愛犬の散歩(イメージ)

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 犬や猫との共生は、われわれの暮らしにかけがえのない潤いを与えてくれる。が、とりわけ高齢者は、先々を懸念して「大切な家族」を迎え入れることをちゅうちょしてしまいがちである。そんな現状を改善するための試みについて、科学ジャーナリストの緑慎也氏がレポートする。

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「飼い猫と暮らしていると、ご飯の用意やトイレの掃除といった日々の世話があって、自分の生活に張りが出ます」

 岐阜県在住の植松みちこさん(83)は13歳のオス猫フクちゃんとの暮らしをそう語る。約30年前に夫を亡くし、息子たちも進学や就職を機に家を離れた。一人暮らしを支えたのは動物たちだった。

愛犬の散歩(イメージ)

「夫が譲り受けて飼い始めた犬をみとった後しばらくして、知人から保護した野良猫を引き取らないかと連絡がありました。当時すでに70歳近かったので、『猫は長生きだから最後まで面倒を見切れるか自信がない』と一度は断りました。でも他に里親が見つからなかったらしく、最終的には迎え入れたのです」

 そんなフクちゃんは、植松さんにとって「よき話し相手」でもある。声をかければ「ニャー」と返事をする。お腹がすけば催促する。長く一緒に暮らすうちに、言葉を超えたやりとりができるようになった。「フクちゃんのおかげで心身の健康が保たれているように感じます」。

 動物は、生活のリズムをつくり、会話の相手になり、飼い主に「世話をする」という役割を与える。そうした小さな行為の積み重ねは、とりわけ高齢者に少なからぬ恩恵を与えているという。

 国立環境研究所・主任研究員で、老年医学が専門の谷口優氏は、猫による精神面の効果に注目する。

「スイスの研究では、猫を飼うことは不機嫌な気分や孤独感を有意に減少させる効果が確認されています。パートナーがおらず、猫を飼っていない独身者がネガティブな気分に陥りやすかったのに対し、一人暮らしでも猫がいる人ではストレスが緩和される傾向が見られたのです」

犬と暮らすと、要介護・死亡リスクが5割も低減

 一方、身体的な健康への効果の点で、特に強い関連が示されているのが犬だ。谷口氏が2019年に発表した論文によれば、犬と暮らす高齢者では、フレイル(加齢により筋力や心身の活力が低下した状態)の発生リスクが約2割、要介護・死亡リスクについては約5割も低下する傾向が見られたという。また23年の論文では、犬と生活している高齢者認知症になるリスクが約4割減少することも示した。

 なぜ犬を飼うと、健康状態にこれほどの差が出るのか?

「大きいのは散歩です。犬を飼っている人は、犬種が小型か大型かにかかわらず、雨の日でも、少し体調が優れない日でも、散歩に行かざるを得ない。結果として歩行量が増え、筋力の低下を防ぐことができます」(谷口氏)

 歩行は脳への刺激を増やし、認知機能の維持にもつながると考えられる。谷口氏は過去の論文で、歩くスピードが速く、歩幅が広いほど認知機能の低下が起こりにくいことも示している。

「もう一つ重要なのは社会参加です。犬の散歩に出ると、近所の人に『かわいいですね』『何歳ですか』などと声をかけられることがあります。年を取ると人との接点が減りがちですが、犬はその接点をつくってくれる存在でもあります」(同)

ペットがいない人の月額介護費は、いる人の2.3倍

 医師や家族に「運動しなさい」「人と交流しなさい」と言われ、最初はその気になって始めても、習慣として続けるのは難しいものだ。しかし、とにかく外へ行きたがり、散歩に行く素振りを見せるだけで大喜びする犬がいれば、飼い主はいや応なく玄関を出る。今日は気分が乗らない、少し面倒だと思っても、リードをくわえて見上げてくる犬を前にすれば、「仕方ない、少しだけ歩こうか」となる。その「少しだけ」が毎日の習慣になり、気付けば足腰を丈夫にし、人との会話を生み、生活のリズムを整えていく。

 さらに介護費の抑制にもつながる可能性があるという。

「私たちの研究では、調査期間中、犬、猫などのペットがいない人の月額介護費は、いる人と比べて最大2.3倍でした。これはペット高齢者に与える健康効果が、社会保障費の抑制という形で、社会全体に還元される可能性を示しています」(谷口氏)

自分にもしものことが起きた場合……

 ならば、ペットを飼っていない高齢者は今すぐ「新たな家族」を迎えるべきだ、と言いたいところだが、話はそれほど単純ではない。

 犬や猫と暮らすことが高齢者の心身に良い影響を与えるとしても、それは飼い主が適切に世話を続けられることが前提である。餌を与え、水を替え、トイレを掃除し、共に散歩に出かけ、病気になれば動物病院へ連れて行く。どれも当たり前の世話だが、一人暮らしの高齢者にとっては年齢を重ねるほど負担になる。足腰が弱れば散歩が、認知機能が低下すれば餌や薬の管理が難しくなる。入院や施設入所が必要になれば、ある日突然、ペットのすみかが失われる。

