トランプ外交政策が「やりたい放題になる」根拠
(写真:Eva Marie Uzcategui/Bloomberg)
ドナルド・トランプ前大統領がアメリカで政権を奪還し、恐怖と変化を求める反権力の波に乗っている。アメリカ人にとっては、南北戦争以来の民主主義と憲法秩序が試される瞬間である。
しかし、世界の他の国々にとっては、それに劣らずトラウマ的な瞬間である。アメリカは今、戦後の自由主義秩序の主導権から後退する態勢にある。トランプ大統領の復帰はアジア、そして日本、韓国、太平洋地域の同盟国にとって何を意味するのだろうか。
アジアにおける外交政策は変わらない?
日本と韓国の指導者たちは、トランプ大統領のアドバイザーになるであろうアメリカの安全保障専門家たちの”なだめるような言葉”に安心するかもしれない。トランプ大統領のもとではインド太平洋地域は何も変わらない、と専門家たちは忠告する。
「この地域におけるアメリカの外交政策は変わらない可能性が高い」と、ランド研究所上級防衛アナリストのデレク・グロスマンは、投票直前に『ディプロマット』紙に寄稿した。トランプは「より取引的で予測不可能な指導者」かもしれないが、この地域の同盟関係はそのまま残した。何が起ころうとも、「『中国要因』はアメリカの同盟ネットワークの継続的な発展を促進するだろう」。
だが、こうした見解は、1期目の終わりにトランプが同盟のコミットメントの多くを放棄するつもりであったという、豊富な証拠ーー主にトランプ自身の言葉ーーを無視している。
マーク・エスパー元国防長官とジョン・ボルトン元大統領補佐官(国家安全保障担当)が回顧録に記したように、トランプは韓国からアメリカ軍を撤退させ、北朝鮮の金正恩総書記との未完の交渉を完了させ、北朝鮮の核戦力をそのままにし、アメリカの防衛の役割を担うことを理由に、日本に多額の支払いを要求するつもりだった。
また、中国だけでなくヨーロッパやアジアの同盟国も対象として、外国製品に全面的に大規模な関税を課すというトランプの度重なる意向もすっ飛ばしている。
ロシアのウクライナ侵攻でシナリオは変わった
さらに重要なことは、アジアにおける外交政策が、他の地域、特にヨーロッパや中東で起こっていることと区別され、切り離されたものでありうるという考えは幻想であるということだ。
日本自身の国家安全保障戦略が明らかにしたように、ロシアのウクライナ侵攻は東アジアの安全保障状況を根本的に変えてしまった。ロシア、中国、北朝鮮の緊密な軍事同盟を生み出し、朝鮮半島、台湾、そして東アジア全体の安定を脅かしている。
トランプは、ウクライナへの軍事援助を打ち切り、ロシアの指導者ウラジーミル・プーチン大統領が提示した降伏条件を受け入れるようウクライナに働きかけるつもりであることを、副大統領となるJ・D・バンスと同様に繰り返し明らかにした。
トランプはまた、NATO(北大西洋条約機構)への安全保障のコミットメントを放棄すると脅し、プーチンがバルト三国を手始めにソビエト帝国の一部を再び支配し、ポーランドを脅かす道を開く。
元駐ロシア大使で、スタンフォード大学国際問題研究所所長のマイケル・マクフォールは、「トランプは、選挙でよりクレイジーなことをする権限を与えられたと感じるだろう」と予測していた。
「彼が勝利した場合、NATOやアジアの同盟国については、プーチンがやりたいようにやれ、とトランプが言うのをアメリカ国民が支持すると考えるだろう。歴史が示しているのは、アメリカという国が強いとき、強さによって平和を示すとき、より平和的な結果が得られるということだ。弱さを示すとき、独裁者をなだめようとするとき、悪いことが起こりうる」
外交アドバイザーのメンツは変わる可能性
1期目には、共和党の国家安全保障エリート分野における責任ある人物の存在、彼自身の無能さ、そして権力への不慣れさによって、こうした目標を追求することを制約された。が、そうした制約はもはや存在しない。
「最初の任期中、彼は外交政策チームを伝統的な共和党員、マイク・ポンペオ(元国務長官)、ジェームズ・N・マティス(元国防長官)、ハーバート・レイモンド・マクマスター(元国家安全保障問題担当大統領補佐官)、ボルトンのような、保守的な共和党の人物に外交政策については頼っていた」とマクフォールは『キエフ・インディペンデント』紙に語っている。
「彼らは間違いなく、トランプが提案した最もクレイジーなことのいくつか、そのリストのトップにあるNATOからの脱退を阻止した。今回違うのは、それらの人物は誰もトランプ政権にはいないということだ。トランプは彼ら全員を軽んじている」
こうした懸念にもかかわらず、トランプは少なくとも、特に貿易と経済政策の領域では、中国をアメリカの主要な敵国と見なし続けるだろうと推測されている。そのため、日本と韓国の政策立案者たちは、北東アジアにおける同盟関係はトランプ政権にとっても引き続き価値があると信じている。
たとえそうだとしても、日本、韓国にとっても順風満帆というわけではない。防衛費を大幅に増やし、中国との輸出規制や貿易・投資の抑制に参加するよう、両同盟国への要求が強まるかもしれない。
