筆者が聞いた合唱のリーダー、シャアシャアシャアと元気に鳴くクマゼミ

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合唱をリードするのがアブラゼミからクマゼミへ

 この8月初旬のとある朝、地下鉄の九段下駅から地上に出たその瞬間、仰天した。というか、一瞬、ここは大阪で、自分は東京にいるつもりになっているが、なにかの錯覚ではないか、とさえ思った。それは耳に飛び込んできた音を受けてのことだった。日本武道館がある北の丸公園(旧江戸城北の丸)と靖国神社に挟まれたその場所は、セミの大合唱が喧しいのだが、合唱をリードしているのは、これまではアブラゼミだったのに、クマゼミに入れ替わっていたので驚いたのである。

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 1970年代から80年代、東京や横浜でクマゼミの声が聞こえることは、ゼロではないまでも稀だった。それが21世紀を迎えたころから徐々に増え、ここ10年ほどは、鳴き声がごく普通に聞かれるようになった。とはいえ、セミの合唱をリードするのは、東京や横浜ではアブラゼミだと相場は決まっており、そこにクマゼミの声がいくらか混ざる程度だった。ところが、その日、私が聞いた合唱は、あきらかにクマゼミが主体で、全体をリードしていた。

筆者が聞いた合唱のリーダー、シャアシャアシャアと元気に鳴くクマゼミ

 筆者が昆虫少年だった1970年代から80年代にかけて、東京や横浜で鳴き声が聞けるセミは、ニイニイゼミ、ヒグラシ、アブラゼミ、ミンミンゼミ、ツクツクボウシの5種類だった。

 6月終わりか7月頭に、ニイニイゼミが「ニー」と「ジー」の中間のように聴こえる小さめの声で鳴きはじめ、雑木林の夕暮れ時や朝には、7月10日ごろからヒグラシが「カナカナカナカナ」と高い声で合唱をはじめる。7月下旬になるとアブラゼミが「ジー」と「ギニギニ」のあいだの声で大合唱をはじめ、以後はこれがセミの合唱をリードする。同じころミンミンゼミが「ミーンミンミン」と甲高く鳴き出すが、ほかのセミのように合唱はぜず、オーケストラのソロ・パートのように独り鳴く。ほかのセミの声が減りはじめると、ツクツクボウシの「オーシッツクツク」という声が目立ちはじまる。これらに対して、「シャアシャアシャア」と元気よく鳴くクマゼミは、稀にいることがあっても無視していい数だった。

 だが、父の実家がある静岡県掛川市にいくと、聞き慣れないクマゼミの声が耳に入るので感動したものだ。また、1990年代の後半だっただろうか、夏に大坂城に行って、クマゼミが大音量で合唱しているのを聞き、東京や横浜との違いに驚いた。騒音レベルはアブラゼミが70〜80dBなのに対してクマゼミは80〜90dBだといわれる。70dBは騒々しい街頭ぐらいの音量なのに対し、90dBになると工事現場の騒音にも相当するというから、クマゼミがいかに大音量で鳴くかがわかるだろう。

 もっとも、筆者はうるさくて驚いたのではなく、聞こえる音が全然違うこと、つまりセミの分布が東京と大阪ではまったく違うことに驚いたのだが。

温暖化とヒートアイランド現象が原因

 ともかく、冒頭で述べた九段下駅の外で聞いたセミの合唱は、大阪で聞けるそれとほとんど一緒だったので、筆者は「ここは本当に東京か?」という錯覚にとらわれたのである。クマゼミは国内に生息するセミのなかでは最大級で、真っ黒い体は頭から尻まで45〜52ミリあり、透明な羽を含めると63〜70ミリほどになる。それにしても、なぜ東京でクマゼミがこうも増えたのだろうか。

 以前、以下のような仮説が提示されていた。南方系のセミであるクマゼミの卵は、東京の冬の寒さに耐えられずに死んでいたが、温暖化およびヒートアイランド現象で、東京でも卵が越冬できるようになった――。筆者もそれを読み、納得していたが、その後の実験で、クマゼミの卵は冬の寒さにも耐えられることがわかった。