 実際、独居の飼い主が急きょ入院した結果、無人の家で愛犬が1週間も糞尿まみれの状態で放置されたり、飼い主の死後、家族に引き取りを拒絶され、医療・介護関係者が引き取らざるを得なくなった、などのケースが報告されている。

 冒頭の植松さんも、自分にもしものことが起きた時、愛猫が取り残されてしまう事態を懸念していた。息子たちは遠方で暮らし、住環境の都合から引き取りは難しかった。また、既存の少なからぬ動物保護団体や施設は慢性的な人手不足や資金難に悩まされ、受け入れ能力の限界に近い状態にあった。そのため、犬や猫の日常的な世話や医療などが行き届かなくなる「多頭飼育崩壊」に陥っていることも植松さんは知っていた。

高齢者が安心してペットと暮らし続けるための仕組み

 そうした中、新聞記事で見つけたのが、「ペット後見互助会とものわ」だった。

「とものわ」は、飼い主が病気や事故、死亡などによってペットの世話を続けられなくなった場合に備える「ペット後見」の仕組みを提供している。植松さんは同会に相談し、契約を結んだ。

 同会を運営する認定NPO法人「人と動物の共生センター」(本部・岐阜市)の代表で、獣医師の奥田順之(よりゆき)氏によれば、「多頭飼育崩壊の原因の一つに殺処分ゼロがある」という。

「殺処分ゼロそのものは、大切な目標です。ただ、殺処分の数だけ減らそうとすると、高齢や気性が激しいなどの理由で譲渡が難しい犬猫を保護施設で長期間抱え続けることになります。施設のリソースを超えて受け入れ続ければ、結果として動物の福祉が損なわれ、多頭飼育崩壊につながってしまうのです」(同)

 奥田氏は、飼い主のいない犬猫の問題を「蛇口モデル」で説明する。このモデルは上下2段の蛇口からなる。上の段の蛇口「ペット産業」「飼い主」「野外で繁殖」が表すのは、飼い主のいない犬猫を生み出す原因だ。下の段の「殺処分」「保護施設等で飼育」「家庭へ譲渡」は、飼い主のいない犬猫が向かう先を表す。

「上の蛇口を閉めず、下の『殺処分』の蛇口を閉め、譲渡先も限られるとすれば、出口を失った犬猫が施設にたまり続けるのは当然です。必要なのは、行き場を失う犬猫を生み出す上流の蛇口を閉めること、そして保護された犬猫が適切な家庭や支援先につながる出口を広げていくことです」(同)

 ペット後見は、この出口を広げるための一つの手段である。飼い主が元気なうちに、万一の時の引き受け先や飼育費用、譲渡の方針を決めておけば、入院や死亡後に犬猫が突然「飼い主のいない動物」として保護現場に流れ込むことを防げる。家族や近隣住民、医療・介護関係者が、行き場のない命を前に途方に暮れる事態も避けられる。

 奥田氏は、ペット後見を「高齢者ペットを飼わせないための仕組み」ではなく、「高齢者が安心してペットと暮らし続けるための仕組み」だと考えている。保護団体の中には、高齢者への譲渡に「65歳以上はお断り」など年齢制限を設けるところもある(年齢は団体によって異なる)。たしかに飼い主が高齢であれば、病気や入院、死亡によって飼育が継続できなくなるリスクは高まる。しかし、年齢だけを理由に一律に断れば、ペットとの暮らしによって心身の健康を保てる高齢者まで、その機会を失ってしまう。

「高齢だからという理由だけで、動物と暮らす機会を奪ってしまうのは違うと思います。ペットと暮らすことで幸せになれる人はたくさんいますし、健康面でのメリットもある。大切なのは、リスクがあることを前提に、それをどう小さくするかです。ペット後見はそのための仕組みです」(同)

自分に何かあっても……

 それは、植松さんが骨折で入院した時に実際に効果を発揮した。フクちゃんは一時的に「とものわ」の猫ホテルに預けられ、その後、所有権はとものわに移った。ここで一度、植松さんはフクちゃんとの暮らしを諦めた。それでも退院後に体調が回復すると、とものわから「預かりボランティア」という形で再び一緒に暮らす提案があった。

 所有権がとものわにあるのは変わらず、万が一の時には同会が引き受ける。けれど、植松さんが元気な間は、フクちゃんはこれまで通り植松さんの家で暮らす。飼い主とペットの関係を、「所有しているかどうか」だけで切り分けない柔軟な形である。

 この仕組みによって、植松さんの不安は大いに軽くなった。もし自分に何かあっても、この子の行き場はある。そう思えるからこそ、安心してフクちゃんと暮らせているという。ペット後見は、残される動物を守るだけではない。高齢の飼い主が、罪悪感や不安に押しつぶされず、ペットとの生活を続けるための支えにもなるのである。

