ドジャースで経験した“どん底” 異色の監督が甲子園へ…選手が「ロバートさん」と呼ぶ理由
八王子実践・河本ロバート監督 ドジャースとマイナー契約を結んだ異色の経歴
第108回全国高校野球選手権西東京大会は26日、神宮球場で決勝が行われ、八王子実践が創価を1-0で破り、春夏を通じて初の甲子園出場を決めた。強豪がひしめく西東京大会で、なぜ頂点に立つことができたのか。そこには、河本ロバート監督の挫折から生み出された、独自の「指導哲学」があった。
河本監督は、高校時代に最速145キロを記録し、名門・亜大へ進学。極めて厳しい環境の中で野球を続けた。その後、NPBからの誘いを断りドジャースとマイナー契約を結んだ経歴を持つ。
「野球を諦めようと思ってもおかしくない時期を経てきたからこそ、今がある」
夢を持って飛び込んだ世界だったが、マイナーリーグでの生活は甘くはなかった。わずかな給料に長時間のバス移動。さらにイップスも経験し、野球人生のどん底を味わった。「打ちのめされて帰ってきて……いっぱい失敗をしたんです。自分の実力のなさも感じました」。
だが、その苦い経験が指導者としての眼を養うことになる。「実力以上に『メンタルが安定している選手』が結果を残していると強く感じていました。自分自身があまりメンタルが強い方ではないからこそ、その重要性をすごく感じて(専門の)メンタルトレーナーの方にも入っていただきました」。
科学的なメンタルトレーニングを取り入れた成果は、今大会でも結果として現れた。4回戦の日大鶴ヶ丘戦では前半だけで6つの失策を重ねる窮地に陥ったが、選手たちは崩れなかった。「過ぎたものはどうしようもない。すぐ前を向く」というマインドが叩き込まれていたからだった。
チームの最重要指針として掲げられた「いい顔して野球をやろう」という言葉は、単なる「笑顔で楽しむ」という表層的な精神論を意味するものではない。河本監督が定義する「いい顔」とは、極度の緊張感の中で集中し引き締まった表情をはじめ、前向きな笑顔や意気揚々とした表情など、その時々の状況や場面における最善の精神状態(メンタリティ)を指している。
河本監督自身が現役時代に米国で味わったイップスや挫折、技術や実力がありながらも心の揺らぎによって力を出せない選手を数多く見てきた経験があるからこそ、専門のトレーナーを招聘するなど科学的なアプローチで「心の安定」を最優先としてきた。
選手たちの精神的なゆとりを生む「フラットな人間関係」作り
選手たちの精神的なゆとりを生み出しているのが、風通しの良い「フラットな人間関係」だ。河本監督自身、学生時代は厳格な上下関係で知られる名門・亜大で揉まれた。「監督や指導者と話をするのに緊張するものがあった」という原体験から、自身のチームでは「極力聞きに行きやすい(相談しやすい)環境を作りたかった」と明かす。
その象徴が試合中の「伝令」だ。ピンチの場面でマウンドに向かう伝令役は、監督が一方的に指名するのではなく、ベンチの選手から「ロバートさん、次行かせてください」と自発的なアピールが飛んでくるという。
監督を「ロバートさん」と呼ぶ距離感の近さに加え、「自分は『監督』という(特別な)人間ではないと思っている」という謙虚な姿勢が、選手たちの主体性を引き出している。コーチ陣や女子マネジャーに対する感謝も常に口にするなど、誰もが萎縮することなく、のびのびと実力を発揮できる組織の空気感がチームを力強く後押しした。
八王子実践には、広大な専用グラウンドが存在しない。練習拠点は内野ほどのスペースしかなく、外野守備の練習は「できる環境でやるしかない」のが実情だ。選手集めにおいても、施設が充実した強豪校に後塵を拝することが多かった。だからこそ、この優勝には特別な価値がある。
「私たちみたいにグラウンドが恵まれていない環境のチームも他にたくさんあると思う。そういった方々に『あ、やればできるんだな』という思いを感じていただけようになればなと思います」
学校創立100周年という節目の年で掴んだ聖地への切符。「自分たちがやってきた野球、やりたい野球を甲子園でも変わらずやっていきたい」。自身の失敗や挫折から学んだ“心の強さ”を土台にし、河本監督の挑戦は続く。(神吉孝昌 / Takamasa Kanki)

