山形放送

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シリーズ「時を越えて」です。

おととし7月の豪雨で地区全体が浸水し、集団移転に向けた準備が進む戸沢村蔵岡地区。被災からまもなく2年、多くが地区を離れて生活しながらも、共に前を向く住民たちの姿を追いました。

5月下旬、戸沢村蔵岡地区は田植えのシーズンを迎えました。

この日、田植えを行っていたのは、地区で長年稲作を続ける横山博さん(67)。

ことしは合わせて6ヘクタールの田んぼで「つや姫」と「雪若丸」を栽培します。

横山博さん「蔵岡生まれ蔵岡育ち。何百年続いた先祖から農家。(農作業を)手伝わされて育ってきた。それがみんな当たり前だった。どこの家でも」

2年前の夏、突然一変した田園風景。そこから住民たちは困難を乗り越えながら共に一歩ずつ進んできました。

おととし7月、記録的な豪雨の影響で集落全体が浸水した蔵岡地区。

最上川からあふれ出た泥水は、田んぼにも押し寄せ、多くの稲が泥をかぶりました。

横山博さん「本当にあの時はどん底に落ちた。気持ち的には。全部だめになった。もういい。こんなところでやってられない。家もだめ、家財道具はだめ、農機具はだめ、全部だめだったから」

一度は農業を諦めかけた横山さん。それでも、続けることを決心をした背景には、地区の住民たちからの後押しがありました。

横山博さん「やめないで一緒にやるべという声があったから。みんなの力を借りないととても私一人ではやっていけない。だからありがたい」

現在は村内の仮設住宅で避難生活を送っている横山さん。田んぼの様子を見に来ることが毎日の楽しみです。

横山博さん「体力が続く限りやっていく。大変だけど楽しい。秋の収穫の喜びがあるからこれが楽しみ。生きる活力になっている」

おととしの水害を受け、戸沢村は蔵岡地区の住民に対し集団移転を提案。当時地区に住んでいた69世帯すべてが同意しています。

集団移転に向けて調整が進む中、先月(5月)、村から住民に支払われる補償金の査定に向けた調査が全世帯で行われました。

現在も蔵岡地区で家族と暮らす横山雅生さんの家は、新築してまだ4年ほど。

移転後はまた新たに家を建てる必要があり、補償がどれだけ支払われるかは重大な心配ごとです。

横山雅生さん「同じくらいの規模の家を建てられるくらいの補償があるかどうか。子どもに借金を残すわけにはいかないので、その辺は結果待ちということになる」

村は、補償金の査定をことし10月までに完了させる予定です。

住民あいさつ「おはよう。ご苦労さん」

田植えも一段落した6月上旬、蔵岡地区の公民館に多くの住民の姿がありました。年に一度、住民たちで行う地区の美化活動の日です。

久々に地区に集まった住民たち。色鮮やかな花の苗を植えながら、会話が弾みます。

中村健一さん「これは希望の種といって石川県から復興の証としてもらったヒマワリの種。これをみんなで植えましょう。蔵岡の復興を願って植えましょう」

地区に住んでいた子どもたちも作業を手伝います。

地区の子ども「どろどろ」「やばい。めっちゃ手袋どろどろになった」

地区を懐かしみながらも複雑な思いがこぼれます。

子ども「蔵岡にはいろんな思い出がある。ずっと遊んでたよね。自転車でここ集まっていろんな思い出がある。(みんなは今蔵岡地区に住んでいる?)今は分かれている。戻ってきたいけど。怖い。雨降ったらびびる。あれが起きるかもしれない」

水害から7月25日で2年。今も半数以上の世帯が地区を離れて暮らしています。

早坂修一さん(新庄市内で生活)「みんなの元気な顔を見ると本当に安心する。ふと思いますよ。いつまでこういう生活しなければならないのかなと。でも自分一人じゃないしみんなが同じ境遇でみんなが頑張っているからやっぱり頑張らないと」

みんなが安心して生活できるその日まで。蔵岡地区の住民たちは前を向いて歩みを進めています。