芥川龍之介『蜘蛛の糸』の悪人とはだれか【NHKこころの時代『ファンタジーに秘められた宗教』】
「真理」「善悪」「救い」「神」「不条理」「生と死」など、人が生きていく際に直面せざるを得ないテーマをファンタジーはどのように描き、それを私たちはどのように受け止められるのでしょうか。
NHK Eテレ「こころの時代」2026年4~9月『ファンタジーに秘められた宗教』では、宗教研究者の中村圭志さんが『星の王子さま』『銀河鉄道の夜』から『ハリー・ポッター』『風の谷のナウシカ』まで、誰もが一度は触れたことのある古今東西の傑作ファンタジーを「宗教」という目線でひもとき、作品が持つ世界観を読み解いていきます。
今回は番組ガイドブックから、放送第2回『蜘蛛の糸』の解説イントロダクションを公開します。
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『蜘蛛の糸』──悪人とはだれか
『蜘蛛の糸』はファンタジーか 第2回は芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)の『蜘蛛の糸』を取り上げます。日本では学校の教科書にも載っている、誰もが知っている短編小説です。
地獄の亡者・犍陀多(かんだた)が、極楽から垂らされた蜘蛛の糸を救助ロープとしてのぼり、後続の罪人たちを退しりぞけて一人だけ助かろうとする。その悪い心根のせいで、糸は切れ、犍陀多はあえなく地獄へ再転落する。読む人みなが強烈なインパクトを受ける物語ですが、このような救いのない作品が掲載されたのが児童向け童話雑誌『赤い鳥』の創刊号(一九一八)であったというのは、現代の私たちの感覚からすれば驚きです。
本誌で『蜘蛛の糸』をファンタジーとして取り上げるのを不思議に思う方もいるでしょう。ファンタジーにしては話が暗すぎやしないか、と。
また、『蜘蛛の糸』にはお釈迦様が登場し、地獄と極楽が描かれているので、「これはファンタジーというより、むしろ仏教の説教ではないのか?」という意見もあると思います。
これらの点について、最初に私の考えを述べておくことにしましょう。
まず、話のトーンの暗さですが、世にファンタジーと呼ばれる文学のすべてが、明るいものではありません。たとえば、魔法使いの少年が活躍するファンタジー作品『ハリー・ポッター』シリーズは、魔法能力による支配と差別の構造が社会に怨念を蔓延させ、やがて卑劣な独裁者の登場をもたらすという悪夢を入念に描く物語です。ヴォルデモートという独裁者はあまりの自己中心性が祟って、最後には永遠の滅びを迎えます。自己中心であることの救いがたさを描いているという点では、『蜘蛛の糸』に通ずるものをもっています。
では、お釈迦様や地獄・極楽が描かれている点は、どうでしょうか。実を言うと私は、作者の芥川には仏教の教えを説こうという意識はなかったと考えています。この作品は、あくまで仏教の道具立てを用いた芥川独自の心理的・倫理的な寓話だというのが私の意見です。確かに宗教的な作品ではあるのですが、お坊さんが説く説教とはようすが違っているのです。この点については、これから少しずつ明らかにしていきます。
視点を変えてみましょう。『蜘蛛の糸』の設定や話の筋は、同じく児童向け芥川作品の代表である『杜子春』や『魔術』と似ています。
『杜子春』は、道教の仙人が杜子春という男に悪夢的な幻覚を見せる話です。『魔術』は、バラモン(インドの民族宗教の司祭)から学んだ魔術師が語り手に幻術をかける話です。そして『蜘蛛の糸』は、極楽の仏が地獄で苦しむ亡者のもとに魔法的な蜘蛛の糸を差し出す話です。いずれの物語も、主人公(杜子春、語り手、地獄の亡者)が自らの心を厳しく試され、失敗するところをクライマックスとしています。
『杜子春』や『魔術』を魔法ファンタジーのカテゴリーに入れることに、強い反論は起きないと思います。『蜘蛛の糸』で描かれる蜘蛛の糸を「魔法」的な仕掛けとはふつう考えないかもしれませんが、構造からすれば、『蜘蛛の糸』は『杜子春』や『魔術』と同一の範疇に属する物語と言ってよいのではないでしょうか。ただし、この三つの作品の中で、『蜘蛛の糸』の宗教性が最も高いことは間違いありません。
というわけで、本誌でも、ファンタジーのバリエーションの一つとして、『蜘蛛の糸』を取り上げようと思うのです。
『蜘蛛の糸』はシンプルなお話ですが、あらすじを少し詳しく確認しておきましょう。
1 極楽の場面
ある朝のこと、お釈迦様は極楽の蓮池のまわりをぶらぶら散歩していました。池の水面を覆っている蓮の葉の間からは、真下にある地獄のようすがよく見えました。
地獄では罪人たちが苦しんでいます。その中に犍陀多という名の極悪人がいました。お釈迦様はこの男を観察するうちに、彼が過去に、道端の小さな蜘蛛をつぶさずに逃してやったことを思い出します。この小さな善行に免じて彼を助けてやろうと考えたお釈迦様は、蓮の葉にかかっている蜘蛛の巣の糸を手に取って、地獄までそれを下ろします。
2 地獄の場面
