慟哭する日本代表に「W杯に懸けるあれよ」 朝4時、沈黙の3分間…やがて久保竜彦から零れた愛「じゃないと、こんなに進歩せん」
THE ANSWER編集部に来訪 W杯・日本―ブラジル戦ドラゴン観戦記
ドラゴン、沈黙――。サッカー北中米ワールドカップ(W杯)は29日(日本時間30日)、決勝トーナメント1回戦で日本がブラジルと対戦。1-2で逆転負けを喫し、32強で姿を消した。今大会、THE ANSWERで解説を務める元日本代表FW久保竜彦が東京・中目黒の編集部に来訪し、熱戦を見守った。今回はそれに先立ち、観戦の様子をレポート。日本の涙とともに、ドラゴンと北中米W杯は終わった。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)
◇ ◇ ◇
時計の針は、午前4時2分を指していた。
テレビから響く無情の笛。画面にはピッチに座り込み、涙に染まったサムライブルーが映る。
沈黙。およそ60秒。
「ふぅ〜」
ようやく口を開いたドラゴンから漏れたのは重く、深いため息。
それからなお言葉は続かない。
窓の外は、ゆっくりと白み始めていた。
◇ ◇ ◇
あれから4年。
2022年カタールW杯。編集部で缶ビールを飲みながら日本戦の観戦・解説する依頼を出した。「俺、酒飲んで喋っとるだけやん。これが記事になるって、どういうことよ……」。本人も疑う珍企画からすべては始まった。
2024年アジアカップも継続。ベトナムの監督になった天敵トルシエを見つけ「めっちゃ嫌いやった」とぶっちゃけ、韓国の話題に触れポツリと呟く。「あのFWまだおるん? フン・ソンミン」。ソン・フンミンのことだ。
数々の名言と迷言を残してなお、「俺は読んどらん」と疑いを晴らす気もないまま迎えた北中米W杯。
最近、Zoomに感動し、Gmailを覚えた。
半面、近くの文字は見えにくくなった。
一昨年、初孫が生まれた「爺ドラゴン」は寄る年波に押されても、サッカーと酒だけは変わらず愛している。
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6月15日、オランダ戦。
早朝5時開始。前夜はどっぷりと飲み、充血した目で見守った激闘。展開はヒリヒリ、口内はカラカラ。用意した缶ビールには手をつけず。2-2、引き分け。お茶をゴクリ。「(3日後で)もう50なんよ。(朝から酒は)体力がきついよ。ホテルに帰って寝るよ」
6月21日、チュニジア戦。
一転、昼1時開始。サプライズの誕生日ケーキに「おお、おお」と不器用に笑い、ついに手を伸ばしたエビス350ml×2。4-0、快勝。酒より日本のサッカーに酔った。「(鎌田の先制点は)『ちん!ちん!ちーん!』やん。W杯で4-0て。くぅああ、すぅごい…」
6月26日、スウェーデン戦。
朝8時開始。企画史上初のケツカッチン、観戦後に別の仕事が。缶ビールには手をつけない。試合終了と同時にタクシーに飛び乗る。1-1、引き分け。「最近、会う人会う人に『Yahoo!』『Yahoo!』(で記事を読んだ)って言われるんやけど。どうなっとるん」
ガラケーから替えた新たなガラケーでYahoo!ニュースを読めないドラゴンだけが知らぬまま、この企画は育ち、日本は勝ち進んだ。
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中3日、ブラジル戦。午後10時半過ぎに編集部に現れた。
試合まで3時間半。寝て起きて観るか、起きて観て寝るか。常人なら迷うが、ドラゴンは一択。
飲んで寝ないで観る、である。
「プシュッ」
景気づけのエビス350mlの快音が編集部に響く。キックオフまでブラジルの1次リーグ3試合をチェックし、敵情視察。スコアを予想。「勝つなら1-1。PKや。おーん」
午前2時。大きなあくびをした口に、4本目のエビス350mlを流し込んだ頃、運命の一戦が始まった。
絶叫と沈黙 日本代表への深い敬意と愛「並大抵のことやってないでしょ」
この日は編集部のソファでくつろぐ自宅観戦スタイル。
立ち上がりからカナリア軍団が容赦なく襲い掛かる。「あっ、んあー!」「んー、いやあ!」。響く悲鳴。
前半11分、佐野のチャージで足首を削られたヴィニシウスには驚愕。「ゴリンっていかん(捻らない)のよ。ぎゅーって耐えとった。(足首が)強いんやろな。痛くないんか」
我慢の展開。
目は血走り、姿勢はあぐらから正座に。
