「『こぼれてるよ』って兄に拭いてもらった気が…」たった1枚の写真で大バズりしたミス青学出身・井口綾子(29)が明かす、ミスコンの舞台裏〉から続く

 青山学院大学在学中、「ミス青山コンテスト2017」で準グランプリを獲得後、グラビアやバラエティ番組などで活躍してきた井口綾子さん。2024年には実家が経営する美容室チェーン「EXCEL」の経営に参画し、タレント業と両立しながら活動の幅を広げている。

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 そして2025年には子宮頸がんの前がん病変である「高度異形成」で手術を受けたことを公表。子宮頸がんの予防についても精力的に発信を続けている。

 そんな井口さんはデビュー当時、「水着以外に価値がないのではないか」と悩んだこともあったという。


井口綾子さん

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タレント業へ進んだきっかけ

――事務所に所属されたのは青山学院大学のミスコン出場がきっかけですか。

井口綾子さん(以下、井口) そうですね。ミスコン後に声をかけていただいて、事務所に所属しました。

――卒業後はそのままタレント活動に入られていますが、就職活動もされたんですか?

井口 小さい時から芸能界に興味があったんですけど、ずっと父に反対されていて。

 父からは、「テレビとかに出たいんだったらアナウンサーになったらいいんじゃない?」とアドバイスされていたこともあって、フレッシュキャンパスコンテストや青学のミスコンに挑戦した経緯がありました。なのでアナウンサー試験も受けていたんですけどご縁がなくて。

 ただもともとタレントになりたかったし、ポジティブに考えれば、「自分がやりたかった方向に舵を切れるってこと」「これで人生が終わるわけじゃない」と自分を鼓舞して徐々にタレント業に進む道へと立ち直った感じです。

グラビアデビューに祖母が大激怒して家族会議

――もともとお父さまは芸能界に反対だったんですね。

井口 芸能界は怖いところ、というイメージがあったようです。

 大学4年生の時に『週刊プレイボーイ』でグラビアデビューする際も、「健康的なものだったらいいよ」と納得してもらったんですが、今度は祖母が、「水着=裸でしょ!」とものすごく怒ってしまって。「芸能界を辞めるか縁を切るか選べ!」と、大事になりました。

――おばあちゃんから呼び出されたんですか。

井口 親戚から「綾子ちゃん、裸になってるわよ」みたいな連絡が来てグラビアを知った祖母はもう大激怒で。家族会議になって私も大泣きしました。

 結局会議では結論はまとまらなかったんですけど、黙認というか、その後の写真集は一切見せてないです。

グラビアに出ると結構キツいDMが…

――グラビア活動をする中で嫌な思いをしたことはありましたか?

井口 もともと自分が性的な対象として見られることには抵抗があるタイプなんですが、グラビア撮影自体は皆さんプロとして仕事に徹して接してくださるので、そこは全く嫌な思いはせず、むしろ楽しく撮影していました。

 ただ、グラビアに出ると結構キツいDMがきて、それはしんどかったですね。

――ひどいですね。

井口 そういうDMが日々届くことで蓄積されていくしんどさはありましたね。

 芸能界に入ってからはバラエティで頑張りたいと思ってたんですけど、その時はコロナの影響で新人がテレビに出ていくのが難しくなっていて。そういう時、すぐに話題になりやすいのがグラビアなんですよね。

 