 とものわのペット後見の費用は、体重10キロ未満の犬猫1頭あたり100万円だ(10キロ以上の場合は「体重×10万円」)。

「譲渡先が早く見つかる子もいれば、長期間の飼育や終生飼育となって100万円以上かかる子もいますが、全体で補填し平均化することで、赤字にならずに持続可能な運営を成立させる価格として設定しました。100万円で高いと感じる人もいれば、逆に『それだけで大丈夫ですか?』と心配する人もいます」(奥田氏)

 無償での保護などの無理な活動を続ければ、資金や人手が尽きて多頭飼育崩壊などを招く危険性がある。適正な対価は、単に団体を維持するためのものではなく、預かった命を責任を持って守るための条件でもある。

「保護活動において動物が好きだから、かわいそうだからという思いは大切です。しかし、それだけで何十頭もの犬猫を抱え込めば、必ずどこかで限界がきます。食費も医療費もかかりますし、世話をする人の生活もあります。結果として飼育環境が悪化し、保護したはずの動物たちを苦しめてしまうことがあるのです」(同)

虐待に近い飼い方になってしまうケースも

 飼い主があらかじめ費用を準備し、契約を結び、将来の引取先を確保しておく仕組みは、たしかに強力な備えである。しかし全ての高齢者がその費用を負担できるわけではない。むしろ深刻な問題が起きやすいのは、一人暮らしで、経済的にも不安定な人たちである。そうした人々を「備えがないから自己責任」と切り捨てれば、人も動物もますます孤立してしまう。

 人と動物との関係について研究している横浜国立大学准教授の安野舞子氏は、

ペットを守る仕組みがなければ、高齢者も適切な支援とつながれなくなります」

 と指摘する。

「入院や介護施設への入所が必要になった際、『ペットがいるから』と高齢者が支援を拒む例があります。ですが、心身の衰えや認知症の進行によって適切な世話ができなくなり、結果として虐待に近い飼い方になってしまうこともあるのです」(同)

 この問題に対し、安野氏が先進例として挙げるのが、滋賀県甲賀市の「こうが人福祉・動物福祉協働会議」である。2018年に始まったこの会議には、動物愛護管理行政、社会福祉行政、社会福祉協議会、動物愛護団体、動物愛護推進員など、関係するキーパーソンが集まる。月に1度、困難事例を持ち寄り、人と動物の双方をどう支えるかを話し合う。単に動物を引き取るかどうかではなく、飼い主の生活状況、福祉サービスとの接点、地域の見守り、ボランティアの関わり方まで含めて考える仕組みである。

自助と共助・公助の組み合わせ

 甲賀市の取り組みで重要なのは、動物愛護だけでも、社会福祉だけでもない点だ。多頭飼育崩壊は、しばしば「ペットが増え過ぎた問題」と見られがちだが、背景には飼い主の心身の不調、経済的困窮、地域からの孤立がある。動物愛護部局だけで解決しようとしても限界があるし、福祉側だけでは動物の適正飼育に関する知識や対応力が不足する。だからこそ、福祉と愛護、行政と民間、専門職と市民ボランティアが、日頃から顔の見える関係をつくっておく必要がある。

 他にも高齢者世帯がペットと暮らし続けるための選択肢は複数ある。

「例えば、自宅での生活を続ける高齢者を地域の多職種連携とボランティアで支える『在宅終生飼養』のモデルがあります。ペット共生型の高齢者施設に入居し、飼い主の死後も施設側が世話を続ける形や、保護団体が所有権を持ったまま、高齢者がお世話できなくなるその時まで待った上で、犬猫を預かる『永年預かり』の仕組みもあります」(安野氏)

 安野氏は、この問題を考える上で重要なのは「自助・共助・公助」のバランスだという。

「まずは飼い主自身が、万が一の際に飼育を引き継いでくれる人、例えば親族や友人、近隣の人と話し合っておく。さらに遺言や信託、ペット後見のような制度を検討する。これが自助です。しかし、それだけでは不十分な人もいます。だからこそ、地域のボランティアや民間団体による共助、行政による公助を組み合わせる必要があります」

 高齢者ペットの問題は、「高齢者は飼うべきではない」と線を引けば済む話ではない。犬や猫は、孤独を和らげ、生活に張りを与え、時には健康寿命を延ばしてくれる存在だ。だからこそ問われているのは、年齢によって一律に排除することでも、人の老いと動物の命を切り離すことでもなく、最後まで責任を持てる仕組みをどう社会の側に用意するかである。

緑 慎也(みどりしんや)
科学ジャーナリスト。1976年大阪府生まれ。出版社勤務後にフリーとなり、科学技術などをテーマに取材・執筆活動を行う。著書に『13歳からのサイエンス』(ポプラ新書)、『認知症の新しい常識』(新潮新書)、『太陽系の謎を解く』(共著、新潮選書)など。

「週刊新潮」2026年7月23日号 掲載