3 か⽉の⾚ちゃんと登⼭に「危険すぎる」の声… ⼦どもを⼭へ連れていける年齢と⼩児科医が警告する「⼤⼈には⾒えないリスク」
生後3か月ほどの乳児を連れて登山する様子がSNSに投稿され、賛否を呼んでいる。家族で自然を楽しむこと自体はすばらしい体験だが、自分で体調を訴えられず、首も十分にすわっていない乳児を山へ連れていくことには、大人の登山とは異なり、「危険すぎる」との声も上がっている。
【画像】近年、新たに増加している登山のリスク
小児科医のりんごさんは、乳児を伴う本格的な登山について、「山には、大人が気づけないまま赤ちゃんの命を危険にさらす要因がいくつもあります。少なくとも生後間もない乳児を連れた本格的な登山は控えてください」と注意を呼びかける。
「よく寝ている」が体調悪化のサインである可能性
まず注意しなければならないのが、標高の上昇による体調不良だ。
高所では気圧が下がり、空気中から体内に取り込める酸素の量も少なくなる。急性高山病では、頭痛や吐き気、食欲低下、強い疲労感、めまい、睡眠障害などが起きるが、乳児は「頭が痛い」「気持ちが悪い」と言葉で訴えられない。
小児科医のりんごさんは、「大人であれば頭痛や吐き気を自覚し、登るのをやめる判断ができます。しかし、赤ちゃんが示せるサインは、泣く、機嫌が悪くなる、母乳やミルクを飲まなくなる、反応が鈍くなるといった変化に限られます」と説明する。
さらに怖いのは、元気がなくなって泣かなくなった状態を、保護者が「山の空気が気持ちよくて眠っている」と受け取ってしまうことだという。
「普段より長く眠っている、起こしても反応が鈍い、ミルクを飲まない、顔色が悪いといった状態は、単に機嫌よく眠っているのではない可能性があります。ぐったりしている時点で、様子を見ながら登山を続けるべきではありません」(小児科医のりんごさん、以下同)
一般に高山病が問題になりやすいのは標高2500メートル前後からとされるが、発症しやすさには個人差があり、短時間で急激に高度を上げた場合などには、それより低い場所でも体調を崩す可能性がある。乳幼児については十分な研究データがなく、「何メートルまでなら安全」と一律に線引きすることはできない。
UIAA医療委員会の資料では、乳幼児を含む子どもの高所曝露について十分な研究データはなく、幼児では睡眠高度をできれば2500m以下にすることが望ましいとしている。
抱っこひもの中で気道が塞がれる危険性も
生後3か月前後は、まだ首が完全にすわっていない子も多い。登山道では段差や岩場、木の根、ぬかるみなどによって保護者の体が大きく揺れ、平地を歩く時以上に赤ちゃんの姿勢が崩れやすい。
「とくに下りでは、着地するたびに大きな衝撃が加わります。保護者が疲れて前かがみになったり、抱っこひものベルトが緩んだりすると、赤ちゃんのあごが胸についた姿勢になり、呼吸しづらくなるおそれがあります」(前同)
乳児は頭が大きく、首や体幹の力が弱いため、自分で顔の向きや姿勢を戻せないことがある。抱っこひもの中で顔が保護者の胸や衣類に強く押しつけられれば、鼻や口が塞がる危険もある。
消費者庁も、抱っこひもの使用中は、顔を保護者の体に強く押し当てないことや、子どもの姿勢、呼吸の様子をこまめに確認するよう呼びかけている。
実際に、抱っこひもを使っていた生後1か月の乳児が呼吸をしていない状態で見つかり、入院した事例も報告されている。
登山中は、保護者自身も足元やルートの確認に集中する。背負っている場合には赤ちゃんの顔色や呼吸を直接確認しにくく、異変の発見が遅れる可能性がある。転倒すれば、赤ちゃんの頭部や体が岩や地面にぶつかる危険も避けられない。