 とはいえ、気温の上昇および都市部のヒートアイランド現象によって、南方系のセミが生息しやすい環境が生まれていることはまちがいない。また、やはり気温の上昇と関係するが、幼虫が孵化する時期が早まり、梅雨時と重なるようになったことで、乾燥を免れるようになり、土にも潜りやすくなって、生存率が上がった、という指摘がある。

 もうひとつ、東京や横浜のクマゼミは、常緑樹が多い場所で数が多くなる傾向があるという。たしかに北の丸公園や靖国神社の周辺にも常緑樹が目立つ。元来、西日本には常緑樹が主体の照葉樹林が多く、関東は落葉広葉樹林が多いという違いがある。だが、都市化によって東日本にも常緑樹中心の公園などが増えている。つまり、クマゼミの増加には温暖化と並んで、公園などを整備する際に地域らしさが顧みられない影響もあるものと思われる。

南方系の昆虫が続々と東京に

 今年も7月中旬以降、急激に暑さが増し、最高気温が35度以上の猛暑日を記録する地点が、前例のないペースで増加し、最高気温40度以上の酷暑日も過去最多となっている。だからといって、北方に移住する人はあまりいないと思うが、昆虫のような小動物が住む場所は、こうして確実に変わってきている。

 ほかに例を挙げれば、日本で最大級のアゲハチョウであるナガサキアゲハ。シーボルトが長崎で採集したことから、そう命名されたというこの南方系のチョウは、かつては九州や四国、本州では山口県などで見られた。昭和47年刊行の『標準原色図鑑全集1 蝶・蛾』(保育社)には、〈岡山・島根・鳥取県下ではわずかの採集記録があるだけで少ない。近畿地方では兵庫・大阪・和歌山県下でえられているが、少なくとも大阪の記録は迷チョウと思われる〉と書かれている。

 そんなチョウがいまでは、東京や横浜でも珍しくなくなり、新潟県や東北地方でも見つかっている。やはり冬の気温の上昇が、北上の主因とみられている。

 お尻の部分にうちわ状の突起があるタイワンウチワヤンマも、九州や四国でしか見られなかったのが、いまでは東京でも珍しくない。冬の寒さが和らぎ、北方でもヤゴが生存できるようになった、と考えられている。

 ツマグロヒョウモンも、いまでは東京や横浜の住宅街や公園で、それこそモンシロチョウ並みに当たり前に見かける蝶だが、上述の図鑑にはこう書かれている。〈日本では本州西南部以南に広くふつうに産し、南西諸島にも多い。北海道や本州北部ではわずかの採集例があるのみ〉。実際、1990年代までは関東地方ではほとんど見られなかったが、いまではすっかり大衆的なチョウとなった。

 増えた原因には気温上昇やヒートランド化に加え、食草の流通が指摘される。前述のナガサキアゲハも食草である柑橘系の樹木が北方に流通するにつれて北上した、という指摘がある。ツマグロヒョウモンも同様に、食草となるパンジーなどスミレ科の植物の苗が流通するのにともなって、卵や幼虫が運ばれたとされる。だが、温暖化していなければ、運ばれた場所で繁殖できなかった、と考えるのが自然だろう。

海中の様子もすっかり変わっている

 身近な昆虫を観察している人は、案外、少ないかもしれない。だが、じつは、私たちの周囲にいる昆虫たちは、こうして新参者が増え、その新参者が主導権を握るなど、温暖化の影響で顔ぶれが入れ替わっているのである。

 こうした変化は、われわれを取り囲む生態系の各方面で起きている。たとえば、潮の流れに乗って、たいした力を使わずに遠くまで移動できる魚など海の生き物は、昆虫以上に生息域の変化が急激だ。海水温が上昇したことで、高い水温を好む魚は、生息する海域が北方へと拡大し、もともと低い水温を好む魚は、日本周辺まで南下する個体が減少してしまっている。

 比較的南方の海域にいたタチウオやイセエビなどが、東北で豊漁になっているのはその一例だ。一方、冷たい海を好むサケやマス、スルメイカなどは、日本近海での漁獲量がどんどん減っている。海中の様子は陸からは見えないが、激しく変化しているようなのだ。

 私たちはこの変化にどう対応すればいいのか。一人ひとりにできることは小さいが、せめて、どんな変化が起きているか、ということは知っておいたほうがいい。それは、自分自身が現在、どんな環境のもとに生きているのかを知ることにほかならないからである。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部