杉谷拳士、中田翔の才能に衝撃「自分が野球やってるのが…」
その後、2008年にファイターズへ入団し、14年間にわたるプロ野球人生をスタート。そこで出会ったのが1学年上の中田翔。「1歳上に中田翔という名前で震え上がってしまうような怪物の先輩がいて」と切り出した杉谷は、「中田さんの間近で見たスイング、打球音、打球の飛距離。1スイング目で『持ってるものが違うな』と感じました」と初めて目の当たりにした中田の才能を回顧。「『世の中には才能を持った選手っているんだな』と思って、自分が野球をやっているのがバカバカしく思えた」と衝撃を吐露。その後、中田との才能の差を実感した杉谷は、「じゃあプロの世界でどう生きていくんだ」と自身の生き残る道を模索。「全部のポジション守れたら1軍でプレーするチャンス増えるな」「走れなきゃいけないな」と考え、さらに「ファイターズには元気があってとってもらっているから『野球を愛しながらプレーしよう』」と決意したという。杉谷は「中田さんに1年目に会えていなかったら、もしかしたら同じ土俵に立って勝負して、結局その勝負に敗れて、3~4年でクビになっていた可能性もあった」と振り返り、「1年目で中田さんのプレーを見られたのは、自分を変えるきっかけにもなった」と“怪物”との出会いが自身のプロ野球人生を変えたことを明かし、さらには“大将”中田の逸話や兄弟分として過ごした現役時代のエピソードなども披露。
入団3年目には1軍に定着し、試合に出場できない日もベンチから明るく仲間を鼓舞し続けた杉谷。しかし、プロ4年目頃になると持ち前の“明るさ”を揺るがす出来事が。「同僚だったり目上の方たちが『あいつうるさいぞ』と言われるようになった」と回顧した杉谷は、さらに「お前一人でやってるわけじゃないんだよ」「そんな声出してプレーするんだったらそれはアマチュア」などと言われたことで、「チームに迷惑をかけている」と考えるように。「誰にも存在を知られないようにそっとプレーしていた」と自分らしさを失っていたとか。そんな姿を見て声をかけたのが、当時監督を務めていた栗山英樹氏。監督室に呼ばれ、「けん制はアウトになる。守備はトンネル。バントは失敗する。お前何が残ってんだよ」と厳しい言葉を投げかけられた杉谷は、「心の中では『めちゃくちゃ監督言うな』と思った」と回顧。しかし、続けて栗山氏から「お前元気しかないだろ」「いいんだよ、人のことは。お前野球好きなんだろ」と問いかけられ、「大好きです」と答えると、「じゃあいいじゃないか。グラウンドで自分が野球好きだったら100%プレーしなさい」「杉谷拳士は杉谷拳士でしょ。拳士らしく前に進みなさい」と背中を押され、「人は人、自分は自分」と吹っ切れたという杉谷。「あの時あのタイミングで栗山監督に言葉をもらってなかったら、今の僕は本当にいない」と自身を救った恩師への感謝を語った。
番組ではほかにも、帝京高校時代の試合体験や引退を迷っていた際に栗山氏からかけられた言葉、引退試合で新庄剛志監督から贈られた言葉についても明かしている。
プロテストでの挫折、“怪物”中田翔との出会い、自分らしさを見失った苦悩、そして14年間のプロ野球人生に別れを告げるまで。「全力空回り」だったと自身の人生を振り返る杉谷拳士が、“あの頃の自分”へ贈った言葉のすべてはABEMAにて配信中。
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