登録者数10万人を超える麻雀解説YouTubeチャンネル「発男道場」のドキュメンタリーインタビューシリーズ「麻雀街録」に、Mリーグ「EX風林火山」の選手兼監督・二階堂亜樹プロが登場した。

親の蒸発、15歳での単身上京、サウナで寝泊まりしながら麻雀を打ち続けた極貧生活。伝説のプロ・安藤満氏への弟子入りから、Mリーグ初の「選手兼監督」として風林火山を優勝に導くまで。波乱万丈の半生と麻雀界への思いを、本人が語り尽くしている。

■麻雀の原点は、実家にあったファミコンの「4人打ち麻雀」

神奈川県鎌倉市出身の二階堂プロ。実家は秦野市で雀荘を営んでいたが、麻雀を覚えたのは意外にもファミコンのゲームだったという。

「私が覚えたのはゲームなんで。実家にあったファミコンの麻雀ゲームが一番最初。今考えると多分一番麻雀系で売れたソフトなんですよね、4人打ち麻雀っていう」

夕方になると雀荘に集まり、楽しそうに麻雀を打つ大人たち。「自分もあの輪の中に入りたい」という憧れと、「すごいファザコンだったんで、お父さんが麻雀やってるから私もやりたい」という気持ちが原点だった。父に教えてほしいと頼んでも教えてもらえず、勝手に覚えようとゲームを始めたのだという。

■父が蒸発、15歳で単身上京。日当1万円のうち4000円がサウナ代

7歳の時に両親が離婚し、鎌倉の祖母のもとに姉と預けられた二階堂プロ。転機は中学卒業のタイミングで訪れる。父が蒸発し、祖母も病気に。親に頼れない状況の中、大きなバッグに服を詰めて単身上京した。

「神奈川だったんで、東京行きゃ仕事があるだろうぐらいな感覚で上京しましたね」

住む家も決めないまま漫画喫茶で寝泊まりし、歳をごまかしてアルバイト。やがて日払いの雀荘で働き始めるが、その生活は壮絶だった。

「日当1万円だったんですけど、サウナ暮らしみたいな感じになってて。サウナが4000円だったんで、1万円のうち4000円だけよけて、残りの6000円で食事と麻雀打つっていう」

食事は1個100円のカップラーメンを1日1個。「麻雀打ちたいんで」と、この生活を約1年半続けたという。

■近代麻雀を片手にプロの店を訪ね歩き、安藤満プロに弟子入り

雀荘で働くうちに「麻雀プロ」という存在を知った二階堂プロは、雑誌「近代麻雀」を頼りに、井出洋介氏、小島武夫氏、金子正輝氏ら有名プロの店を片っ端から訪ね歩いた。しかし、プロは月に数回ゲストで入る程度で、店に行っても大体いない。そんな中、たまたま店にいたのが安藤満氏だった。

「この店で働いたら安藤さんに会えるんだ、みたいな。感覚的にはそんな感じですね」

面接を受けて採用され、社員寮に住み込みで勤務。プロテストの過去問を解き、それまでできなかった点数計算もここで覚えた。「若い女子プロが全然いなかったんで、応援するよ」という安藤氏から指導を受け、最終的には推薦も得てプロテストに合格。当時「史上最年少プロ」として週刊誌にも取り上げられた。

安藤氏の指導は独特だった。当時の自分を「完全に牌効率マシーンだった」と振り返る二階堂プロに課されたのは、1ヶ月間リーチ禁止、1ヶ月間鳴き禁止といった制約をつけた実戦だ。

「普段自分が見れない景色みたいなのを見て、牌の流れとかそういったものを知る努力をしなさいと。当然たくさん負けるんですけど、選択肢は自分の中で増えたと思う」

■蒸発した父との再会は、八王子の漫画喫茶だった

動画の中でも特に印象的なのが、蒸発した父との再会エピソードだ。当時、八王子の雀荘で働いていた二階堂プロが、仕事終わりに趣味の漫画喫茶へ行くと、本棚の向こうで漫画を選ぶ父の姿があった。約2年ぶり、連絡先すら知らない状態での偶然の再会だった。

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