100年以内に消滅!? 虫に食べられて消えゆく広島の謎の島

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虫に食われて消えゆく島「ホボロ島」

100年以内に消滅する島

 東広島市安芸津町の沖合約500mのところに浮かぶ「ホボロ島」は、地元では「消えゆく島」とも呼ばれています。

 1950年代には、ホボロ島の高さは20mほどあり、島には松などの草木が生い茂っていました。しかしその後、島は徐々に縮小し、現在の高さは6m程度しかありません。 島が小さくなる原因は、長年不明とされてきましたが、平成18年(2006)、広島大学名誉教授の沖村雄二氏らが調査を行った結果、「島を食べる虫」が原因であることが判明しました。

 犯人は「ナナツバコツブムシ」と呼ばれるダンゴムシに似た体長約1cmの節足生物で、ホボロ島に大量に生息し、岩盤に巣穴を掘ることで生物浸食を引き起こしていたのです。

 ホボロ島は、「溶結凝灰岩」という火山灰が固まってできた岩で構成されていますが、長年の風化で柔らかくなった岩が巣穴でスカスカになり、そこへ波の衝撃や冬の凍結が加わることで、年々岩が浸食され、島は小さくなっていきました。

 調査当時、島に生息するナナツバコツブムシの数は1000万匹以上と推定されましたが、なぜ、ホボロ島だけにこれほど異常繁殖したのかはわかっていません。現在、ホボロ島は干潮時に小さな岩場が露出する程度にまで縮小してしまい、100年以内の消滅が予想されています。

瀬戸内の風景から消えゆく島

「ホボロ島」の名前の由来

「ホボロ島」という変わった名前の由来は、島が竹籠(ホボロ)をひっくり返したような形をしていたためといわれています。江戸時代の史料には、周囲約364mの丸い形の島だったと書かれていますが、明治時代には中央が割れて大小2つの山になっていたと記録されています。

【昭和25年(1950)頃のホボロ島】
当時、島の高さは20m以上あったというが、この頃以降、島の浸食が急激に進み、台風のたびに目立って小さくなっていったという。なお、周辺の島の規模はほとんど変化していない。
【令和5年(2023)のホボロ島】
現在、高潮位時の海面上に見られる部分は、高さ6m、幅が8m×3mほどにすぎない。
【令和6年(2024)のホボロ島】
満潮時には島の大部分が海中に没してしまう。

【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 広島の話』監修:佐々木卓也

【監修者情報】
佐々木卓也(ささき・たくや)
野外歴史地理学研究家。第35回広島文化賞受賞(平成26年度)。昭和29(1954) 年8月1日、広島市佐伯区生まれ。間学苑:時空人論研究所主宰、ひろしま歴史街道トリップ実行委員会座長、広島地名研究会事務局代表、石垣を讃える会代表世話人、棚田学会会員(元監事)、広島市内公民館活動団体指導員、中国新聞文化センター専属講師。広島県立広島観音高等学校卒業、奈良大学文学部地理学科卒業、広島大学大学院文学研究科研究生終了、京都大学教養部人文地理学教室研修員修了。国立呉工業高等専門学校・国立広島商船高等専門学校・国立大島商船高等専門学校・広島修道大学短期大学部講師を歴任。広島県史編纂室第三部会委員・広島市教育委員会調査委員・奈良広島両県町村史編纂委員を歴任。主著『芸備両国の条里遺構』(溪水社)、共著『広島県地名大辞典』(角川書店)、『日本地名基礎辞典』(日本文芸社)、『日本石造文化事典』(朝倉書店)ほか。専門は歴史地理学・地域民俗学・文化人類学・日本地名学ほか。趣味は歴史街道散策・石垣景観探訪・旅行企画策定など。