地獄の責め苦に疲れ果てた犍陀多がふと宙を見上げると、天上から銀色の糸が下りてきました。彼は極楽まで上昇できるものと考え、糸をのぼり始めます。道のりの半ばで一休みし、下のほうに目をやると、先ほどまで自分や他の罪人が苦しみの中で浮き沈みしていた血の池は、もはや目に入りません。彼はほくそ笑みます。
しかし、やがて彼は、無数の罪人たちもまた同じ糸をよじのぼっていることに気づきます。彼は驚愕し、呆然とします。糸が切れることを恐れた彼は次のようにわめきました。
「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己(おれ)のものだぞ。お前たちはいったい誰に尋(き)いて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」
(『日本文学全集 16 芥川龍之介集』河出書房新社)
そしてその瞬間、蜘蛛の糸はぷつりと切れます。犍陀多はくるくる回りながら暗闇へと落ちていきました。
3 再び極楽の場面
犍陀多の転落のようすをじっと見ていたお釈迦様は、悲しそうな顔をして、再び歩き始めました。語り手は「自分ばかり地獄からぬけ出そうとする、犍陀多の無慈悲な心」(同前)が彼自身に破滅をもたらしたと述べ、お釈迦様の目には浅ましく映っただろうとコメントします。
しかし、極楽の蓮池の蓮はこんな出来事などには少しも頓着しません。極楽はあくまでも美しくかぐわしいままなのでした。そろそろ正午になろうとする刻限でした。
この物語のクライマックスがどこにあるのかは明らかです。犍陀多が「この糸はおれのものだ!」と叫び、蜘蛛の糸がぷつりと切れる。ここですね。
読者は犍陀多に感情移入して読んでいるはずですから、このシーンを読むとき、自分の心の中にも犍陀多と同様の自己中心性と、他者への無慈悲という「浅ましさ」があることを確認することになります。犍陀多は、読者の心を映し出す鏡となっている。
芥川の巧みさは、犍陀多の心理における決定的瞬間へと話を盛り上げていき、そこが話のポイントであることを明確に示しているところにあります。全体が「極楽/地獄/極楽」の三部構成になっているのも効果的です。
『蜘蛛の糸』には「自分一人でさえ断(き)れそうな、この細い蜘蛛の糸が、どうしてあれだけの人数(にんず)の重みに堪(た)えることができましょう」(同前)というくだりがあります。犍陀多に成り代わって語り手自身が案じているわけですが、この懸念には誰しも共感することでしょう。定員オーバーになったら元も子もないと犍陀多が思案すること自体は、浅ましいこととは言えません。
また、糸にぶら下がっている他の罪人たちは、ただ助かりたい一心で糸をのぼっているだけなのに、犍陀多の独り占めしようとする心根のせいで、いわば連帯責任であるかのように一緒に落ちるというのは、理不尽ではないかと考えることもできます。
しかし、蜘蛛の糸をよじのぼって極楽をめざすという設定はあまりに幻想的ですから、すべては犍陀多の心の中の出来事なのだと割り切るのが正しい読解の仕方なのでしょう。お釈迦様の神通力のもたらす幻想の中で、犍陀多は自分の心を試されている。糸が切れることを懸念する合理性とか、他の罪人の運命とかについて、あれこれ考える必要はなさそうです。
ガイドブック『NHKこころの時代 ファンタジーに秘められた宗教』では、『蜘蛛の糸』の原話との違いや、物語が示す「人間の本質」と宗教性、キリスト教とのつなげ方など『蜘蛛の糸』の分析をはじめ、以下の全6回で、ファンタジーと宗教的なメッセージとの関係性をひも解いていきます。
第1回 『星の王子さま』──肝心なことは目に見えない
第2回 『蜘蛛の糸』──悪人とはだれか
第3回 『ムーミン』──孤独な小さき者たち
第4回 『銀河鉄道の夜』──生者と死者の旅路
第5回 『ナルニア国物語』『ゲド戦記』『ハリー・ポッター』──移り変わる宗教心
第6回 『火の鳥』『風の谷のナウシカ』──現代日本の死生観
番組HP情報
<https://www.nhk.jp/g/ts/X83KJR6973/blog/bl/pXydNRqbEe/bp/pk2yZNAmQg/>
中村圭志(なかむら・けいし)
1958年、北海道生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学(宗教学・宗教史学)。宗教研究者、翻訳家、昭和女子大学非常勤講師。著書に『死とは何か 宗教が挑んできた人生最後の謎』『聖書、コーラン、仏典 原典から宗教の本質をさぐる』『教養としての宗教入門 基礎から学べる信仰と文化』(以上、中公新書)、『ビジュアルでわかるはじめての〈宗教〉入門 そもそもどうして、いつからあるの?』(河出書房新社)、『宗教で読み解くファンタジーの秘密 Ⅰ・Ⅱ』(トランスビュー)など多数。
※刊行時の情報です
◆『NHKこころの時代 宗教・人生 ファンタジーに秘められた宗教』ガイドブックより
◆ガイドブックに掲載の脚注、図版、写真、ルビ、凡例などは記事から割愛している場合があります。