「いやあああああ!」。編集部が揺れたのは前半29分。パスカットから持ち上がった佐野が右足一閃。刹那、ドラゴンが壊れた。
「カイシュゥー! ああー、やばい! すごい!」。Jリーグ30年で指折りのセレブレーションとされるひょっとこダンスより興奮した顔で両拳をぶんぶん揺らし、狂喜乱舞した。
そのまま前半終了。「最高。いやあ、最高でしょ」。そう言うと、テレビの音量を下げ、しばし横になり仮眠。
切り替え、大事。後半に体力を温存した。
◇ ◇ ◇
目覚めた後半。8分、右クロスからの折り返しをゴール至近距離で頭で合わされる。冨安が顔面ブロック。「だあああああ! 誰が止めたん……顔、顔やん!」。なんとか耐えた。と思った3分後、無情な展開が。
左クロスから頭で合わされ、揺れたゴールネット。「オフサイッ! オフサイッ!」。ピッチの選手より早く右手を上げてアピールするが、旗は上がらず。「(まだ)同点、同点!」。画面に向かって鼓舞した。
王国ブラジルが牙を剥く。今にも決壊しそうな最終ライン。
菅原と鈴木、田中に町野とカードを次々切るも、有効な打開策を見い出せない。背もたれに身を預け、足を放り出す。独り言ももう聞こえない。
後半アディショナルタイムへ。そして――。
ボールを奪った田中が痛いロスト。刹那、止まる編集部の空気。繋がるパス、シュート……失点。後半終了まであと1分。言葉が出ない。頭を抱える。色を失った表情で、床にドンと足を下ろした。「ああ……」
それからまもなく、試合終了を告げるホイッスル。終戦。
「ふぅ〜」
深いため息から再び2分ほど沈黙し、やがて感情にならない言葉が零れる。
「勝てそうやったけどね。ブラジル相手にね、あんだけできるようになったっていうのは……まあ、でもね……きついね」
◇ ◇ ◇
W杯はドラゴンにとって誰よりも近くて遠い舞台だった。
エースと期待された2006年ドイツW杯。度重なる怪我で、当落線で涙を呑んだ。テレビの取材を受け、泣いている母を初めて見た。「もう、かあちゃんを泣かせるようなことしちゃいかん」。その夜、1年半やめていた酒に手をつけ、記憶が飛ぶほど飲んだ。
だから、慟哭する選手を見る目には誰よりも深い敬意と愛が宿る。「W杯に懸けるあれ(情熱)が半端じゃないのが伝わるよ。並大抵のことやってないでしょ。こんだけディフェンスできるようになるんか、4年間で」。話すうちに、自然と熱を帯びていく。
「本当に切り詰めてやったよ。三笘も遠藤もそうやし、冨安も間に合ったけど、怪我した。(どの選手も)怪我する、しないの、ギリギリのところやったと思うよ。じゃないと、こんなに進歩せんよ。すごいよ。走る量が半端ないでしょ、日本。ほんと妥協せん。(欧州で)あんな外国人とリーグ戦で1年間やるだけでも信じられんから。俺らの時代なんか2、3試合で怪我させられて、ハイ、帰国やから」
こうして実施した解説インタビュー。
日本の2失点に共通した原因、森保ジャパンの4年間の歩み、次回2030年W杯に向けて「コイツがレアルかバルサ行くようにならないといかん」と期待した選手まで。
二重が深くなった瞼をこすりながら、最後の想いを語り尽くした。
ドラゴン観戦記は終了「また4年後、来てくれますか?」
ドラゴン観戦・解説はこれで終了。
引退後は山口・光市の室積という港町に住み、コーヒー焙煎に塩作りと異色の第二の人生を歩んできた。現在は実家のある福岡・筑前町と首都圏の拠点・横浜を中心に、サッカー教室で全国に飛び、時に欧州から南米まで海外サッカーも現地で見て回る。
記事を最後まで読んでくれることはなかった。しかし、読者はドラゴンと同じ時間を過ごしてきた。
――また4年後、来てくれますか?
最後に聞いてみた。
予想外だったのか、「ふへへ」と照れ、髭を蓄えた口元を緩ませた。
「おお、ええよ。やっぱ、今日のブラジル戦楽しかったな。またやろうや。呼んでくれるんなら」
5本目のエビス350mlはちょっと残っていた。
◇ ◇ ◇
午前5時17分。
編集部を出る。ゴミ収集車が走る目黒川沿いはもう明るい。
「寝れんね。絶対寝れんやん、このテンション。でも、もう飲めん」
そう言い残し、早朝の中目黒に消えていった。
一張羅のジャージに、ビーチサンダル。
日本サッカーに不滅のロマンとタラレバを残した男は、やっぱり最後までナカメに似合わない。
4年後。また、この街で缶ビールを開けよう。
――ドラゴン観戦記・北中米W杯編<完>――
(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)

