Dominique Courty

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1926年にReims-Gueuxサーキットが誕生する以前、フランス北東部シャンパーニュの地で熾烈なレースが繰り広げられていた場所があった。Circuit de Beine-Nauroy(サーキット・ド・ベーヌ=ノルワ)─それは、今では静かな農村風景のなかに埋もれてしまった、かつてのスピードと興奮の舞台である。

【画像】一世紀を経て再現された、1日限りのスペシャルイベント(写真24点)

今回は、先日紹介したランスの自動車博物館(Musée Automobile Reims-Champagne)の関係者でもあるCircuit Reims-Gueux協会(Les Amis du Circuit de Gueux)のご協力により、当時の貴重な資料や写真とともにこの”幻のサーキット”を紹介したい。

幻の「Grand Prix de la Marne」

なかでも注目すべきは、1925年8月2日に開催された第1回「グラン・プリ・ド・ラ・マルヌ(Grand Prix de la Marne)」である。レースは全長22kmの公道サーキットを舞台に、オートバイ、サイドカー、サイクルカー、レースカーと多彩なカテゴリーが出走。朝9時から順に競技が始まり、午後には自動車部門のメインレースが行われた。この年の総合優勝を飾ったのは、ゼッケン44番のBIGNAN(ビニャン)を駆るCLAUSE選手。

BIGNANは1920年代のフランスを代表するスポーツカーメーカーのひとつであり、後年には著名な工業デザイナーで自動車収集家でもあったフィリップ・シャルボノー(Philippe Charbonneaux)も同車を所有していた。
彼はランス自動車博物館の創設にも深く関わった人物だが、そのBIGNANは彼の死後、子どもたちの手によって売却されたという。

また、同レースではBNCを駆るIvanowski選手が22kmのコースをわずか12分34秒(平均時速104.2km/h)で走破する驚異的なラップを記録している。

サーキットは農道だった

当時のサーキットは、舗装も十分でない農道を使用していた。起伏の激しい未舗装路には、ジャンプポイントや砂利区間、視界の悪いコーナーも多く、現代の基準では到底考えられない危険を孕んでいた。しかしそれこそが、この時代ならではの”冒険”であり、観客を熱狂させる要素でもあった。

レースの運営には、アルデンヌ自動車クラブ(Automobile Club Ardennais)、マルヌ・モーターサイクルクラブ、地元紙『LÉclaireur de lEst』が関与。参加者は、TERROT、GILLET HERSTAL、COTTON、CHENARD & WALKER、BNCといった当時の主要メーカーが顔を揃え、エントリー台数も多かった。

そして100年後──復活の一日

それからちょうど1世紀が経った2025年6月、Beine-Nauroy村では当時のレースを記念したクラシックカーイベントが開催された。主催はBeine-Nauroy村役場。地元クラシックカー愛好家たちや、Reims-Gueuxサーキットの保存活動を続ける関係者も加わり、1世紀前の空気を再現する一日限りのイベントが実現した。

このイベントは、単なる自動車の展示会ではなく、地域のモータースポーツ史を再発見し、世代を超えて継承する文化的な試みでもあった。観客は当時のレースプログラムや記録に触れ、現地の住民たちは失われたサーキットの記憶を誇りとして語った。

記憶を刻むものとして

Circuit de Beine-Nauroyは、たった1年でその役目を終えた幻のサーキットである。古地図とレース記録、そして何より人々の情熱によって、100年の時を超えて再び命を吹き込まれたこの地は、単なる”レースの再現”ではなく、モータースポーツ文化を継承し祝うための”生きた記念碑”だ。

それを証明するかのように、100年後の今もなお、その記憶をたどり、再現しようとする人々の情熱が絶えることはない。

古地図、写真、そして残された記録─それらが結びついたとき、Beine-Nauroyはただの農村ではなく、”スピードと夢の記憶が眠る聖地”として再びその名を刻んだのである。

そして来たる2026年、Reims-Gueuxサーキットでの初レースから100周年を迎える節目が訪れる。今回の復刻イベントは、その歴史的アニバーサリーへ向けた大きな序章と言えるだろう。

文:櫻井朋成 写真/資料提供:Dominique Courty
Words: Tomonari SAKURAI Photography: Dominique Courty