SNSやショート動画サイトを見ていると、かなりの頻度で「かわいいネコの動画」が流れてきます。ネコ動画は多くのユーザーから人気を集めていますが、中には動画中でネコが嫌がっていたり苦痛を感じていたりするものもあります。そんな動画に映るネコの苦痛などの反応に、ネットユーザーはほとんど気が付いていないとの研究結果が報告されました。

Full article: Exploring Viewer Perceptions of Videos Depicting Cat-Dissented “Play” and Their Potential to Contribute to Harmful Interactions

https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/08927936.2026.2708478

We're Not Taking Harmful Cat Behaviors on The Internet Seriously Enough, Researchers Warn : ScienceAlert

https://www.sciencealert.com/were-not-taking-harmful-cat-behaviors-on-the-internet-seriously-enough-researchers-warn

オーストラリアのアデレード大学獣医学部の博士課程に在籍するジュリア・ヘリング氏らの研究チームは、YouTube・TikTokInstagram・Facebookで「ネコと遊ぶ」「ネコが飼い主と遊ぶ」「ネコとじゃれ合う」といったワードで検索を行い、人間とネコの交流が映された動画11本を見つけました。

これらの動画はすべて制作者によって「遊び」と分類されていましたが、いずれもネコが威嚇する「シャー」という音を立てたり、人間から逃げようとしたりするなど、ネコが苦痛を感じている明白なサインが確認されたとのこと。研究チームはこれらの動画に付いたコメントのうち最初の100件を分析し、視聴者がネコと人間のやり取りをどのように評価したのかを分析しました。



コメントを分析した結果、各動画に付いたコメントの75〜93%はネコと人の交流について肯定的な内容でした。11本の動画のうち6本では批判的なコメントが10%未満しかなく、批判的なコメントが最も多い動画でも19%にとどまったと報告されています。

論文では、「今回の研究に含まれるすべての動画のように、ネコが示す初期の否定的サインが認識されなかったり無視されたりすると、ネコは急性のストレスを経験します。そして望ましくないやり取りが繰り返されると、ストレスが慢性化するかもしれません。これはネコの健康と幸福に深刻な影響を与える可能性がありますが、ネコの反抗的な行動は視聴者によってしばしば軽視されました」と指摘されています。

さらに研究チームは、コメントの内容に基づいて視聴者の態度を9種類に分類しました。このうちの1つが、「もしネコが気に入っていなかったらわかる」というもので、ネコが交流を楽しんでいなければもっと嫌がったり、単にその場から離れたりするだろうという考えに基づいてコメントしていました。

他には、苦痛のサインを誤解した「翻訳の誤り」、ネコは人間が遊んでいるだけだとわかっているはずだとする「ネコは理解している」、否定的なやり取りも最終的には何らかの良い結果をもたらすだろうとする「ネコを味方にできる」、ネコの反抗的態度を美化する「これがネコの愛である」、ネコの行動は捕食者本能を満たすものだとする「内なる捕食者を満たす」、かわいさに目がくらんですべてのシグナルを見過ごす「でもネコはかわいい」などがありました。最後の2つのカテゴリーは、ネコが嫌がっていること自体を楽しむ「ただ笑っているだけ」、動画に対する批判的なコメントを攻撃する「視聴者は黙っていろ」でした。

研究チームは、「ソーシャルメディアはコンテンツの問題に関係なくエンゲージメントを奨励するアルゴリズムを通じて、こうした認識を増幅させる可能性があります」と述べ、ネコの飼い主のメディアリテラシーやソーシャルメディア依存の度合いが、動物福祉を向上させる介入策において重要かもしれないと指摘しています。



また、嫌がるネコを撮影し続けることの悪影響は飼い主にも生じており、11本の動画のうち7本には人間の負傷が映っていました。これらの負傷は軽微だったものの、わずかな傷口からネコが持つ病原菌が感染するリスクもあります。

研究チームは今後の対策として、コンテンツ視聴時の先入観や認知バイアスに対処するための取り組みをさらに進めるべきだと提言しています。また、ネコの反抗的な行動がどのようなものかを周知し、動物の苦痛を常態化させるソーシャルメディア上の要素を取り除くことも必要だと主張しました。