「トランプ政権は多くのこと捻じ曲げるだろうから、それに備えたほうがいい」と、著名なアドバイザリー組織であるジャパン・フォーサイトの創設者、トビアス・ハリスは語る。トランプのアドバイザーはすでに、国民総生産の2%という目標を超えて防衛費を大幅に増やし、自国の防衛に責任を持つよう日本に迫っている。
日本の製造業者が抱える「リスク」
トランプの関税政策はさらに大きな問題を引き起こすかもしれないとハリスは主張する。
「トランプが、アメリカからの輸入品に規定外の関税を課すという脅しを部分的にでも実行に移し、さらに中国とメキシコからアメリカへの関税を大幅に引き上げることになれば、日本の大手製造業は、製造拠点をアメリカに移すか、日本に戻すか、あるいは他の市場に移すかを検討しなければならなくなる」
さらに、「日本企業はまた、中国との技術輸出規制に関するワシントンからの圧力強化に取り組まなければならないかもしれない。しかし、トランプ大統領が日本製鉄によるUSスチール買収に声高に反対していることが示唆しているように、トランプ政権の政策に対応してアメリカへの投資シフトを選択する場合には、政治的・国家安全保障的な考慮も経なければならないだろう」
しかし、トランプが中国との対決のために日本と韓国を巻き込むと考えるのは時期尚早かもしれない。一部のアナリストによれば、トランプはその代わりに習近平国家主席との壮大な駆け引きを選ぶ可能性があり、その中には台湾を放棄することさえ含まれる可能性があるという。
トランプは実際、選挙期間中、台湾についていくつかの発言をしており、台湾企業がアメリカの半導体産業を破壊したと不満を述べ、アメリカが台湾を擁護する必要があるのかどうか疑問視している。
「中国を次期トランプ政権の主要ターゲット、あるいは中心にすることは不必要なことであり、おそらくありえない」と、元情報当局高官で、長年中国に携わってきた人物は語る。
「トランプや彼の手下にとって、すぐに見返りがあることはほとんどないだろう。彼は威張り散らし、関税を脅し、習近平との関係を自慢するだろうが、おそらくバットを振ることはないのではないか」
トランプの新たな主要支持者であるテスラのオーナー、イーロン・マスクは中国で広範なビジネス関係を持っており、同社の全世界の自動車生産の半分以上は上海の巨大な工場で行われている。
北朝鮮問題はどうなるのか
トランプのもう1つの関心の対象は、北朝鮮の独裁者、金正恩かもしれない。トランプは金との”温かい関係”について語り続け、金と和平協定を結ぶ機会を逃したことを嘆いている。
その協定はハノイでの第2回首脳会談でほぼ合意に至ったが、金の要求が大きすぎることと、当時の安倍晋三首相の介入に支えられたトランプ政権内の反対により頓挫した。
が、新政権内にはそのような抵抗はないだろう。石破茂首相はトランプとそのような緊密な関係を持っておらず、また築くこともできそうにない。北朝鮮の核能力と日本に到達可能なミサイルシステムを封じ込める協定への最も深刻な障害は、金正恩自身から来るかもしれない。
トランプは金正恩が両手を広げて待っていると主張するかもしれないが、北朝鮮はその後ロシアと緊密な軍事同盟を結び、ウクライナ戦線に1万2000人の兵士を派遣している。
北朝鮮との交渉はトランプとプーチンの”抱擁”に続くものとなる可能性が高いが、その場合でも金正恩は新たな権力を利用してトランプにはるかに大きな見返りを求める可能性が高い。
日本と韓国との関係はどうなるか
しかし、より可能性が高いのは、米韓関係の崩壊、韓国からの防衛費分担金支払いの再交渉の要求、韓国に駐留する約2万8500人のアメリカ軍の撤退開始だ。
「トランプは韓国を同盟国として重視している兆候をまったく示しておらず、むしろ逆に、撤退か、アメリカ軍が中国と直接対決するために方向転換する中、韓国に北朝鮮に対する自国の防衛の責任をより多く負わせることによって、同盟国を再定義しようとしているようだ」とソウルの檀国大学のベンジャミン・エンゲルはNKニュースに語っている。
日本にとって、アメリカでのトランプ再選は、先月の衆議院選挙で自民党が過半数を失い、石破首相が少数派政権を樹立するという異例の課題に直面した直後に起きた。日本をよく知る専門家が私に語ったところによると、「日本における”政治麻痺”が、この新たな極めて危険な状況を乗り切る日本の能力を制限している」という。
石破はすぐにトランプに祝意を表し、当然のことながら、日米関係の基盤としての戦後の安全保障同盟の継続に希望を表明した。しかし、トランプが同盟を弱体化させる道に深く踏み込んだり、中国との望まない対立を強要したりすれば、日本は、新たに権力を握ったアメリカの独裁者を喜ばせながら中国との関係を改善するなど、代替案を探さざるを得なくなるかもしれない。
「日本人は同盟を終わらせるつもりはない」と日本専門家のハリスは言う。「だが、もっと自力で物事を進める方法を学ばなければならないだろう」。
(ダニエル・スナイダー : スタンフォード大学講師)