 事務所の方はいろんな売り出し方を必死に模索してくれていたので全然悪くないんですけど、私自身、グラビア以外でバズるような代替案を出せるわけでもなく。

 そうするとだんだん、自分には水着以外に武器がない、無価値な人間のように思えてきてしまって、それも結構きつかったです。

バラエティーでは爪痕を残そうと無理して人に噛みついて…

――DM以外に、実際の身の回りで嫌がらせはなかったですか。

井口 それはなかったですね。ちょっと話はそれますけど、私、人生で一度だけ痴漢に遭ったことがあって、その時は相手の手を掴んで駅員さんに連れて行ってもらいました。

――黒髪の女性は痴漢に遭いやすいという話もよく聞きますが。

井口 なんだろう、気の強さがにじみ出ているのかな(笑)。実際、リアルに会う男の人から、なめてかかられるようなこともほとんどなくて。

 あとは父から、「男は性的な興味を持ったらロクでもない」とか、「ほいほい体を許したら皆に噂されて価値のない人間になるぞ」みたいなことを小さい時から言われ続けていて、警戒心が強いのもあるのかもしれません。その教えのせいでこじらせている部分もあると思いますが(笑)。

――グラビアだけでなくトーク番組でも活躍されていますが、そこもまた生き馬の目を抜く世界ですよね。

井口 20代前半の時はかなり無理してましたね。当時のオンエアは恥ずかしくて見たくないくらいです。

――キャラ付けがあったというか。

井口 キャラというより、求められていることをしっかりやって成果を出さなきゃ、という思いがすごく強かったんですね。

 でも私自身、何か面白みがあるわけでもないので、場を盛り上げなきゃと思った時に、誰かに噛みつくことで爪痕を残すくらいしかできなかったというか。しかも無理してやっているのがバレバレで、見ていて疲れる感じだったと思います。

――「この人には勝てない」みたいに思った人っていましたか。

井口 ご一緒したことはないですけど、滝沢カレンさんは自然に面白い返しができるのがめっちゃすごいなって思ってました。

 自分自身、全部中途半端だなっていう自覚はあって。おバカでもないけどものすごく賢いわけでもなく、お嬢様かというと、そこまでお金持ちなわけでもなく。

「自分って何が強みなんだろう」と悩んでいた時期も

――ご実家が有名な美容室チェーンだということは、芸能界でも明かしていたんですか? 

井口 隠してもなかったですけど、そんなにアピールもしていなかったですね。 

 一度、「お嬢様軍団」みたいな企画で出たこともありますが、本当のお金持ちの家庭って桁違いじゃないですか。でもうちはそんな感じでもないし、裕福エピソードみたいなのも本当に大したことないといいますか、小さい時に家族でハワイに行ったとかそんなレベルで。それもエコノミーで行ってますし。

――サイゼリヤとかも行きます?



井口 立ち食いそばとかデニーズとかはよく行ってました。金銭的な教育も厳しかったですし、小さい時から「本当のお金持ちは見せびらかさないものだ」と言われて育ちました。 

 だからお小遣いとかも普通で、お金持ちエピソードも大してない。何かひとつ突出したキャラクターや肩書きがあるわけでもなかったので、「自分って何が強みなんだろう」と悩んでいた時期もありました。

 当時は20代前半だったこともあって、求められている像で考えると、男の人が教えてあげたくなるような、ちょっと天然な感じなのかなと、自分でマーケティングしたりして。

 でも、そうやって考えて作ったキャラでは結局振り切れなかったし、自分自身、楽しむことも難しかったです。

「自分はきれいでいなくてもいいのかな、って思うことがあって」

――今はタレント活動だけでなく美容のお仕事もされていますが、“見られるお仕事”ならではのしんどさはありますか。

井口 ちょっと違うかもしれませんが、コロナの時は今より15キロぐらい太っていたんですけど、マネージャーさんとのコミュニケーションの中で、自分はきれいでいなくてもいいのかな、って思うことがあって。

――「きれいでいなくてもいい」?

井口 当時のマネージャーさんから、「あなたはビジュアル売りじゃない」と言われて、それで糸が切れちゃったんです。身長160センチなんですけど、最高で56キロまでいきました。

 小さい時に太ってたというコンプレックスもあって、私は自分の見た目にずっと執着があったんです。

写真=榎本麻美/文藝春秋

〈「もともと胸が大きくコンプレックスで…」“モッツァレラボディ”の井口綾子(29)が明かす、“外見至上主義”への思い〉へ続く

(小泉 なつみ)