憲法改正を視野に改正国民投票法が成立した。写真は7月22日の参院憲法審査会による採決(写真:共同通信社)


憲法改正の手続きに関する改正国民投票法が7月24日に可決、成立しました。高市政権は改憲論議を加速させていますが、私は本連載で、日本国憲法の改正には、日本人自身で“あの戦争”を総括する「新・東京裁判」が必要だと主張してきました。戦前・戦中の反省が今の日本にどう生かされているか。その点をはっきりさせないと憲法改正の意味はありません。今回は、日本軍の組織的欠陥を指摘した『失敗の本質』を読み解きながら考えてみます。

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100万部以上のベストセラーとなった『失敗の本質』

『失敗の本質』は、戸部良一・防衛大学校名誉教授や、2025年1月に亡くなった野中郁次郎・一橋大学名誉教授ら6人の共著による名著で、そのまま日本人の組織的欠陥と読み替えられ、広く読まれてきました。

 1984年の刊行以来、政治家・経営者に大きな影響を与え、100万部以上のベストセラーとなったこの著書は、日本人に経営や組織について多くの「学び」と「反省」をもたらしました。「憲法改正の前に新・東京裁判が必要」という私の持論を考える上で、この本の視点から戦後の日本を振り返るのは大きな意義があると考えます。

 結論を先に言うと、日本人社会に大きな衝撃を与えたものの、実際に大きな改善効果があったか、と問われると、私は疑問に思います。

 もちろんプラス面はありました。比較的「改善が進んだ」ものとして、技術的イノベーションの軽視という欠陥はかなり改善されたと言えるでしょう。

 同書は、日本軍が零戦の延命など既存兵器の改良に固執し、レーダーのような破壊的イノベーションを組織的に取り込めなかった点を批判しました。

 これに対して、トヨタ自動車やソニーなど戦後に大きく成長した製造業は、技術革新を経営の中核に据えることで世界的な競争力を獲得しました。近年もスタートアップ支援策、オープンイノベーション推進、大学発ベンチャーの増加など、「技術を組織の外から取り込む」仕組みは着実に整備されています。

 ただし、ソフトウェア・AI領域では米中に後れを取っており、「ハードウェア寄りの改善に偏る」という構造的なクセは残っています。

なお残る「空気による意思決定」

 次に、改善された点として、情報・インテリジェンスに対する姿勢があります。本連載の4回目で取り上げた「暗号軽視」「情報よりも精神力」といった文化を克服するため、部分的にではありますが、2013年のNSC(国家安全保障会議)設置、2014年の特定秘密保護法施行など、国家レベルの情報集約体制は整備されました。

 最近では、政府の情報活動の司令塔となる「国家情報会議・情報局」設置法が2026年5月27日に成立しました。今後も制度的な整備はさらに進むでしょう。民間でもデータドリブン経営、BI(ビジネスインテリジェンス)ツールが普及しています。

 とはいえ、集めた情報を意思決定に直結させる文化がどこまで根付いたかは、組織によって大きな差があります。

 このように、課題はあっても見直された分野がある一方、ほとんど改善されていないこともあります。

 その一番大きな点は、空気による意思決定です。

 その場の発言者の勢いや意気込みに押され、合理的な反対意見を言いにくい文化はいまだに残っており、個別の計画実行の前にグランドデザインを構築するという思考は、まだまだ不足しています。

 たとえば、ミッドウェー作戦の目的が「敵艦隊撃滅」なのか「島の占領」なのか最後まで曖昧だったように、目的の二重性・曖昧さを許容する文化は現在も根強いと言わざるを得ません。

 不正会計に手を染めた東芝やニデック、顧客を無視した数々の問題が発覚したビッグモーターなど、企業の不祥事を見ると、目的や責任の所在が不明確なまま組織が動くパターンが繰り返されてきたと考えざるを得ません。

 政策決定でも、新型コロナ感染症への初期対応やマイナンバー制度の迷走などには、同様の構造が指摘されました。

なぜFAX・ハンコ文化がこんなにも続いているのか

 また、属人的なネットワークを偏重しがちな点もまだまだ残っています。

 旧日本軍では、公式の指揮系統よりも、陸軍大学校での卒業年次や派閥などに基づく人的コネクションが意思決定に大きく影響したばかりか、仮に作戦が失敗してもうやむやにされることすらありました。

 現在の日本企業や官僚組織でも、公式プロセスより根回し・人間関係が優先される場面は日常的にあります。それ以上に永田町文化こそ、旧日本軍そのままといっていいでしょう。政治的な意思決定が属人主義に支配されているのです。

 企業の不祥事が起きた際、第三者委員会の報告書が出ても、経営トップの責任追及が形式的に終わるケースが後を絶ちません。重大な失敗が起きても、個人の責任が明確化されにくい風潮は戦時中のようです。

 変わっていない点をもうひとつ挙げるならば、過去の成功体験への過剰適応があります。

 経営学的には「シングルループ学習」などと言われますが、日本軍は白兵突撃や艦隊決戦で勝利した日露戦争の成功パターンに固執し、環境変化に合わせて前提そのものを問い直す「ダブルループ学習」ができなかったのです。

「かつてうまくいったやり方」を変えられない体質は、日本の大企業・行政に今も色濃く残っています。典型例として、FAX・ハンコ文化の長期残存、年功序列人事の温存、新卒一括採用への依存などが挙げられます。

 DXが叫ばれても「既存業務をデジタルに置き換えるだけ」になりがちで、ビジネスモデルの前提自体を疑う変革には至りにくい傾向があります。

「仕組み」は変えたが「文化」は変わらず

 結論としていえば、技術的イノベーションでは、ハード面は大幅改善しつつも、ソフト面に課題が残り、かつての情報・インテリジェンスの軽視は、制度こそ整備されたものの、活用文化はまだら模様です。空気による意思決定は、基本的に変わっていません。