山では暑さと寒さが短時間で入れ替わる
乳児は大人より体温調節機能が未熟で、周囲の気温の影響を受けやすい。体重に比べて体表面積が大きいため熱を失いやすい一方、抱っこひもの中では保護者の体温や衣服によって熱がこもり、暑くなりすぎることもある。
「登っている保護者は暑くても、動いていない赤ちゃんは風に当たり続けています。逆に、日差しの強い場所では抱っこひもの中に熱がこもります。赤ちゃんの体は熱しやすく、冷えやすいことを忘れてはいけません」(前同)
山では天候が変わりやすく、日差しがあった場所でも、雲や風が出れば体感温度が急激に下がる。汗や雨で衣服がぬれたまま風にさらされると、体温を奪われる「汗冷え」も起きる。
乳児は「寒い」「暑い」と伝えられない。唇の色や顔色、手足の冷たさだけでなく、普段より反応が弱い、飲みが悪い、呼吸がおかしいといった変化を見逃さないことが重要だ。
世界保健機関(WHO)の新生児保温に関する資料でも、寒冷ストレスが酸素や糖の需要を高めることが示されており、体温調節が未熟な乳児では冷えへの注意が欠かせない。
救急車がすぐに来られないことも
山では体調が悪化しても、すぐに病院へ行けるとは限らない。携帯電話が通じない場所もあり、救助を要請してから医療機関へ搬送されるまで長時間かかる可能性がある。
大人だけなら歩いて下山できる程度のトラブルでも、乳児を抱えた状態では移動が難しくなる。保護者が転倒や捻挫をすれば、赤ちゃんを安全に運ぶ人がいなくなる危険もある。
「登山で考えるべきなのは、予定どおり歩けるかだけではありません。赤ちゃんの具合が悪くなった時や、親が動けなくなった時に、すぐ安全な場所へ戻れるかという視点が必要です」(前同)
風邪をひいている時や鼻が詰まっている時には、高度の変化によって耳の痛みが起きても、乳児はその理由を伝えられない。UIAA(国際山岳連盟)医療委員会も、体調の悪い乳幼児を急激に高所へ移動させないよう勧告している。
「自分で歩ける」だけでなく、体調を伝えられること
では、子どもを山へ連れていけるのは何歳ごろからなのか。
小児科医のりんごさんは、「年齢だけで一律に決めることはできませんが、一つの目安は、自分の足で歩き、『痛い』『疲れた』『気持ち悪い』『寒い』と体調を言葉で伝えられるようになってからです」と話す。
ただし、言葉を話せる幼児でも、体調を正確に説明できるとは限らない。山岳医療の専門機関は、8歳ごろまでは高山病の症状をうまく伝えられない場合があるとして、食欲、機嫌、活動性、睡眠などの変化を保護者が慎重に観察するよう呼びかけている。
子どもが歩けるようになった後も、最初から高山や長時間のコースを選ぶのではなく、すぐに引き返せる低山や整備された遊歩道から始める必要がある。親の達成感を優先せず、子どもが疲れたり嫌がったりした時点で中止することも大切だ。
「赤ちゃんにとっては、近所の公園でどんぐりを拾ったり、落ち葉や土に触れたりするだけでも十分に大きな冒険です。大人と同じ景色を見せることを急ぐ必要はありません。今の発達段階で、安全に楽しめる自然体験を選んでほしいと思います」(前同)
家族で山へ行くこと自体が問題なのではない。問われているのは、大人の計画に、まだ意思や体調を伝えられない乳児を参加させることの危険性を、どこまで具体的に想像できるかだ。
SNSに投稿された写真では、登頂できたという「結果」しか見えない。しかし、安全だったように見える一例が、別の赤ちゃんにも当てはまるとは限らない。乳児の命を守るためには、「行けるか」ではなく、「異変が起きた時に確実に気づき、安全に戻れるか」を基準に判断する必要がある。
取材・文/集英社オンライン編集部

