“日本一のハンター”赤石正男氏の境地とは

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 半世紀を超える狩猟歴で300頭ものヒグマを撃った伝説の男・赤石正男氏(74)は、愛車である1991年製のトヨタのハイラックスに、これまで何百頭ものヒグマと何千頭ものシカを積んできた。ノンフィクションライターの中村計氏が、赤石氏の狩猟に密着した。(文中敬称略)【前後編の後編】

【写真】100万円相当の超高性能スコープを使用し、狙いを定める赤石正男氏

「クマは耳の穴を撃つ。横向くのを待って、バンって」

 赤石の車の荷台に目をこらすと、ところどころに黒い筋が固着していた。赤石がこぼす。

「血はなかなか落ちねえんだ」

 赤石が120メートル先のシカのところまで車で移動する。そこに横たわっていた100キロ近いシカの首の付け根には小さな穴が空いていた。

「即死だ」

 赤石が事もなげに言う。

「だいたい前胸部を撃つんだ。首はうまく撃たねえと当たんねえから」

 前胸部、つまり肩甲骨のあたりだ。前胸部はターゲットとして面積が広く、心臓や肺などの重要な臓器が集中している。ただし前胸部に命中したとしてもシカは最後の力を振り絞り数十メートルから100メートルほど逃げることがある。そのまま藪の中に逃げ込まれると見失いかねない。

 赤石はそうさせないために、また、苦しませずに殺すという人道的な配慮から難しいネックショットを選択するのだ。

 クマのときはシカ以上に一撃必殺を狙う。手負いにしてしまう危険を避けるためだ。

「クマは耳の穴を撃つ。横向くのを待って、バンって。200メートル先の400キロのクマ撃ったときもそうだった。体撃ったってきかねえから。脳みそやらねえと」

 実は、1頭目のネックショットは序の口だった。2頭目の一撃こそ赤石の真骨頂だった。

 車のボンネットを台座にし、ライフルを固定する。その先に獲物がいるようだった。

「撃ってみるかな……」

 撃鉄が落とされる。

「当たったよー。600メーター。正確には601メーター」

 赤石が使用する100万円相当の超高性能スコープは、標的までの距離が表示される。赤石の四駆について行くと、またしてもきれいに首元を射貫いていた。

 われわれがシカの駆除に向かう際、南知床・ヒグマ情報センター主任研究員の藤本靖氏は赤石にこう告げた。

「赤ちゃん、遠射を見せてあげて。700メートル、800メートルの」

 それくらいまでは赤石の射程距離だということだ。ライフルの場合、一般的な射程距離は100から300メートル程度だ。弾丸は真っ直ぐ飛ぶわけではない。重力に引っ張られ、放物線を描く。距離が遠くなるほど弾道の落ち込みや風を計算しなければならない。

 700から800メートルともなると、話は異次元だ。毎秒1、2メートルの微風であっても数メートル横に流されてしまう。藤本が「ゴルゴ13も真っ青だよ」と冗談めかしていたが、そんな軽口も誇張とは思えないほど赤石の技術は人間離れしているのだ。

「おっかながったら獲れねえ」

 赤石はかつて弾道学のスペシャリストである森圭弘らとマグノリアという射撃研究会を立ち上げ、オリジナルの銃や弾をつくっては検証を繰り返した。今は亡き森はハーバード大でロケット工学を学んだ鬼才でもあった。

 赤石のライフルは森のアドバイスを参考に自分好みの銃身や銃床を配した赤石スペシャルとでも呼ぶべきもので、総額は100万円近くにもなる。そこに超ハイテクなスコープを装着している。赤石のライフルは、たとえるならF1カーだ。高性能過ぎて並のドライバーでは扱うことができない。

 そのライフルに合わせ、弾も自作する。遠距離からの狙撃の精度を左右するのは初速だ。赤石の弾の初速は「秒速3500(フィート)ナンボだ」という。時速に換算すれば3840キロほど。つまり音速の3倍を超える高速弾である。

 赤石は弾をつくるたびに網走の射場へ出向き、100メートル先の1円玉大の的に5発命中するよう調整する。

「変だなと思ったら、すぐ行くから」

 藤本はこうあきれる。

「また行ってんの? っていうくらい射場に行ってる。1か月に一度は行ってるんじゃない? 普通の人は半年に1回くらいでしょう」

 そこまですると、あとはスコープが自動的に中間弾道を計算し、最適な照準位置を割り出してくれる。ただし、風の影響は「勘だな」と話す。

 赤石にとっては、これらの徹底した下準備こそが狩猟の大前提なのだ。それらのプロセスを経ずに銃を向けることは、彼の言葉ではこうなる。

「あっち向いて、飛んでけって撃ってるだけだ」

 クマが山を下り、人々の生活圏にまで迫りつつある現状は、ここ標津町でも同様だ。赤石はその原因をこう喝破する。

「昔は下りてきたら、すぐ駆除したから。逃げても巻き狩りで、ぼったくり(追いかけ)回した。山に逃げても、がっつり囲んですぐやったから。今は悪さしたらやるけど、下りてきただけならほったらかしてる。だから、慣れっこになってる」

 世界遺産地域に含まれる標津町においては、クマが山を下りてきたからといって一律で即駆除されるわけではない。

 赤石はハンターの減少、高齢化もクマ出没の原因に挙げた。

「獲るだけの技術もなくなった。そっち行ったぞって言ってんのに、気づかねえんだもん。疲れっどぉ。おっかながってるしな。おっかながったら獲れねえわい」

──外したら逆襲されるんじゃないかと思うことはないんですか。

「外さねえよ」

 赤石のシカ猟に同行した日、2時間半ほどで瞬く間に5頭のシカを仕留めた。4、5頭目も約500メートルのロングショットだった。この日、使用した弾丸の数。それもまた5発だった。

(前編から読む)

【プロフィール】
中村計(なかむら・けい)/1973年生まれ、千葉県出身。ノンフィクションライター。著書に『甲子園が割れた日』『勝ち過ぎた監督』『笑い神 M-1、その純情と狂気』など。スポーツからお笑いまで幅広い取材・執筆を行なう。近著に『さよなら、天才 大谷翔平世代の今』。

撮影/二神慎之介

週刊ポスト2026年8月28日・9月4日号