日本への帰国、その願いがかなうことなく旧満州の地に眠った開拓団員に思いをはせ、平和の尊さを心に刻みました。