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「怖くて付けられない」「命を守ってくれた」――。誕生から20年を迎えたマタニティマークをめぐり、SNSでは正反対の声が飛び交っている。

 2006年に誕生したマタニティマーク。デザインも多様化し、2024年には双子や三つ子を妊娠した人向けの新しいタイプも登場した。

 社会に広く浸透した一方で、ネット上ではマタニティマークをめぐってさまざまな声が上がっている。ここまで普及したマタニティマークに、なぜ今も妊婦と社会のすれ違いが生まれるのか。

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認知度96.5%。20年でここまで広がったが

 平成30年度と令和7年度の調査を紹介した、こども家庭庁「健やか親子21」事務局の資料によると、対象などが異なるため単純比較はできないものの、認知度は58.1%から96.5%へ、使用率も69.2%から75.7%へと上昇している。(こども家庭庁「令和7年度健やか親子21推進事務局の取組について」資料より)

 普及が進む一方で、SNSには不安や戸惑い、周囲への遠慮などの声が寄せられている。「妊婦だからって堂々と座っていいと思うなよと言われた」「降り際に押された」といった実際に被害を受けた体験談も見受けられ、これを受けた「わざとぶつかってくる人もいそう」「必要だと分かっているのに、SNSを見ていると怖くて付けづらい」といった不安を感じる投稿も散見される。

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ネットの声は、本当に現実なのか

 こうしたマタニティマーク利用者の声を「配布する側」はどのように受け止めているのだろうか。近年のマークの利用傾向や社会意識の変化、今後の課題について、子ども家庭庁、JR東日本、東京メトロ各所に問い合わせたが、いずれも明確な回答はなかった。

 一方、東京都交通局(都営地下鉄)電車部の大橋昭宏営業課長は、利用者から寄せられた意見については把握できないとしつつも、

「本当に世の中が妊婦さんに寛容ではなくなっているのか、SNSによって過剰に取り上げられているだけなのか、現時点では判断できません」

 と回答した。父親の育休が奨励され、妊婦や子どもを応援しようという機運は高まっているのではないかとも話す。

 マタニティマークが誕生した2006年は、Twitter(現X)が登場した年でもあった。晩婚化が進み、働きながら妊娠期を過ごす女性が増えた今、その声がSNSを通じて広がるのは自然な流れとも言える。SNSによって、これまで表に出にくかった妊婦たちの本音が見えるようになったとも言えそうだ。

本来は「席を譲ってもらうマーク」ではない

 そもそも、このマークはどのような目的で生まれたのか。助産師の鈴木美保子さん(57歳)はこう説明する。

「妊娠初期はお腹も目立たず、周囲には妊婦であることが分かりません。例えば電車で意識を失い救急搬送された場合に、つわりや貧血の可能性にも注意してもらえる。気づかれないままだとレントゲン検査や投薬が行われてしまう可能性もあります」(鈴木さん)

 妊娠中であることが一目で分かれば、救急隊員や周囲が適切な配慮をとれる。  

 鈴木さんは「マークの本来の意味が社会に十分伝わっていないために、『席を譲ってもらうためのマーク』という誤解だけが独り歩きしている」と指摘する。

 さらに、不妊治療を経験した女性がマタニティマークを見て「つらかった」と話していたにもかかわらず、自身の妊娠後には「いざという時のために付けたい」と考えが変わった例も鈴木さんは目にしてきた。

「立場が変わって初めて見えてくることがたくさんある」と話す。

専門家が語る、20年の変化と課題

 マタニティマーク誕生時に制度づくりに携わった、東京成徳短期大学特任教授の寺田清美氏は、18〜25歳の学生123人を対象にマタニティマークに関するアンケートを実施した。その結果、120人(97.6%)がマークを「知っている」と回答。一方、「妊娠初期の妊婦にとって効果がある」と回答したのは93%。「認知は広がっても、妊娠初期のつらさや流産のリスクへの理解は、まだ十分とは言えません」と指摘する。

 ネット上の「怖い思いをした」という妊婦の声については、「悲しいことだが、事実はきちんと受け止めなければなりません」と話す。一方で、自身が産後間もない母親たちに聞き取りを行ったところ、「マークを付けていたから席を譲ってもらえた」という声も多く寄せられたそう。

 さらに寺田氏は、もう一つ気になる変化として、ヘルプマークの普及を挙げ、配慮を必要とする人が多様化する中、妊婦への配慮がやや薄れているのでは……と指摘する。状況によっては、特に妊娠初期の妊婦ヘルプマークを併用することも、一つの方法ではないかと話す。

妊婦たちが感じたリアルな優しさ

 取材を進めると、SNS上の言葉とは異なる、マタニティマークを付けていたことによる体験談が次々と出てきた。

 3人の子を持つ由香さん(仮名・38歳)は、妊娠中に駅のホームで、つわりのため動けなくなったことがある。

「駅員さんが『つわりですか?』と声をかけてくださって、車椅子で休める場所まで運んでくださいました」

 嫌な思いをしたことは一度もないという。

 2児の母・麻衣さん(仮名・36歳)にも、忘れられない出来事がある。妊娠初期、まだお腹が目立たない頃、後ろから肩をたたかれ席を譲られた。「リュックに付けていたマタニティマークを見てくれたんだ」と気づいたという。

「席を譲ってほしいためのマークだと思われがちですが、そうじゃない。何かあった時に自分の身を守ってくれるもの。怖がらず、堂々とつけたらいいと思う」(麻衣さん)

マタニティマークが次に目指すもの

 最後に、寺田先生が残した言葉はこうだ。

「少子化に歯止めがかからない今、小さな命を守っていくこと、そのためにもマタニティマークを守っていくことが大切です。誰もがいつ弱い立場になるか分かりません。社会全体で支え合い、譲り合える社会をつくっていく必要があります」

 マタニティマークが問いかけているのは、妊婦の話だけではない。誰もがいつか支えられる側になるという、ごく当たり前の事実なのかもしれない。

取材・文/浦上優

デイリー新潮編集部