【村上 茂久】直営店モデルのスターバックス「フランチャイズビジネス」にシフトする可能性も…日本法人の売却検討は資金難による「苦肉の切り売り」ではなかった
4000億〜5000億円規模とされるスターバックス日本法人の売却報道を受け、一部で米国本社の経営危機説が浮上している。しかし、決算書を読み解くと実態は全く異なる。
売上高が371.8億ドル(約5.9兆円、1ドル160円で計算。以下同)と過去最高を更新する一方、営業利益は半減しているが、これは不採算店舗の閉鎖や従業員の待遇改善など、米国事業の苦戦を打開するための「大手術」を断行した影響だ。実際、直近の四半期決算では増益に転じている。 また、手元資金の減少や80億ドル超の債務超過も資金難を意味していない。
前編記事〈「米国スターバックス」の経営不振は本当か?財務データの徹底分析で判明した「王者の余裕」〉で詳しく解説している。
では、なぜ日本法人売却の可能性が浮上しているのか?
『決算分析のプロが教える 最高の教訓 倒産』の著作もある株式会社ファインディールズ代表取締役の村上茂久氏が、スターバックスの財務データを徹底分析する。
なぜ日本法人の売却を検討?
ここまでの分析で、スターバックスは本業で十分にキャッシュを稼いでおり、資金繰りに窮しているわけではないことがわかりました。では、なぜ最大5000億円とも評価される優良資産である「日本法人」を手放そうとしているのでしょうか。
5000億円という金額は確かに大きいですが、スターバックスが稼ぐ営業CFの1年分47.5億ドル(約7600億円)にも満たない額です。わざわざ日本法人を売却する必要はありません。
スターバックスが日本法人を売却する真の理由は単なる現金の補填ではなく、ビジネスモデルの抜本的な転換、すなわち「アセットライト化(資産を持たない経営)」による利益率の劇的な改善にあります。
現在スターバックスは、全社的な目標として「2028年までに営業利益率を少なくとも13.5%に引き上げる」ことを掲げています。自社で店舗の家賃や設備費を負担し、従業員を直接雇用する「直営モデル」は、売上が大きい反面、莫大な固定費と資本が必要となります。
一方、現地のパートナー企業に運営を任せる「ライセンス(合弁)モデル」に移行すればどうでしょうか。
店舗運営に関わる重いコストやリスクを切り離しつつ、売上に応じた安定したロイヤリティ収入を得られる、極めて高利益率なビジネスモデルへと変貌します。
コメダHDの「高収益体質」
この「ライセンスモデル」の利益率の高さを示す非常に良い比較対象があります。日本の喫茶店チェーンの雄である「コメダ珈琲店」を展開する、コメダホールディングス(以下、コメダ)の有価証券報告書を見てみましょう。
図表10の通り、コメダは直近の2025年度(2026年2月期)において、約16.5%という高い営業利益率を叩き出しています。スターバックスの直近の利益率が約7.9%であることを考えると、その収益性の高さは際立っています。
コメダがこれほどの高利益率を実現できている最大の要因は、「フランチャイズ比率の高さ」です。2026年2月期において国内店舗の95%以上をFC加盟店が運営しており、コメダ本部は直営店特有の重い家賃や人件費を負担することなく、加盟店へのコーヒー等の卸売やロイヤリティによって効率よく利益を稼ぐ「アセットライト」な経営を体現しているのです。
実際、図表11でコメダとスターバックスのP/L構成を比較してみると、売上に占めるスターバックスの運営費の割合に対し、コメダの人件費の割合が低いことは一目瞭然です。
ただし、コメダの場合、売上高に占める原価がスターバックスの倍以上になっています。これは、コメダはフランチャイズ展開が中心であり、売上高の68%が卸売になっているためです。売上の大半が卸売のため、原価の割合も高くなっています。一方で、店舗の運営にかかるコストは少ないため、営業利益率は16.5%と高い水準を実現できているのです。
スターバックスの反撃が始まる
今後はスターバックスもまた、コメダのようにグローバル市場においてこのライセンスモデルの旨味を最大限に享受しようとしています。事実、同社は直近の2026年春に、同じく巨大市場であった中国の直営事業の株式60%(約31億ドル相当)を投資ファンドのBoyu Capitalへ売却し、ライセンス方式へ移行したばかりです。
日本事業の売却検討やIPOの選択肢も、決して経営難による「苦肉の切り売り」ではありません。高く評価される優良資産をあえて現金化し、その巨額の資金を今後の成長ドライバーである「ブランド強化」や「デジタル機能の拡充」へ集中投資しつつ、自らのビジネスモデルを直営から高収益なライセンスモデルへと変えるための試金石と言えるでしょう。
ニュースの見出しだけを追うと、「米スタバの経営悪化のツケで、優等生の日本法人が身売りされる」というネガティブなストーリーを描きがちです。しかし、決算書という一次情報を丁寧に読み解くと、全く別の事実が浮かび上がってきます。
スターバックスは今、インフレや米国市場の停滞という逆風の中で「リストラ」という痛みを伴う大手術を終え、ようやく増益へと反転し始めました。そして、さらなる高収益体質(アセットライト化)への脱皮を図るべく、中国や日本といった巨大市場のビジネスモデルをダイナミックに転換しようとしています。
日本法人売却の行方はまだ最終決定されていませんが、この動きは業績の悪化や資金繰りの対応によるものではなく、スターバックスが「次のステージ」へ向かうための極めて積極的な経営判断だと言えるのです。
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