 責任追及の曖昧さも同様で、不祥事のたびに同じ指摘が繰り返されます。自民党の「政治とカネ」の問題などその典型といえるでしょう。

 要するに、「目に見える仕組み(技術・制度)」は改善できましたが、「目に見えない文化(空気・責任・学習様式)」はそれほど変わっていないのです。

『失敗の本質』が40年以上読まれ続けている。そのこと自体が、「改善されていないことの証拠」になっている--これが、この名著の最も痛烈な皮肉でもあります。

 では、こうした反省を踏まえて新憲法を考えてみましょう。これまでの連載で述べてきたように、政治家だけに任せておけば、旧日本軍と同じ体質で、新憲法どころか後退した憲法ができかねません。

 具体的な制度設計を考えてみたいと思います。もちろん、文化は法律だけでは変わりません。ただ、インセンティブを持たせる、責任構造を変える、という2点を重視すれば、ある程度変えることは可能だと信じたいと思います。

「空気による意思決定・グランドデザインの不在」という欠陥については、次のような具体策が考えられます。

 現状の問題は、誰が・何のために・いつまでに決めるかが不明確なまま組織が動くことです。これを憲法レベルの改正案に加えるためには、「政策目的の明示義務」条項の新設が必要だと考えます。

重要政策には「目的・手段・評価基準」の記載を必須に

 安全保障や財政、エネルギーなどの重要な国策は、数値目標・期限・評価指標(KPI)を国会に提示する義務を内閣に課すのです。現行憲法は「内閣の責務」が抽象的なため、責任の所在や取り方がはっきりしていません。そのためには、「戦略基本法」の制定と憲法的根拠を明記することが必要ではないでしょうか。

 例えば、国家安全保障・経済・科学技術の長期戦略を法定計画として義務化し、議会が承認・評価するといった仕組みです。具体的な制度としては、目的の曖昧さを回避するため、重要政策には「目的・手段・評価基準」を三点セットで記載することを義務化するのです。

 これは、「空気による決定」を避け、可視化する法的措置と言えます。閣議・審議会の議事録の公開を最大限義務化することも必要でしょう。現在は、閣議決定で重要問題を決定する傾向があり、これはまさに属人的決定を促進しています。

 また新たに独立戦略評価局を設置して、常にグランドデザインを考える必要もあります。内閣府にグランドデザインが存在すれば、与野党ともに、グランドデザインを考える部署が必要となり、選挙での争点も明確になります。

 日本の場合、欧米のように階級政党の傾向が弱いため、与野党ともに同じような公約を掲げ、しかもポピュリズムに陥りがちです。

 第二の欠陥である「責任の曖昧さ・属人的ネットワーク偏重」への対処も欠かせません。グランドデザインの問題ともリンクしますが、失敗しても個人責任が問われず、組織的反省で終わらせる悪癖を断ち切るには、責任の個人帰属を制度的に強制する必要があります。

 これを憲法レベルで考えると、「公職者の説明責任条項」の強化となります。具体的には、内閣の事務を定めた現行の73条に加え、「重大な政策失敗に対する国会への個人的説明義務」を明記するのです。「組織として反省」で終わらせることを憲法上、認めない規定をつくるべきです。

「独立監察機関」を新設し、政策評価・行政監察を

 きちんと運用されるようにするには、相互監視の強化も必要です。三権分立が民主主義の基本ですが、戦後の長い期間で自民党が政権を握ったため、立法と行政が合体しがちで、その二つを握ることで、予算と人事を武器に司法にも圧力を加えられるという「曖昧な独裁」が成立し続けました。

 こうしたことを避けるには、完全な「独立監察機関」を新設し、憲法上の地位を付与することが大事になります。会計検査院のように、政策評価・行政監察機関を憲法機関として独立させるのです。

 現状の行政評価局は総務省傘下にあり、これでは身内評価に過ぎません。この構造的限界を断ち切るため、具体的制度として、「政策失敗責任法」を制定するのです。

 また、政府が設置する第三者委員会や諮問会議の形骸化(政府が諮問委員会をつくる場合、たいてい政府に都合のいい委員を選ぶ傾向がある)を阻止するため、委員選定に国会同意を必要とすることも欠かせません。そして、政治資金問題については、政党交付金がある以上、企業・団体献金の憲法レベルでの禁止規定(現行は政治資金規正法のみ)をつくることが必須です。

 そして3つ目の欠陥「成功体験への過剰適応」への憲法レベルの改正案としては、「制度の定期的見直し義務」条項を新設することです。つまり、新たに策定する政策や計画にサンセット条項(自動失効)を義務付けるのです。

 こうすることで、例えば、役目を終えたのに現状維持で続いている補助金を廃止するといったことがしやすくなります。いわゆるゾンビ企業への補助を止めて、スタートアップ企業の成長を促進させる制度にもつながります。

どうやって「空気」を変える力を持たせるか

 以上が、「目に見える仕組みは改善できたが、目に見えない文化はほとんど変わっていない」という『失敗の本質』の指摘に対する私なりの回答です。原則を3点にまとめると以下のように集約されます。

曖昧さを「違法」にする--目的・責任・期限の明示を法的義務に
失敗を「資産」にする--失敗分析の制度化で、隠蔽より公開が得になる構造へ
現状維持を「コスト高」にする--サンセット条項と補助金設計で、変革側に有利なインセンティブを

 憲法改正は「条文を足す」だけでは機能しません。各条項が具体的な法律・予算・人事制度と連動して初めて「空気」を変える力を持つ--これが、筆者が考える憲法改正案の骨子です。

筆者:木俣 正剛