「“一生働かない”というのが、夢だったんです」〈資産1億円突破でFIREの45歳独身男性〉、半年後に仕事復帰を決意した「1通の通知」
資産形成を果たし、理想の「一生働かない生活」を手に入れたはずの男性。しかしFIRE達成から半年後、手元に届いた「1通の通知」をきっかけに事態は一変します。男性の事例から、FIREにより失うものについて見ていきます。
「夢は叶った」はずだった
「もう会社には戻りません。一生働かない。それが目標でした」
東京都内で暮らす中村翔太さん(45歳・仮名)は、そう振り返ります。新卒で入社したIT企業に22年間勤務しました。年収は最後の3年間で約980万円。独身だったこともあり、生活費を月18万円ほどに抑えながら、給与の大半を全世界株式の投資信託と米国ETFへ積み立ててきました。
ボーナスもほぼ全額を投資に回し、35歳で資産5,000万円、40歳で8,000万円、そして44歳の春、資産は1億300万円に到達しました。
「もう十分だと思いました。年間生活費は約300万円。4%ルールで考えても問題ないと判断したんです」
退職後は、朝5時に起き、犬の散歩をし、図書館へ通い、投資の情報収集をする毎日でした。家賃は月11万円。食費5万円。光熱費と通信費で3万円。趣味や交際費を含めても月の支出は25万円前後。運用益で十分暮らしていける計算です。
「会社員の頃より、毎日が健康的でストレスも少ない。充実していました」
転機は、会社を退職してから半年後でした。手元には富裕層向けクレジットカードの案内がありました。空港ラウンジ、ホテル優待、コンシェルジュサービス――旅行好きだった中村さんは、「せっかくだから申し込んでみよう」と軽い気持ちで手続きを進めます。
申込画面には勤務先を入力する欄がありましたが、「退職済み」と記入しました。職業欄は「無職」を選択しました。
数日後、届いた通知は、短いものでした。
「今回はご希望に添いかねる結果となりました」
何度読み返しても結果は変わりません。資産は1億円以上あります。住宅ローンもありません。税金を滞納したこともありません。それでもカード会社から見れば、「継続収入のない無職」と判断されたのです。
「資産はあるのに、信用はないんだ……」
その瞬間、胸の内がざわっとしました。
中村さんのように、働く意志を持たず投資益などで暮らす人は、労働統計において「非労働力人口」に分類されます。総務省『労働力調査(詳細集計)2025年(令和7年)平均結果』によると、同年の日本の非労働力人口は3,940万人(前年比69万人減)。非労働力人口とは、15歳以上人口のうち、就業者でも完全失業者でもなく、通学や家事、あるいは自発的な不就業などで求職活動をしていない人を指します。
どれほど多額の資産(ストック)があっても、安定的な労働収入(フロー)がない場合、信用審査で「非労働力」として扱われ、クレジットカード発行等の障壁となることがあるのです。
思わぬ壁が続き…下した決断
カードだけでは終わりませんでした。賃貸マンションの更新時、不動産会社から収入証明の提出を求められました。前年の源泉徴収票はあります。しかし現在の収入はありません。
「投資収益があります」
そう説明しても、担当者の反応は鈍かったそうです。
「最終的には更新できました。でも保証会社から追加書類を求められました。会社員だった頃には一度もなかったことです」
さらに住宅ローンを利用した投資用不動産の購入も検討しました。しかし金融機関から返ってきた答えは厳しいものでした。
「資産は十分ですが、安定収入が確認できません」
資産1億円という数字より、「現在の給与」が優先されたのです。
「会社員だった頃は、収入があることを当たり前だと思っていました。でも辞めた瞬間、それまで持っていた信用まで一緒になくなるとは考えていませんでした」
その後、中村さんは知人の紹介でIT企業の業務委託を引き受けました。週3日勤務。月収は約35万円。生活費を十分に賄える額ですが、働く目的はお金ではありませんでした。
「資産は減っていません。むしろさらに増えていきます。でも、社会的信用がないことを突きつけられ、社会との接点を完全になくすことにリスクがあると感じたんです」
金融経済教育推進機構『家計の金融行動に関する世論調査[単身世帯調査](2025年)』によると、単身世帯の人が「経済的な豊かさ」を実感する条件は「ある程度の額の金融資産の保有」が49.5%で最多でした。一方で「心の豊かさ」を実感する条件は、「経済的な豊かさ」の45.1%を上回り「健康」(53.7%)が最も高く、さらに「趣味の充実」(30.1%)や「時間的な余裕」(29.1%)が続きます。
資産を築いて経済的自立を得ても、ただ仕事を辞めるだけでは真の幸福感や心の豊かさにはつながりにくいのが実情。中村さんが自由を得た上で再び社会との接点を求めて働き始めた選択は、非常に合理的であるといえます。
「FIREは、経済的自立と早期リタイアを目指すものですが、私にとって“仕事をしないこと”はゴールではありませんでした。何にも左右されない働き方を決められる。そんな自由を手に入れることが、私にとっては価値のあることだったのです」

